片想い

 部室のドアのノックの音がすると三島が入ってきた。柏木は朝のホームルームの前に、三島に声をかけていた。憮然とした顔の三島は何か尋問されると思い不機嫌であった。「よう、晋太郎のことだろう、俺は何も知らん。はっきり言っとくが、俺はいじめたりなんかしてないからな」三島は疑われていることを感じ、二人にいじめてないことを断言した。「三島君がいじめたりなんかしないことぐらい、わかっているわよ。ただ、最近、晋太郎君に変わったこととか、気づいたこととか、思い当たること、なかった?」柏木は三島が晋太郎の異変を最も知っていると考えた。

 

 三島はしばらく黙っていたが、思い出すように話し始めた。「そうだな~、ちょっと気になっていたんだが、生徒会長の選挙が終わったあたりから、あいつ、急に気合がなくなったと言うか、元気がなくなったように感じたな。何か、俺を避けているようにも思えたな。考えすぎかもしれないけど」三島は晋太郎の態度の異変を話した。「それって、練習の話?」柏木は確認した。「ああ、稽古のときは、おれに勝ってやろうという、気迫というか、気合があったんだけど、最近、どうも、弱弱しくて、具合でも悪いのかなと思っていたんだ。やはり、何か心配事があったんだな」三島は最近の晋太郎の沈んだ態度を思い出していた。

 

 柏木と峰岸は三島の話から選挙のことがかかわっているんじゃないかと考えた。しかし、選挙と晋太郎がどのように関わりあっているかは皆目検討がつかなかった。「やはり、家庭のことで何か心配事があったのね。誰にも相談できずに、苦しんで、飛び降りたのね」柏木は三島が自殺にかかわっていないことをはっきりさせた。「あ、もう時間」柏木は立ち上がった。三人は急いで部室を飛び出した。

 放課後、武道館では部員が見守る中、三島と峰岸が向かいあっていた。5本勝負が開始されていた。峰岸はいつも以上の気勢を挙げ、間合いを取りながら前後に動いていた。峰岸は引き技を意識していたが、いざ、試合になると、鍔迫り合いになるまでにメン、コテを決められてしまっていた。立て続けに、メン、メン、コテ、と取られてしまった。峰岸は、間合いをつめることに恐怖を感じ始めた。

 

 峰岸の頭は真っ白になってきた。まったく、どうしていいかわからなくなっていた。間合いをつめなければ、鍔迫り合いに持ち込めない。かといって、間合いをつめると、三島のメンの間合いに入ってしまう。渡辺のことを思うと、峰岸は涙が出てきた。とにかく、メンをかわして、体当たりする以外に方法はないと考えた。峰岸は気勢とともに体当たりに出た。三島は峰岸の戦法を読んでいた。

 

 三島はメンを打つふりをして、鍔迫り合いに持っていった。峰岸はうまくいったと思ったが、三島の上から押さえつける力はハンパなかった。峰岸が一瞬ひるんだ瞬間、三島の引きメンを食らってしまった。メンが決まった瞬間、呆然とした峰岸は竹刀を落としてしまった。峰岸は自分がやろうと思った引き技を三島に決められて、戦闘意欲を失ってしまった。「どうした、峰岸、あと、一本だぞ」三島は峰岸を奮い立たせた。

 竹刀を拾い構えた峰岸であったが、心は敗北感でいっぱいであった。最後の一本、最後の一本、心で何度もつぶやくと、今度、上から押さえられたら、即座に、引き胴を決める作戦を立てた。もはや、奇跡を信じる以外、戦うことができなかった。峰岸は、先ほどと同じように、気勢とともにロケットのごとく突進した。三島はがっちりと鍔をあわせ押さえつけた。

 

 そのときであった、三島の脳裏に晋太郎が現れた。一瞬、三島の体が硬直した。峰岸はこの瞬間を逃さなかった。「胴!」峰岸の引き胴が見事に決まった。三島はいったい何が起きたのかわからなかった。金縛りにあっていた。周りを囲んでいた部員たちから大きな拍手が起きた。奇跡の勝利を確信した峰岸は両手を突き上げジャンプした。稽古後、峰岸は再度、三島に副会長になってくれることの約束を確認すると、柏木にそのことをメールで報告した。

 

 渡辺は3月20日、登校してきた。そして、峰岸と柏木に重大な報告をした。それは、篠田教頭のはからいで渡辺が名門K中学に転校する話であった。その結果、生徒会長は三島が引き受けることとなった。また、安倍先生は一身上の都合で辞職した。教育委員会は晋太郎の自殺の原因を一ヶ月に渡って調査したが、いじめが原因ではないと言うことになり、調査は打ち切られた。

 

 辞職した安倍武蔵は自分の残りの人生を晋太郎の人生に置き換えることにした。晋太郎の夢は剣道を世界中に広めることであった。安倍武蔵は晋太郎に代わり、世界中に剣道を広める決意をした。四月に入り、笹山公園を彩った満開の桜を目に焼き付けると福岡国際空港へ向かった。新天地に飛び立つ飛行機の中で、安倍武蔵は茶聖千利休を思い浮かべ、静かに目を閉じ、一通の手紙が挟まれた愛読書“剣の道”をしっかりと抱きしめた。

 

お父さんへ

 

 僕は小さいときからお父さんに憧れ、日本一の剣士を目指して頑張ってきました。でも、2月19日に僕の人生は終わりました。“剣の道”に挟まれていた十数枚の投票用紙を見てしまいました。その用紙には、渡辺まゆ、と書かれていました。僕は目の前が真っ暗になりました。この投票用紙がどのように使われるかはすぐに理解できました。3月21日、生徒会長の発表がありました。僕は、部長の三島先輩が生徒会長になると確信していました。周りの仲間もそのように思っていました。でも、結果は違っていました。

 

僕は何度も悪夢を打ち消しました。でも、この目で見たあの投票用紙が頭から離れませんでした。三島先輩の顔を見ることもできなくなりました。尊敬していたお父さんは僕の心から、いつの間にか消えていました。お父さんを失った僕は、どのように生きていけばいいのかわからなくなりました。もはや、立っている気力もなくなってきました。早く、お母さんに会いたくなってきました。今から、お母さんのところに行きます。さようなら、お父さん。

春日信彦
作家:春日信彦
片想い
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