身代わり

帰宅途中、直人の仲良し三人組は夏美のことで話が盛り上がった。いつもは、まっすぐ自宅に帰っていたが、その日は上町に住んでいる雅彦の家によることにした。三人は青信号に変わると横断歩道を渡り始めた。次の瞬間三人は消えた。居眠り運転のトラックが三人に突っ込んだ。跳ね飛ばされた雅彦と紀夫は肋骨、脚の骨折の重症ではあったが、幸運にも一命を取り留めた。直人は跳ね飛ばされ左腕の骨折だけであったが、右側頭部が電柱に激突した。

 

手術後、5日間の昏睡状態が続いた。そして、主治医は、現状では植物人間になる恐れがあると説明した。直人は天国へ向かう夢を見始めていた。明かりのない世界に歩き始めていた。それは神が授けた命の終焉を意味していた。直人の魂は夏見の枕元で別れを告げると、暗闇に向かってゆっくりと階段を上っていった。後ろを振り向くと、もはや地上に引き返す階段はなかった。神は直人を天国に引き上げていた。

 

夏美の魂は悲しい別れの言葉を聞いた。直人の声であった。「僕はまだやりたかったことがあったけど、先に天国に行くよ。夏美、さようなら」

 

夏美の全身が凍りついた。夏美は自分の命を捨てる決心をした。

 

~神様、私の命を直人にあげてください。私は11年間幸せでした。小児癌の子供たちを救うために、直人を生かしてください。お願いです、神様。直人、直人、目を覚ますのよ。夏美の声が聞こえないの。直人、直人、起きなさい!直美の笑顔がスパークした~

夏美はすべての涙を流し、神にお願いした。涙が涸れると、夏美は静かに息を引き取った。

 

奇跡的に眼を覚ました直人は言葉を話すことができた。言語中枢には異常がなかった。3ヶ月の入院後、退院した直人は夏美の死を知らされた。彼女の死は直人が眼を覚ましたその日であった。

 

夏美の死から、30年の月日が経った。政代は衆議院議員として、日本が核保有国になれるための憲法第九条の改正案を推進していた。一方、医者となった直人は丸坊主の夏美の写真を腹巻に入れて長崎の病院で小児癌の子供たちを診療していた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
身代わり
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