背中あわせ

「まあ、すみません。この子、何かご迷惑おかけしましたか?」

 細身の女性だった。ジーパンに白いTシャツ姿。目の下にはクマがあり、やつれ顔で頬が少し欠けているように見える。

「いえ、よくこの公園に来るのですが、そのうちに仲良くなりまして」

「そうなんですかあ。ゆかり、このジュースはどうしたの?」

「うん、このお姉さんに買ってもらったの」

「ジュース代、お支払いしますよ」

「いえいえ、気にしないでください」

 亮介が近づいてくる。

「もう少しだけ、一緒に公園を散歩させてもらっていいですか?」

 母親は不思議そうな顔をしている。亮介と少女は手を繋いで歩き始めた。これは亮介からの無言のメッセージに違いなかった。母親に真実を聞きだせということだろう。赤の他人が踏み入れる領域ではないのは重々承知している。それでも気になるのだから仕方ない。拒否されたり、無視されればそれだけの事だ。もう、ここには訪れない。

「あの伝言掲示板知ってますか?」

「ええ、でも見る気になりませんね。ろくなことが書いてないでしょう。正直、こんなところで、ゆかりを遊ばすのも不安です。でも近くに落ち着ける場所もないので仕方なしに」「ゆかりちゃんがある単語をあそこに書き込んでいることご存知ですか?」

 私が示したところを見た瞬間、母親の目が見開くのがはっきり見て取れた。

「あれって、最初は何のことだろうって気になってました。気になって色々、調べたんです。サクラソウって花のことだと思ってました。だけど、他にも意味があって、桜の下に埋葬する桜葬もあることが分かりました。ゆかりちゃんは父親からその言葉をどこから聞いたみたいですね。すごく哀しい顔をされていたそうで」

「あなた学生?」

「高校3年生です」

「家庭事情をペラペラと話すつもりはありません」

 普通に考えたらそうだろう。初めて会った人間とそう簡単に心を打ち解けてくれるはずもない。

「まあ、ゆかりが楽しそうにしている姿を久々に見れました。ジュースも奢って頂いたので少しだけお教えしますよ」

 亮介と少女がスキップしながら公園を回っていた。

ゆかりには3歳上の姉がいます。ゆりこって言います。今、難病を患ってて……その命もそう長くはないんですよ。うちの家族はここで毎年、花見をするんですけどね……ゆりこは桜が大好きで……だから、桜の下に眠ってもらおうって夫と決めたんです。ゆかりに聞かれていたんですね」

「……ありがとうございます。十分です」

 声を詰まられている母親を見て、思わず出た言葉だった。

「ゆかりにはそのうち話すつもりなんで。また遊んでやってください」

「……はい。ゆかりちゃん、言葉使いもしっかりしてて、いい子ですね」

 それから、母親に連れられて少女は帰っていった。

 

 

「そういうことか。俺たちの心のモヤモヤは少し晴れたけど、何も解決できていないような気がするよ。足を踏み入れなきゃ良かったかな」

 その気持ちは分からないわけでもない。

「また、ここにデートに来ようよ」

「真実を知った、ゆかりちゃんに何て言葉をかけるんだよ?」

「それはこれから考える。あっ、ネットの力は借りないよ」

 この一週間。ネットでも現実でも多くの出会いがあったなと物思いにふけっていう自分がいた。亮介から「背中合わせ」と言われたことが、今でも強く心に残っている。ネットの世界はいくら正面で向かい合っているつもりでも、結局は背中合わせで話をしているのかもしれない。だが現実も一緒だ。正面に向かい合っていても人間の真意など見抜けない。「亮介って、私を呼び出して直接、告白してくれたよね?」

「なんだ、いきなり?」

 それでも顔を突き合わせば、伝わることが必ずあるはず。

香城雅哉
作家:香城 雅哉
背中あわせ
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