パンチラ闘争

特に、英語の石原先生と社会の東国原先生は教頭から敵対視されていた。石原先生に関しては学力テストにおいて英語の成績が県下において中以下であること、東国原先生においては教頭に反抗的であることだ。来年、二人は糸島中学から追放されることを覚悟していた。数学の小沢先生、理科の野田先生も教頭の教育方針にたびたび意見したため、教頭には嫌われている。「成績主義」に賛同しない先生は追放される運命にあった。

 

明日、7月20日(土)、糸島中学の臨時教職員会議が開催される。明日の臨時会議は目安箱に投書された内容の発表がある。英語の石原先生と社会の東国原先生は、いつものように、石原先生のマンションでお酒を飲みながら篠田教頭の悪口を言い合っていた。石原先生のいつものぼやきが始まった。「おそらく、定年間近の僕は追放宣告を受けるよな。やる気が無いとか、気合が入っていないとか、受験指導には向いてないとか、噛みつかれるのは眼に見えているよ。まあ、どうでもいいけどね。この年になって教頭とやり合う気はないよ。うわべを繕って追放されるよ」

 

 後輩の東国原先生は酔いが回ってきたのか顔を赤くして、しどろもどろに石原先生を慰めた。「先輩、今日は弱気じゃないですか、どうしたんですか?二人して鬼教頭をやっつけようじゃないですか。僕も、明日は覚悟していますよ。徹底して、教頭に反抗してやりますよ。僕は管理職になりたいとも思わないし、おべんちゃらを言って、鬼教頭に取り入る気も毛頭ありませんから」話し終えると杯をグイッとあけた。

 

石原先生は明日の会議のことを考えると憂鬱になってきた。「僕はあきらめたよ。あと2年で定年だ。立つ鳥あとを濁さず、というじゃないか。君はまだ若い、将来がある、反抗はよくない。鬼教頭のいいところを見習って管理職になったほうが君のためだ。そう、むきにならないほうがいい。長い物には巻かれろ、って言うじゃないか」すぐにかっとなる東国原先生を落ち着かせた。

 

「先輩、おかしいですよ、いつもの気概はどこにいったんですか。二人で戦うと団結を誓ったじゃないですか。僕は追放されるまで戦いますよ。成績主義こそ不平等をもたらし、さらに軍国主義へと国家を導くのです」東国原先生が石原先生の杯に徳利を傾けると、石原先生は瞼を閉じて舟をこぎ始めていた。ムカついた東国原先生は石原先生の左肩を強くゆすった。はっとして、眼を開けた石原先生は、寝ぼけ顔で話を続けた。

 

「東国原君、勇み足はよくない。君の将来のことを思って言うが、学生の自由を認め、学生と教師が対等になることは平等理念からはいいかもしれんが、彼らが社会に出たときはきっと苦労することになる。やはり、教頭の言うように階級主義で学生を管理してやったほうがいいのかもしれない。社会に出れば上下関係が歴然としている。エリートが社会をリードする。一流大学卒業の者が出世して、権力を握る。これは現実だ。もう、僕は理想を追うことに疲れたよ」

 思いもかけない弱気な石原先生の発言にマルクスを信奉する東国原先生は落胆した。闘う気力を失った先輩の淋しい姿をじっと見つめていた東国原先生であったが、専制的な鬼教頭の方針に服従する気にはなれなかった。だが、明日の会議で目安箱の内容が明らかになる。二人の評判が公表されることになる。そのことを考えると、次第に落ち込んでいった。もはや、二人はまな板の鯉であった。

 

教職員会議

 

 教職員室には全職員が席についていた。定刻の2時に教頭の話が始まった。「早速、会議を始めたいと思います。今日の議題は二つです。第一は、目安箱に投書された内容について。第二は、糸中アイドルグループITC48の活動禁止についてです。まず、第一の目安箱ですが、箱の中には118通の投書がなされていました。中には落書きのような意味の無いものもありましたが、非常に授業とかかわりのある投書も数多くありました。それでは、順追って発表していきたいと思います。

 

 まず、数学の小沢先生への投書を読み上げます。6通ありました。*声が小さくて何を言っているかよく分からない。*邪馬台国の話はうざい。*顔を整形してくれんかや。*試験がムズイ、もっと簡単にしてくれ。*宿題を減らしてくれ。*もっと分かるように説明してほしい。この中で特に問題になるのは*邪馬台国の話はうざい。これはどういうことですか?」教頭は小沢先生を睨みつけた。

 小沢先生はまさか邪馬台国の話が問題になるとは肝を冷やした。彼は古墳に詳しく、邪馬台国の謎に興味があった。邪馬台国についての書物を若いころから読み、九州説を信じていた。そのこともあって、ついつい授業中に邪馬台国の謎についての話をしていたのだ。数学嫌いの生徒は時間がつぶれるということで喜んでいたが、授業に熱心な生徒にはうざかったということだ。

 

 「まったく、申し訳ありません。授業が退屈にならないようにと邪馬台国の話を時々しました。短い授業時間を考えれば、数学に関係ない話はやるべきではありませんでした。今後、無駄話はしないようにいたします」小沢先生は素直に謝った。だが、鬼教頭の小沢先生への攻撃が始まった。「*顔を整形してくれんかや。ですが、少しはできそうですか?」教頭は平然とした顔で言った。

 

 「整形をしろと!数学に顔は関係ないでしょう。生徒の要望でもそこまで応じることは無いでしょう。イケメンにこしたことは無いでしょうが、不細工な顔でも教育への情熱は人一倍あると思っています。この顔で教えたいと思います」さすが、温厚な小沢先生も顔を整形しろと言われたことにむかついたが、そこはぐっと怒りを抑えて落ち着いた声で返事した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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