見えない子供たち

「亜紀のことはさやかに一任したが、関さんに迷惑がかかるとは思わなかった。関さんがおっしゃることはごもっともです。まさか、関さんに養子の話をするとは夢にも思っていませんでした。しかし、私の口から断りを述べることはできません。やはり、一度、亜紀ちゃんに会って、それから詳しい事情をお話になって、断ってみてはいかがでしょう。さやかさんも、関さんの気持ちを踏みにじるようなことはしないと思います。早速、亜紀ちゃんにお会いになってみては?」ドクターはデスクの上の受話器を取った。

 

 10分ほどするとノックの音が2回した。ゆっくりドアが開くと小さな可愛い女の子とその後ろにさやかが立っていた。亜紀はさやかに押されてドクターの横までやってきた。亜紀はさやかが買ってあげた真っ白のワンピースを着て、さやかの手をしっかり握っていた。「拓也、ありがとう。この子が亜紀ちゃん、可愛いでしょう」さやかは拓也が承諾するものと思った。拓也は少し緊張した口調で、「さやかさん、亜紀ちゃんは元気そうですね。返事は待ってください。今日は亜紀ちゃんに僕の顔を見てもらうと言うことでしたね」拓也は話が先走らないように釘をさした。

 

 さやかは笑顔になった。「このおじちゃん、いい、おじちゃんでしょう。どう、亜紀ちゃん」さやかは亜紀の目を見つめ同意を求めた。亜紀はさやかを見つめ、ゆっくり頷いた。さやかはパチンと両手を合わせた。「これで決まりね。拓也、亜紀ちゃんがいいって。拓也もいいよね」さやかは一方的に結論をだした。「ちょ、ちょっと待ってくれ、僕の話も聞いてくれないか。確かに、亜紀ちゃんはいい子だ。だけど、僕がお父さんになるということは亜紀ちゃんの一生の責任を取らなければいけないということだ。この年になって、こんな幼い子を育てることは僕にはできない。わかってくれないか」拓也は亜紀には冷たいようだったが、はっきりと断った。

 さやかは亜紀の気持ちがわかっていた。亜紀はさやか以外の人に初めて心を許した。ドクターに対しても心を許さなかった亜紀が拓也には心を許した。決して人に笑顔を見せない亜紀が拓也にだけは笑顔を見せた。これは奇跡だった。このことはさやかにしかわからなかった。期待していた思いは一瞬にして打ち砕かれた。さやかはあきらめることにした。

さやかは亜紀を見つめ部屋を出ようと亜紀の手を引いた。

 

 さやかは亜紀の手を引いたが亜紀は動こうとしなかった。亜紀はじっと拓也を見詰めた。亜紀は信頼できる人に出会えたことに感激していた。「さやかさん、亜紀ちゃんが本当に僕でいいと言うのなら、お父さんになるよ。もう一度、聞いてくれないか?」拓也は亜紀の鋭く熱い視線を感じ取っていた。「亜紀ちゃん、このおじちゃんがパパになってくれるって、うれしい?」さやかは膝を折り、目線を亜紀に合わせ笑顔で尋ねた。亜紀は二度大きく頷き、涙を流した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
見えない子供たち
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