ありふれた殺人

ソープ嬢殺人事件

 

 昨年の12月25日()に福岡市中洲にあるソープランド“クイーン”でソープ嬢、亜理紗(本名;木山智子、22歳)が絞殺された。この事件はすぐに犯人が検挙されるものと多くの市民は思っていたが、なぜか、6ヶ月ほど経つが事件の解決の手がかりさえつかめていない。福岡県警は彼女の男性関係を徹底して捜査したが事件に絡む男性は浮かび上がらなかった。

 

 警察庁キャリアの的野秀文、愛称コロンダ君は警視庁、道府県警が扱う事件に関しては一切かかわっていないが、不可解な事件に関して自分で捜査する悪い癖があった。彼は司法試験に合格した法学士ではあるが、根っからの文学青年でもあった。興味ある事件が起きると文学的な興味からついでしゃばるのであった。今回のソープ嬢殺害事件に関してもこっそり調べることにしたのだ。

 

 書斎で何ヶ月も事件のストーリーを考えているうちに、いてもたってもいられず、福岡県警本部長の意見をこっそり聞きに行くことにした。本部長は的野新三郎といい秀文の叔父に当たる。コロンダ君は糸島市前原にある本部長の自宅にお邪魔し事件の具体的な内容を根掘り葉掘り聞きだした。

「例のソープ嬢殺害事件ですが、どうして手がかりがつかめないでいるんでしょうね?私が思うには彼女の彼氏が殺害したと思っているのですが・・」コロンダ君は誰もが思うことを言ってみた。「確かに、その通りだと思うよ。だが、彼女の男性関係を徹底して捜査したんだが、まったく手がかりがつかめないんだな。狐につままれたような事件だよ」本部長は眉間に皺を寄せてお手上げの心境を打ち明けた。

 

 「差し支えなければ、事件について少し教えていただけませんか?」コロンダ君は警察が調べた内容が知りたくてうずうずしていた。「まあ、話してもいいんだが、あまりにも単純な事件で拍子抜けするよ。12月24日、土曜、ソープランドクイーンに若い男が亜理紗を指名して、120分コースを25日の午後7時30分に予約した。25日、午後7時15分ごろ現れた彼は会員手続きを終えて、入会金1万円と入浴料12万円をカードで支払った。

 

お客と亜理紗は7時30分に入室し、120分後、亜理紗は“お客様がお帰りです”とスタッフAに電話して、9時30分にこのお客を見送った。そして、お客は待合室でサービスについてのアンケートを書いて出て行った。これはスタッフAの証言なんだが。次の予約まで時間がある場合、控え室で待機することになっていたが、30分ほど経っても亜理紗は一向に控え室に現れなかった。

そこで、スタッフAが亜理紗を電話で呼び出した。だが、まったく応答がなかった。彼は不安になり客室に行くと彼女はベッドで死体となっていた。発見した時刻は10時10分過ぎというところだ。それと、検視の結果、絞殺による致死、及び死亡推定時刻は9時30分前後と判明した」本部長は単純な事件を淡々と話した。

 

 「確かに、単純な事件ですね。スタッフAの証言が事実だとすれば、亜理紗はお客を見送ったわけだから、お客はホシではありませんね。殺害は9時30分から10時10分の間に行われたことになりますね」コロンダ君は気づいた点を指摘した。「そうだよ、話からすればホシはお客じゃなくて、店内にいた誰かと言うことになる。一番くさいのはそこにいた二人のスタッフだが、彼らはお客が出た後、亜理紗の客室には入っていないと言うんだな。受付カウンターには防犯カメラが設置されており、二人の行動はすぐに確認できた。その時間、二人はずっと防犯カメラに写っていた。

 

 スタッフ二人以外の人物が40分の間に侵入し絞殺したと考えた場合、考えられる人物として、1階の控え室にいた二人のソープ嬢と、1階でお客を取っていたソープ嬢とそのお客と言うことになる。最初に、二人のソープ嬢だがこれも白なんだな。控え室にもカメラ設置されていて、9時30分から10時10分の間、二人のソープ嬢は防犯カメラに写っていた。

次に、1階でお客を取っていたソープ嬢とお客だが、お客は10時に帰った。お客がホシだとすると、9時30分から10時までに殺害したことになるが、この客は1階にいて殺害された亜理紗は2階にいた。と言うことは、1階から2階に階段で上がらなければならない。ところが、階段にも防犯カメラが設置されており、その時間お客の姿はまったく映っていなかった。

 

お客を取っていた彼女が殺害したとすれば、9時30分から10時10分の間に殺害したことになるが、彼女も1階から2階に上がるには階段を使わなければならない。やはり、その時間は、彼女も階段の防犯カメラには写っていなかった。また、外部からの進入も考えてみたが、その時間内で防犯カメラに不審人物は誰一人写っていなかった。

 

と言うわけで、スタッフAの証言が嘘と仮定しての捜査もやってみた。となれば、9時30分にはすでに死んでいたことになるから、まず考えられるホシは9時30分に帰ったお客だ。そのお客は亜理紗の彼氏ではないかと推察されたわけだが、いまだ、その男の所在はつかめていない。携帯の履歴から探り当てた唯一の男が佐伯正一(43歳)と言う男だ。その人物は月に5回ほど来る常連客でパチンコ店の専務だった。彼の話では、近々、彼女と結婚する予定だったというんだな。

春日信彦
作家:春日信彦
ありふれた殺人
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