弟の涙

 今日、合否発表があることを知らされていた勲は、早めに帰宅した。勲が帰宅した玄関の音を聞きつけると、美波はゆっくりと階段を下りてきた。「お帰り」美波は、緊張していた。「ただいま」勲は、服を着替えるとキッチンにやってきた。美波は、テーブルに缶ビール、コップ、チーズを用意して待っていた。勲は、椅子に腰掛け、声をかけた。「おい、どうだった」勲は、結果を訊ねた。美波は、しばらく間をおいて、答えた。「ダメだった、ごめん」美波は、頭を下げた。

 

 勲は、コップにビールを注ぎ、笑顔で一口飲んだ。「そうか、まあ、これも運命だ」勲は、なぜかがっかりしなかった。美波は、いやみを言われるかと心配していたが、予想に反して機嫌のいい勲が、奇妙に思えた。勲は、もう一口飲むと、付け加えた。「自分のやりたいことをやればいい、家族のことは心配するな」勲は、目を閉じてしばらく黙っていた。美波は、「わかった」と言って二階に上がった。

 

 二階に上がった美波を確認すると、勲は仏壇の前に正座した。両手を合わせ、千代に話しかけた。勲の目からは涙がこぼれていた。「千代、美波は世界一、家族思いの娘たい、それに比べ、俺は、情けない男ばい」勲は、右手に拳骨を作り、思いっきり頭をゴツンと叩いた。勲は、「もし、ねーちゃんが家を出て行ったら、死ぬまでうらんでやる」と将史に言われていた。美波が弟たちのために不合格になるようにしたことを、勲は、わかっていた。

 翌日、美波は朝錬に出かけた。部室で着替え道場に出てみると、峰岸がやってくるのを待っていたかのように、三島が一人素振りをやっていた。三島に近づいた峰岸は声をかけた。「おい、話がある」三島は、素振りを続けながら答えた。「なんだ!」峰岸はしばらく間を置いて、答えた。「ダメだった」三島は、もう一度聞き返した。「何だって!」三島は、素振りの手を止めて、峰岸の顔を見つめた。

 

 峰岸も三島の顔を見つめ答えた。「士官学校、不合格だった」突然、三島に笑顔が爆発した。「そうか、ダメだったか、お前は、軍人に向いていなかったということだ、剣道をやれってことだ」三島は、言い終えると、突然走り出した。三島はうれしかった。三島も峰岸と一緒に剣道をやりたかった。三島は峰岸が見ている前で何週も道場をぐるぐると走り続けた。そして、何度もつぶやいていた、峰岸は、やっぱ、かわい~、かわい~、かわい~

春日信彦
作家:春日信彦
弟の涙
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