スラム街の天使

「それは、それは、責任重大なお仕事を引き受けられましたね。失礼ですが、キムさんは独身でいらっしゃいますか?」キムは意表を突かれたような表情を一瞬したが、素直に答えた。「はい、まだ独身です。できれば日本女性と結婚したいと思っています。少し、高望みでしょうか?ハハハ・・」キムの心は少しずつ開放的になってきた。外出できず、心は鬱積し、孤独になっていたところに、気が許せそうな監督に出会い気分がハイになった。

 

監督はしめたと思った。キムは話し好きで、本来、人がいい性格と判断した。しだいに、質問を浴びせかけても答えてくれるような雰囲気が出来上がってきた。「職業病ですかね~、どうも女性の私生活に関心が働きましてね、スアールさんはここでいつも何をされていらっしゃるんですか?まだ、中学生ですから学校の宿題とかですかね?」監督はほんの些細なことでもいいから、彼女のことを知りたかった。

 

キムは監督が気に入ったらしく、つい30分ぐらい前に訪問した時の警戒心がすっかり消えていた。ぽんっと膝を叩くと、さっと腰を上げ冷蔵庫に向かった。缶ビールを二本取り出すと、笑顔を作って戻ってきた。「今日は何か愉快です。監督と話ができてとても楽しい気分です。今夜は二人で飲み明かしましょう」テーブルに二本の缶ビールを置くと、缶のプルを引き開けた。一本を監督に手渡し「コンベ!」と缶ビールを監督の缶ビールに押し当てた。監督も真似て「コンベ~!」と笑顔で応えた。

「あ、先ほどの何をしているかですが、彼女の部屋には一度も入ったことがありません。このマンションは3LDKで私の部屋もあります。彼女と話す機会はまったくありません。食事も宅配の弁当を各自の部屋で食べます。時々、リビングにやってくることがありますが、冷蔵庫のジュースを飲むとすぐに部屋に戻ってしまいます。彼女のことは何もわかりません。それより、趣味の話でもしましょう。私の趣味はカラオケです。監督は?」キムは少女の話を避けようと話を替えてきた。

 

このような質問ではやはり口を割らないことに気づいた。監督は一口ビールを飲んで、しばらく考えた。キムは独身、しかも、外出できない状態で孤独だ。だから、人が恋しくなってたわいも無いことを話そうとしている。頭に稲妻のようなひらめきが脳裏に落ちた。と同時に、優希の笑顔が花火のように一瞬目の前に広がった。「趣味はお酒と女です。キムさんは女性のほうはいかがですか?」キムの欲求不満を利用する手を考え付いた。

 

「お酒は好きですが、女性は苦手です。だから、いまだ、独身と言うわけです。韓国女性より日本女性が好きになってしまいました。日本女性は美しくおしゃれで、知的で礼儀正しくて、とにかくいいです。でも、気が弱くて付き合うことができません。これは生まれつきの性格で情けないです。日本語もかなり自信ありますが、女性の前ではまったく声が出ません。女性恐怖症ですかね」キムは落ち込んだ声で話した。

監督の目が輝いてきた。やはり、キムは思っていた通りの男であった。早速、優希を呼び寄せることにした。優希は献身的で監督が困っているときには必ず手助けをしてきた。しかも、窮地に陥っても機転を利かして問題を解決できる才女だ。「キムさん、そんなに自暴自棄になることはありませんよ。日本の男も女性との会話は苦手なものです。女性の前に立つと真っ赤になって一言も話せない男もたくさんいます。要は、練習です。訓練です。英会話も実践じゃないですか。日本語も同じです。男なら、当たって砕けろ、とにかく、女性と話すことですよ。女優でとても愉快な優希という女優がいます。彼女と話をすればきっとコンプレックスも吹っ飛びますよ。今からはじめましょう」

 

監督は携帯を取り出し、優希にマンションに来るように頼んだ。40分ほど、キムと趣味やAVについて話していると、玄関からの呼び出しの声がした。優希の甘い声だ。しばらくすると、インターホンが鳴った。監督は即座に立って迎えに行った。優希を迎え入れると入口のところで小さな声で、ここに住んでいる少女スアールの素性をキムから聞き出してほしい、と耳打ちした。ピンと来た優希は豊満な胸を両手で持ち上げた。

 

監督は固まってしまったキムに優希を紹介すると、彼女をキムの右横に座らせた。監督はサイドボードに目をやると、さっと優希は立ち上がった。優希はウイスキーとグラスを運んできた。次に、氷と水も持ってきた。手際よく水割りを作ると、キムの右手を取ってそっとグラスを握らせた。キムは日本女性の手に触れたのは始めてであった。震えながら唇にグラスを当てるとカチカチと音がした。

 

監督はいっそうキムをおだてることにした。「キムさんはソウル大学卒業のエリートなんだ。現在、東京外国語大学で教鞭をとられ、通訳もなされていらっしゃる。趣味はカラオケ、乗馬、登山、囲碁、卓球、切手収集、遺跡巡りなど多趣味でいらっしゃる。キムさんとお話しているととても勉強になるよ」監督のおだては効果があったと見えて、キムは優希から眼をそらしていたが、時々、笑顔を優希に見せるようになった。

 

優希は情報を得ると機転を利かせた。「キムさんはどんな歌を歌われるんですか?」キムは笑顔を見せると「ミスチル、嵐、カラ、AKBとか一人で歌っています。人に聞かれると恥ずかしいもので」AKBと聞いた優希は水を得た魚のように大きな声をだした。「え!AKBは誰押しなの!教えて!」優希はキムに身体を預けるようにキムに寄りかかり、ナイトドレスからあふれ出そうな豊満な胸を押し付けた。キムはウイスキーをこぼしそうになったが、気持ちよかったのか目じりを下げて優希を見つめた。

 

「ゆうこ押しです。優希さんは?」優希の媚薬が効き始めた。キムの心は羽目を外し始めた。「優希も、ゆうこ押し、うれしいわ!」優希はキムを抱きしめ、右の頬にチュ~をした。キムはお酒が回ってきたらしくニンマリと笑顔を作った。「優希さんもカラオケ好きですか?いつか一緒にカラオケ行きませんか?」キムはとうとう優希の罠にはまってしまった。「素敵、約束ね!でも、奥さん、やきもちやかないかしら?」優希は監督にウインクをした。さすが優希、と心でほめたが、これからが本番とキムに水割りを作り手渡した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
スラム街の天使
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