六
水の冷たさにはっとした。
気付くと私は湖の中にいた。腰の高さまで水に浸かっている。辺りは耳が痛くなるほどに静かで何の音も聞こえない。凍てついた空気に私は身震いした。
おうい。友人の声がした。辺りを見回したが人影は見当たらない。おうい。また聞こえた。どうした、どこにいる、と聞き返すと近くにいる、と友人の声は答えた。
「おかしいな、姿が見えないが」
「そりゃそうだろう。俺は自殺で君は他殺なんだから、全然違う」
「どういうことだ」
「彼女が殺したんだ。君を一人占めしたかったんだろうな。独占欲が強いのさ。女ってのは大抵がそんなもんだ。まったくもって醜い。誰も来ない湖に沈めて、自分のものにした気でいやがる」
「意味が分からない」
「今に分かるさ。ほら、来るぞ」
ぱしゃんと水の音がして、それっきり友人の声はしなくなった。おい、と呼びかけても返事はない。私は困惑した。どうすればいいのか分からずやみくもに動いた。動くたびにばしゃばしゃと音がして、気がつくと水面が上がってきているようだった。腰の高さまでだった水面は今や首のあたりまできている。それでも動くのをやめられずもがいた。とうとう頭が水に沈んだ。と、そこで、上から頭を押さえつけられた。ざぶりと水面が動く。私は大きく水を飲んでしまった。どうにか顔を上げようとするが出来ない。押さえつける腕は細く女のもののようであったが、力は女のものとは思えなかった。私を沈めようとする執念が感じられる。苦しい。
「彼女の目を見たことがないのですか」
不愉快な声が思い出された。最後の酸素がとうとう逃げていった。私の体は急速に力が抜けていき、それと同時に頭を押さえつける腕の力も弱まっていくようだった。私は最後に水面越しの彼女を見た。水面が揺れて波紋が広がり、彼女が誰なのか、どんな目をしているのか、結局分からないままになった。