奇妙な家族

 まだ、人間の脳は、未知なる物質だ。かなり研究がすすんでいるが、おそらく、脳という物質のほんの一部しか解明してないように思える。さやかは、地球人の脳を宇宙において高度に発達した物質で、地球上で最も重要な資源と考えている。だが、「脳以上の物質」の存在を考えたとき、人間の脳の限界を痛感している。というのも、動物が共食いするように、人間も戦争という形で共食いするからだ。

 

 脳が脳を破壊する行為は、「脳の進化」といえるのだろうか?「脳の進化」とは、いったいどういうことなのだろうか?天才が、脳を最大限に活用したとしても、それは活用したのであって、脳を進化させたわけではない、といえる。それでは、「脳の進化」とは、いったいどういうことなのかを改めて考えさせられる。脳は、天才のように高度に活用しても、進化しないのではないか?

 

 天才も凡人も、「脳以上の物質」を夢見るが、やはり、今のところ夢でしかないようだ。とりあえず、今ある「人間の脳」という地球上の資源をいかに有効利用するかを考えることが先決だが、天才たちは、むしろ、このことを実践することに手を焼き、脳の破壊行為に走っているように思える。未知なる宇宙において、人間の脳は、いかなる役割を果たしていくべきなのか、誰も答えを出すことはできない。

 さやかの願いは、脳資源を有効利用し、脳を進化させることだが、そんな夢を見るばかりで、今、考えている間も行われている「共食い行為」に悲しんでいる。人間の脳が、「脳以上の物質」に進化する時は、いつやってくるのだろうか。永遠にやってこないかもしれない。でも、夢は永遠に見続けたいものだ。今言えることは、人間という生物が永遠に存在するとするならば、「悲しみと喜び」が永遠に存在するということだ。きっと、さやかは、死ぬまで実現しない夢を見続けることだろう。

 

                   拓実の想い

 

 アンナの卵子と拓也の精子の合体によってできた受精卵の細胞分裂は、ほとんど人間の形態をなすまでになった。その生命体は、静かに、しかも急速に、情報の集合体となり続けている。また、大気圏の生物としての準備を続けている。すでに、脳という物質は、出来上がっている。彼の脳の一部では、猛烈なスピードで、宇宙の概念を構築している。じっと目を閉じた彼は、非言語情報の中で遊んでいる。

 

彼は、脳が形成し始めてから、独り言を言い始めていた。情報を操作している生命体をボクとしておこう。ボクは、大気圏に出現したとき、拓実という名前を与えられる。この名前は、ボクをお腹の中で育てているアンナという女性、ボクの母親、拓也の妻、が考えた名前だ。ボクは、とても気に入っている。

 お腹の中にいるボクに向かって、母親のアンナは、五ヶ月前から、拓実と呼んでいる。ボクが誕生するために必要な精子を提供したのは、ボクの父に当たる拓也だ。拓也は、今はいない。形式的な戸籍上では、死んだことになっているが、実は、性転換をして、女性として生きている。名前は、関拓也からルーシー関根になっている。糸島中学で数学の教師をやっている。とてもユニークな授業を実践しているみたいで、生徒たちに人気がある。

 

 ボクには、アンナの実の子ではない養子縁組をされた亜紀という名前の妹がいる。それと、最近、桂会長の執事をしている優しいおじさんにもらった、名前がスパイダーというシェルティの子犬が家族の一員としてはしゃいでいる。亜紀は、小学校一年生だが、とても賢くて、言語能力に長けている。スパイダーは、やんちゃだが、思いやりのあるシェルティ犬だ。亜紀は、大好きな動物とお話ができる能力を持っている。つまり、犬の心から発信される情報を人間が使う言語に翻訳する能力を持っている。今では、毎日のように、スパイダーとお話をしている。

 

 スパイダーは、とても感受性が強く、人間の心の奥底に潜んでいる非言語の情報を感じ取ることができる。スパーダーは、アンナ、さやか、近所の住民、アンナの家にやってくる人々の心を感じ取り、亜紀に面白い裏話をしている。亜紀も、スパーダーという親友ができて、いっそう明るくなった。亜紀には、二歳年下の俊介という弟がいたが、母親がいないうちに二歳で餓死してしまった。そのことは、消えない傷となってしまったが、スパイダーは、俊介の代わりに亜紀を励ましている。

 亜紀は、失踪した母親、知美がいつか迎えに来てくれると、心の底でいつも思っているが、アンナには、そのことを決して話すことはない。今の母親、アンナは最高の母親と思っていて、アンナこそ、今では本当の母親と思っている。産みの母親への想いは、夢の中にしまい込み、死んだ後に天国で会えればいいと思っている。時々、知美がスパイダーになって現れるが、その知美は、励ましてくれるだけで、今どこにいるかは話してくれない。でも、知美の声が耳に響いたときは、天国で母親と話しているような夢心地のハイな気持になる。

 

 ボクの母親、アンナにはさやかという親友であり愛人がいる。アンナもさやかも女性だが、二人は子供のから愛し合っている。二人は、孤児院で知り合い、さやかは、アンナを妹のようにかわいがってきた。さやかのことだが、誰もさやかの出生を知らない。さやか本人も、実の母親と父親を知らない。ある日突然、さやかは、孤児院の玄関前に5歳のときに捨てられた。捨てられたというより、人工人間を研究しているステーションのスタッフから、孤児院で生活するように命令され、玄関前に立たされたのだ。

 

 ステーションでは、いろんな目的とした人間を生産する研究をしている。体力的に秀でた人間、形態的に優れた人間、言語能力に秀でた人間、イメージ能力に秀でた人間、音楽的に優れた人間、脳部位について言えば、大脳新皮質の前頭葉が秀でた人間、その側頭葉が秀でた人間、小脳が秀でた人間、海馬が秀でた人間、あらゆる実験が未公開の研究施設でなされている。未知の遺伝子操作を行うため、当然期待はずれの失敗作も生産される。そのために、この脳研究機関に関する情報は、特別秘密情報保護法によって、国家機密とされ、決して漏洩することはない。

春日信彦
作家:春日信彦
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