片想い

 辞職した安倍武蔵は自分の残りの人生を晋太郎の人生に置き換えることにした。晋太郎の夢は剣道を世界中に広めることであった。安倍武蔵は晋太郎に代わり、世界中に剣道を広める決意をした。四月に入り、笹山公園を彩った満開の桜を目に焼き付けると福岡国際空港へ向かった。新天地に飛び立つ飛行機の中で、安倍武蔵は茶聖千利休を思い浮かべ、静かに目を閉じ、一通の手紙が挟まれた愛読書“剣の道”をしっかりと抱きしめた。

 

お父さんへ

 

 僕は小さいときからお父さんに憧れ、日本一の剣士を目指して頑張ってきました。でも、2月19日に僕の人生は終わりました。“剣の道”に挟まれていた十数枚の投票用紙を見てしまいました。その用紙には、渡辺まゆ、と書かれていました。僕は目の前が真っ暗になりました。この投票用紙がどのように使われるかはすぐに理解できました。3月21日、生徒会長の発表がありました。僕は、部長の三島先輩が生徒会長になると確信していました。周りの仲間もそのように思っていました。でも、結果は違っていました。

 

僕は何度も悪夢を打ち消しました。でも、この目で見たあの投票用紙が頭から離れませんでした。三島先輩の顔を見ることもできなくなりました。尊敬していたお父さんは僕の心から、いつの間にか消えていました。お父さんを失った僕は、どのように生きていけばいいのかわからなくなりました。もはや、立っている気力もなくなってきました。早く、お母さんに会いたくなってきました。今から、お母さんのところに行きます。さようなら、お父さん。

春日信彦
作家:春日信彦
片想い
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