再婚

 亜紀を養子にしたことが、瞳にとってはプロポーズを断る絶好の材料だったに違いないと拓也は悔やんだ。もはや、後の祭りであった。瞳は長く付き合っているパトロンがいた。瞳はそのことを理由にプロポーズを断る勇気が無かった。瞳は拓也のことを長い間想い続け今でも愛していたからだ。悪い女だと思いつつも、瞳は拓也を突き放せなせずにいた。亜紀を養子にしたと聞いたとき、きっといつか結婚を切り出すと瞳は予想していた。予想は的中し、タイミングよくプロポーズを拒絶した。

 

 塗炭の苦しみとも言える失恋は拓也を女性不感症に陥れてしまった。それが肉体的に現れた。勃起不全になってしまった。もはや、拓也にとって女性はどうでもよくなってしまった。失意と共に再婚をあきらめかけた拓也であったが、亜紀の子育てには協力者が不可欠であった。そもそも、亜紀の養子の件はさやかが持ってきた話であった。だから、亜紀の子育てはさやかにも責任があると拓也は考えた。考えれば、考えるほどさやかが憎たらしくなったが、今となってはさやかに頼るしかなかった。

 

 拓也は子育ての悩みをさやかに打ちあけると、さやかは「名案があるわ!」と拓也が電話してくるのを待っていたかのように即座に返事した。さやかはアンナをつれて拓也の家に遊びにやってくることになった。さやかの名案はろくな事ではないと思っては見たが、藁にもすがる思いで首を長くして待った。金曜日、二人は大濠公園駅から地下鉄に乗って筑前前原駅で降りると、駅からタクシーで平原歴史公園に午後2時半に到着した。拓也は4時ごろ帰宅予定のため、二人は平原遺跡を見学しながら今後の活動について話し合うことにした。

 アンナは遺跡にあまり興味は無かったが、平原遺跡が卑弥呼の墓であるかどうかについては関心があった。拓也はここが卑弥呼の墓だと信じている。この墓は女王の墓であることはほぼ間違いないが、卑弥呼の墓と確定する材料は無い。46.cmの日本最大の銅鏡の出土から、かなり大きな権力を持った女王といえるが、邪馬台国の所在がいまだ明確でない以上、卑弥呼の墓と断定することはできない。平原遺跡は考古学者、原田大六氏と糸島高校の大神邦博先生によって発掘が進められ、彼らは銅鏡、勾玉、管玉など多くの貴重な出土品を収集研究した。

 

 二人は公園のベンチに腰かけるとさやかはドクターから入手した極秘情報を話し始めた。「アンナ、今、とんでもない大量殺人計画がCIAによって密かに進められているの。殺人のターゲットは高血圧の男性なの。もう少し、分かりやすくいえば、勃起力が衰えた40歳過ぎた男性ということになるわね。何を使って殺すかというとスーパー勃起薬。つまり、この勃起薬は即効性があり、飲んで1分後には効果が現れるの。一般男性はもちろん、勃起不全の男性にも効果があるの。ところが、この勃起薬を飲むと徐々に血圧が上がり、5分後には200ほどまで血圧が上がるのよ。そのとき、興奮状態にあればもっと血圧は上がるわね。

 

 だから、高血圧で血圧降下剤を飲んでいるような男性が飲むと、突然の高血圧で脳溢血になるのよ。CIAの息のかかった製薬会社が、この勃起薬を精力剤として今年の夏ごろからネットで販売するらしいの。バイアグラ以上の効果があると宣伝すれば、世界中の中高年の男性や勃起不全の男性はきっと購入すると思うわ。そうなれば、多くの高血圧の男性たちは腹上死するに違いないわ。まったく、弱みに付け込んだ殺人計画じゃない。許せないわね」さやかはドクターからの話を分かりやすく話した。

 「バイアグラは聞いたことあるわよ。多くの中高年男性が購入しているらしいじゃない。男って、勃起しなくなると惨めになるんだろうね。分かるような気もするわ。バイアグラ以上に効果があると知れば、絶対買うわね。でも、この勃起薬を飲むと脳溢血になるんだったら、これは薬物殺人兵器じゃない。本当に、卑劣なことをするわね。むかつくわね!」アンナも卑劣なやり方に顔を真っ赤にして憤りを現した。

 

 さやかはなぜかニッコリすると笑顔で話しはじめた。「そこでアンナの出番って言うわけ。今回、選ばれたスケベ面の自民党の新党首がいるでしょう。この新党首はとんでもないやつなのよ。CIAの手先なの。もし、この新党首が総理にでもなれば日本は終わりよ。早く手を打たないと、とんでもないことになるの。分かるでしょ。何をやってほしいか?」さやかはアンナを覗き込んだ。

 

アンナは引きつった顔で眼を大きくして叫んだ。「分からないわよ。何をやれっていうの、まさか、党首を拉致しろって言うんじゃないでしょうね。もういやよ、あんな危険なこと。一度だけって、言ったでしょ」アンナは顔を大きく横に振った。さやかはまたニッコリ笑顔を作ると、ささやくように言った。「安心して、拉致はしないわ。今度はCIAの兵器を利用するの。つまり、新党首にスーパー勃起薬を飲んでもらって天国に行ってもらうの。新党首は高血圧で血圧降下剤を常用しているという情報が入ったのよ。だから、きっと・・・名案でしょう」さやかは親指を立てた。

キョトンとした表情のアンナは質問した。「だから、いったい、アンナに何をしろって言うのよ。もっと、分かりやすく話してよ。アンナは物分りが悪いんだから」アンナは頬を膨らませた。さやかはドヤ顔になるとあたりを見渡してさらに小さな声で話しはじめた。   「閣僚はじめ多くの代議士が出入りしているゴールドパールって言うクラブが赤坂にあるの。この新党首もこの店の常連客なのよ。もう分かったでしょ。アンナがゴールドパールのホステスになるってこと。後は、アンナの色気で新党首をホテルに誘って、スーパー勃起薬を飲ませるの。間違いなく、天国に行ってくれるわ」

 

 アンナは顔を真っ赤にすると「それって、殺人じゃない。いやよ、あの時は拉致だったからさやかのためにやったけど、殺人はいやよ」アンナは大きく顔を何度も横に振った。「アンナ、それは誤解よ!精力剤を自ら飲んでもらうんだから、殺人じゃないのよ。精力剤を飲んだら、たまたま脳溢血で倒れたというだけのことなのよ。倒れても、死ぬとは限らないの。政治生命は終わるかもしれないけど。まったく、不慮の事故に過ぎないのよ。安心して、アンナ」さやかは冷静な顔でアンナを説き伏せようとした。

 

 アンナはあきれた顔をすると「飲むか、飲まないかは本人の意思だけど、これは未必の故意って言うのに当たるんじゃないの。新党首は高血圧なんでしょ、やっぱし、できないわ」アンナは眼を吊り上げてさやかを睨みつけた。「アンナ、この仕事はアンナにしかできないのよ。一流のホステスにさやかがなれると思う?もし、この新党首が総理になったら日本人はCIAの奴隷になってしまうの。そして、わけの分からないウイルスを日本中に撒き散らして、一人でも陽性反応が出ると家族全員が強制収容所にぶち込まれるの。それでもいいの」さやかは悲しそうな目でアンナに訴えた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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