ありふれた殺人

そこで、スタッフAが亜理紗を電話で呼び出した。だが、まったく応答がなかった。彼は不安になり客室に行くと彼女はベッドで死体となっていた。発見した時刻は10時10分過ぎというところだ。それと、検視の結果、絞殺による致死、及び死亡推定時刻は9時30分前後と判明した」本部長は単純な事件を淡々と話した。

 

 「確かに、単純な事件ですね。スタッフAの証言が事実だとすれば、亜理紗はお客を見送ったわけだから、お客はホシではありませんね。殺害は9時30分から10時10分の間に行われたことになりますね」コロンダ君は気づいた点を指摘した。「そうだよ、話からすればホシはお客じゃなくて、店内にいた誰かと言うことになる。一番くさいのはそこにいた二人のスタッフだが、彼らはお客が出た後、亜理紗の客室には入っていないと言うんだな。受付カウンターには防犯カメラが設置されており、二人の行動はすぐに確認できた。その時間、二人はずっと防犯カメラに写っていた。

 

 スタッフ二人以外の人物が40分の間に侵入し絞殺したと考えた場合、考えられる人物として、1階の控え室にいた二人のソープ嬢と、1階でお客を取っていたソープ嬢とそのお客と言うことになる。最初に、二人のソープ嬢だがこれも白なんだな。控え室にもカメラ設置されていて、9時30分から10時10分の間、二人のソープ嬢は防犯カメラに写っていた。

次に、1階でお客を取っていたソープ嬢とお客だが、お客は10時に帰った。お客がホシだとすると、9時30分から10時までに殺害したことになるが、この客は1階にいて殺害された亜理紗は2階にいた。と言うことは、1階から2階に階段で上がらなければならない。ところが、階段にも防犯カメラが設置されており、その時間お客の姿はまったく映っていなかった。

 

お客を取っていた彼女が殺害したとすれば、9時30分から10時10分の間に殺害したことになるが、彼女も1階から2階に上がるには階段を使わなければならない。やはり、その時間は、彼女も階段の防犯カメラには写っていなかった。また、外部からの進入も考えてみたが、その時間内で防犯カメラに不審人物は誰一人写っていなかった。

 

と言うわけで、スタッフAの証言が嘘と仮定しての捜査もやってみた。となれば、9時30分にはすでに死んでいたことになるから、まず考えられるホシは9時30分に帰ったお客だ。そのお客は亜理紗の彼氏ではないかと推察されたわけだが、いまだ、その男の所在はつかめていない。携帯の履歴から探り当てた唯一の男が佐伯正一(43歳)と言う男だ。その人物は月に5回ほど来る常連客でパチンコ店の専務だった。彼の話では、近々、彼女と結婚する予定だったというんだな。

同僚のソープ嬢たちにも亜理紗について聞いてみたんだが、彼女たちが言うには、顔はとてもかわいいが、性格は男みたいで何でも割り切って考えるタイプだったそうだ。人生はお金よ、と言っていたらしい。男性関係については、一度も話さなかったそうだ。どうだね、何か気にかかる点はあるかね」本部長は捜査のポイントをゆっくりと話した。

 

「そうですね、おそらく、佐伯正一との結婚話がとんとん拍子に進み、付き合っていた本命の彼氏にそのことを打ち明け、別れてほしいとお願いした。それを聞いた彼氏は精神的に錯乱し、彼女を奪われることに耐えられなくなり、思い余って、亜理紗を殺して自分も自殺する決意をした。その結果、亜理紗を奪った佐伯正一への復讐の意味で、客室で彼女を絞殺した。この推察は当てはまりませんかね」コロンダ君はこれが最も妥当な推察と思っている。

 

「そう考えられなくも無いが、亜理紗のマンションを徹底的に調べたが、男の代物は陰毛一つ出てこなかった。トイレも隅から隅まで調べたが、男の陰毛も皮膚のカスも出てこなかった。バスも調べたが男の陰毛も髪の毛も出てこなかった。一番の手がかりと思った携帯電話の履歴だが、男への履歴は佐伯正一ただ一人で、履歴で一番多かったのは、彼女の親友の篠田ゆりだった。彼女は小学校からの親友で、亜理紗の愚痴を聞いてあげていたそうだ」本部長は少し興奮気味になってきた。

 

「絞殺ですから、自殺じゃありませんね。彼氏じゃなければ、いったい誰が殺したんですかね?依頼殺人ですかね?そうだ、クレジットの名義は誰だったんですか?」コロンダ君は目を輝かせた。「あ~、クレジットは亜理紗の弟昌樹のものだったよ。会員手続きに記載された氏名、住所、電話番号すべて弟のものだった。弟はまだ高校生で、亜理紗は弟のために福銀に二つの口座を作っていた。普通と積み立てをね。お客の男は弟名義のクレジットを持って店にやってきたわけだから、亜理紗とはかなり親密な関係にある男と考えていい。となれば、お客は彼氏ということになるんじゃないか」本部長は目をつぶってしまった。

 

「昌樹君は何か知っていませんでしたか?」愚問と思ったが話すことがなくなってきたため聞いてみた。「亜理紗には成績優秀な弟と妹がいるんだが、二つ違いの妹は京都の大学生だ。昌樹君は糸島市の実家で母親と暮らしているんだが、亜理紗が男を連れてやってきたことは一度も無く、また、結婚の話も聞かなかったそうだ。母親も妹も彼氏の話は一度も聞いたことが無かったそうだ。どうして、あんなに美人なのに、まったく男関係が無いとは、そのことのほうが不思議だよ。なぜ、彼氏がいないんだ。コロンダ君、どう思う?」本部長は立ち上がるとブランディーを取りに行った。

 

「やはり、ホシはお客と思うのですが、そのお客を探し出す手がかりがまったくないとなれば、警察も困りましたね。もし、依頼殺人であれば厄介なことになりますね」コロンダ君は新しいストーリーを考えていた。「あ~、結婚する予定だったが、できなくなる事情が持ち上がり、佐伯が殺し屋に亜理紗殺しを依頼したと言いたいんだろう。考えられなくも無いが、これは無いだろう、亜理紗の結婚は金目当てだから、手切れ金で方がつくはずだよ。殺人となればお金では解決できない感情の問題だ。憎しみだよ!」本部長もホシは佐伯以外の本命の彼氏だと思っている。

春日信彦
作家:春日信彦
ありふれた殺人
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