演技する死体

 コロンダ君の目がお菊さんの胸に釘付けになった。目の前の豊かな白い乳房が目につきささった。一瞬、生唾を飲んでしまった。お菊さんはほんの少し微笑むと、胸元にそっと手を置いた。「坊ちゃん、モトカノのことなんか忘れて、お見合いなされてはいかがですか。素敵なお嬢様を探してまいりましたのよ」お菊さんは、さらに錯乱攻撃を続けた。両手で胸元をグイット持ち上げドスンと落とした。

 

 コロンダ君は、お菊さんの最近の行動にはあきれていたが、性本能の興奮は抑え切れなかった。ブルンとゆれる白い肌を見た瞬間、右手は股間を押さえていた。「お菊さん、話をそらさないでください。今は、お見合いの話はやめてください。事件の真実を解明したいのです。お菊さんだって、不審に思ったじゃありませんか。妊娠した女性は殺人なんかしないって。僕も、そう思うんです。きっと、真犯人がこの世のどこかに隠れているはずです。二人で犯人を捜しましょう」コロンダ君は、真犯人探しをほのめかした。

 

 お菊さんは、胸元の谷間にコロンダ君の視線が飛び込むように前かがみになり、両肘をテーブルに着いた。ほんの少し胸を左右に揺らすと、ゆっくりと話し始めた。「坊ちゃん、彼女の殺人罪は確定したも同然です。明白な殺意を持った自白があるのです。いまさら、どうしようって言うんです。現実を見つめるのです。しっかりと。信じたくはないでしょうが、彼女が殺したんです。真犯人は彼女です。これでいいのです。わかりましたか」お菊さんは、コロンダ君の妄想癖にパンチを食らわした。

自殺説

 

 コロンダ君は、お菊さんの色香に惑わされ、一瞬ひるんだが、突然思い浮かんだひらめきを話し始めた。「お菊さん、こんなことは考えられないだろうか?確かに、彼女は誰かをかばっている。当然、かばう相手は最愛の人。つまり、その人はご主人なんだ。これは他殺じゃなくて、自殺だった、彼女は自殺を他殺に摩り替えたんじゃないだろうか。前田誠は、自殺しなければならない何らかの事情があった。でも、自殺の原因を警察に捜査されると困るから、妻のアツ子に殺人者の演技を遺書に書き残した。お菊さん、どう思う?」コロンダ君は、奇想天外な話をした。

 

 お菊さんは、自殺と聞いて、突然マジな顔つきに変貌した。このような逆転のひらめきをしたコロンダ君に驚くと同時に、ほんの少し感心した。お菊さんは身体を起こすと、両腕を組んで大きく頷いた。「坊ちゃんにしては、すばらしいひらめきじゃありませんか!自殺の線も考える必要がありましたね。お菊は、他殺のことしか考えていませんでした。もし、自殺だとしたら、彼女の自白をどのように解釈すればいいのでしょうかね」お菊さんは、自殺と自白がまったく結びつかないことに頭を痛めた。

 

 コロンダ君はドヤ顔で今話したことを繰り返した。「だから、今言ったじゃないですか。自殺の原因を警察に知られたくなかったんですよ。だから、彼女に他殺を依頼したんですよ。でも、彼女を殺人犯に仕立て上げなければならないような、警察に知られたくないような自殺の原因ってあるんだろうか?」コロンダ君は、自分のひらめきに自信がなくなってしまった。お菊さんは、じっと耳を澄まして話に聞き入っていたが、目を大きく見開くと、刑事のような理詰めの口調で話し始めた。

 「坊ちゃん、確かに、自殺の線を考えられたことはすばらしいと思います。でも、前田誠は、愛する妻に殺人犯になることを依頼するでしょうか?しかも、彼は、妊娠していたことを知っていたはずです。妻と子供を不幸にしてまで、隠さなければならない自殺原因があるでしょうか?お菊には、考えられません。ただ、女の第六感ですが、彼女は、犯人じゃないと思います。また、誰かをかばっているようにも思えません。考えられることは、やはり、自殺だと思います」お菊は、考えれば考えるほど、この事件がわからなくなっていた。

 

 コロンダ君は、自殺に賛成してくれたことにうれしくて話を続けた。「彼女は、殺していないんです。犯人じゃないんです。自殺した前田誠に頼まれて、射殺したと自白したに違いありません。自殺した原因さえわかれば、彼女の自白の謎かすべて解けるはずです。でも・・」コロンダ君は、どうすることもできない事態に愕然とした。自殺の原因は、彼女しか知らないはずだからだった。コロンダ君は、悲鳴を上げながら両手で頭の髪をかきむしった。

 

 お菊さんは心の中でつぶやいていた。他殺にしなければならないような自殺の原因って、いったいどんなことか?いや、彼女、彼の妻が犯人でなければならないような原因とは?

そんな原因があるのだろうか?お菊さんも、行き詰っていた。「坊ちゃん、お菊も降参です。彼女が殺人犯を名乗り出るような、そんな自殺の原因なんて、まったく、思いつきません。だからといって、不倫が原因で彼女が夫を射殺したとは考えられません。やはり、自殺の線は、確かだと思います。解明する方法はただ一つ、前田アツ子に聞くしかありません」お菊さんも、白旗を揚げた。

 コロンダ君は、今にも息が途絶えるような細い声で話し始めた。「お菊さん、お菊さんにしては、無謀な結論を出しましたね。彼女が、本当のことを言う程度のことだったら、殺人犯になるような自白はしなかったと思いますよ。彼女は、死んでも口を割らないと思いますけどね」コロンダ君も、彼女が本当のことを話してくれることを何度も願っていた。できれば、直接会って、真実を知りたいと思っていた。

 

 お菊さんは、この事件の真実は明らかにされないと思った。きっと、自白が証拠となり彼女は有罪になると確信した。でも、彼女が最愛の夫を嫉妬から射殺するとは到底思えなかった。コロンダ君は、当初から彼女の自白は嘘と思っていた。お菊さんとコロンダ君は自殺と考えたが、これを証明することはできないと思った。自白を撤回しない限り、彼女の射殺が事実となってしまう。コロンダ君は、右手の拳骨で頭をゴツンと叩いた。

 

 コロンダ君は苦虫をつぶしたような顔をすると、急に思い出したように話し始めた。「前田誠は、睡眠薬を飲んでいましたね。猟銃で自殺するのに、睡眠薬を飲みますかね?」お菊さんに疑問を投げかけた。お菊さんは、このことについてすでに考えていた。「坊ちゃん、まさに、睡眠薬こそ、他殺に見せかけるための策謀ですよ。“睡眠薬で眠らせ、射殺した”これは誰もが信じる他殺方法じゃないですか。彼は、嘘を演じてくれる妻のために、睡眠薬を飲んで自殺したに違いありません」お菊は、断定的口調で話した。

春日信彦
作家:春日信彦
演技する死体
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