日々をキリバリ

第一章( 1 / 2 )

おにぎり

3月某日

 

弁当男子という言葉を初めて聞いた。

 

草食系男子・メガネ男子・乙男などは知っていたが、弁当男子まで存在していたとは驚きである。 弁当男子とは自分で弁当を作って、会社に持ってくる男子のことらしいのだが、そんなことぐらいでいちいちネーミングをつけられるのも迷惑な話だろうと思う。

 

少し調べてみると不景気の関係で昼食代を節約するために登場した男子ということだった。

 

不景気を背景に生まれるとはなんだか悲しい存在なのだが、世の弁当男子は楽しんで作っている・・・ように感じる。 そもそも、料理好きの男性はちょっと料理のうまい女性なんて歯牙にもかけないくらいこだわりが強いので、たとえ弁当であってもクオリティーが高いのだった。

 

そう考えると弁当男子はこだわりをもっている男子であると同時に家庭的で優しいイメージである。

 

そして、私がなぜこんなに弁当男子を強く押し出しているかというと、弁当を作って会社に行きたいからで、何となく恥ずかしいからその言い訳であった。

 

 まぁ、私が弁当を作ろうと思ったきっかけは慢性的な金欠病を打破するためだけで、料理が好きとか弁当箱を使えばゴミが出なくてエコだとか、そういった前向きな理由は皆無である。

 

 だが、職場で「マツリさんって家庭的で素敵」とキャーキャー言われたら、それはそれで受け入れることにしよう。

 

問題は一つあるばかりだ。 私は食にあまり興味がないという点である。 弁当男子にとって致命的と言えるかもしれない。

 

弁当は日持ちするような献立を選ばなければならず、それを作るのか・・・。 何食ったって一緒なのに創意工夫するのが嫌だ。

 

しかも、自分自身に作るのであって、まったくやる気が出ない。人のために作るのだったら、その人がどういう反応をするのか、おいしいと言ってくれるか、など考えると楽しい気もするが、どうだろう?

それでも、毎日作っていたらうんざりするかもしれない。

 

このように迷いはあって、なおかつ面倒なのだが昼食代を浮かすために了見することにして、さっそく弁当を作ろうとしたのだが、うちのアパートは電熱コンロであった。

 

電熱コンロとは鉄の螺旋を真っ赤になるまで電気で熱して、その上で調理するというものだ。 知っている人は知っていると思うが、微妙な火加減などは存在しない。

 

 鉄は急に冷えたり急に熱くなったりはしないので、 構造的にもうどうしようもないのだが、いきなりの挫折である。

 

やるならきちんとやりたいのに電熱コンロのせいでやる気がそがれてしまった。

 

 というか、よくよく考えると私は弁当箱は持っていないし、張り切って料理なんか作っても食材が余るのではないか。

 

夕食の余りを弁当にすれば食材は何とかなりそうだけど、そうすると夕食も作ることに・・・。

 すごく健康的な人間になってしまう!

 

いや、健康的になるのは構わないのだが、私は節約して金を浮かせたいだけで生活を改善したいわけではない。あまり大々的に生活スタイルが変わるのには抵抗がある。

 

というわけで、おかずを作るのはあきらめて誰でも簡単にできる弁当にしようと思う。

ずばり、おにぎりである。

 

 おにぎりなら面倒ではないし、弁当箱もいらない。


まぁ、ふりかけでもふって作ればそれなりの形になるだろう。

と、思ったのだがふりかけは我が家に存在しなかった。冷蔵庫には具になりそうなものもないし・・・。

 

 しょうがないので塩で握る。

 

そうして出来上がったおにぎりを見ると我ながら真ん丸に握れて、なんだかかわいい。

よかったよかった。

 

翌日、私はそのおにぎりを昼飯にしてもぐもぐ食べていた。 何となく後ろめたい思いがしていたので、ばれないようにこそこそしていたのだが、ある女子社員に発見され話しかけられてしまった。

 

「あっ、何食べてるんですか」 と、嫌な展開だった。

 

 しっかり作りこんできていれば自慢になったのに私が食べているのは日本昔話に出てきそうな、巨大な塩むすびである。 「弁当だよ」 と私が言うとその女子社員は目を細めて疑わしそうな顔をした。

 

「おにぎりですよね。おにぎりだけですよね?」

 

 「・・・そうだけど」

 

 「お弁当じゃないじゃん」

 

くやしい。 くやしいが彼女は正しかった。

 

彼女の意見はものすごく正しいんだけど、そんなにおにぎりを強調されるとすごく恥ずかしい。 昨日作ったときはよくできたと思ったのだが、他人から見れば単なるおにぎりであって、すごくまるく作れたとかは評価の対象にならないのか。

 

あたりまえだけど。

 

「何が入ってるんですか?」 と、彼女はしつこかった。

 

しかも答えづらい質問である。

 

「な・何も入っていないんだ。塩はふってあるけど・・・」

 

 「へぇ~、そうなんだ。貧しいね」 彼女はそう言い残して、お昼に行ってしまった。

 

むなしさだけが残った会話だったが、私はそれでもおにぎりを食べきった。

次回はウインナーでも焼いて具にすることにする。

 

第一章( 2 / 2 )

春ゆえに

4月某日

 

最近、道行く女性が可愛く見える。 10人道を歩いていたら4人は可愛いのだ。

 

では、残りの6人はどうかというとおばあさんや童女であり、 単純に年齢対象外であった。

もちろん6人の中にはブクブク太ったおばさんとかもいて、年齢はともかくそれはちょっと・・・私も将来のある身なんでスイマセンなのだった。

 

しかしまぁ、対象外の女性はいるものの4割は大きい気がする。

 

 100人いたら40人は私の好みなのであって、1000人なら400人。 日本全体で考えると2.3千万人となる計算だ。

そしてなんと世界規模で考えると・・・。 え~と・・・計算が面倒になってきたな・・・う~ん。 と、こんな具合に頭を悩ませるほど、たくさんいることになる。

 

なんということだ! しばらく仕事で悩んでいた間に世界には美女しかいなくなってしまった。

 

 仕事で悩んでないでもっと世間に目を向けてナンパにいそしめばよかった、と歯噛みして悔しがったかと言えばそんなことはなく、私はもしかしたら下劣な人間に成り下がってしまったのではないか、と地面にめり込むほど落ち込んだ。

 

なぜなら、私は幼少の頃より、おばあ様に 「年頃の女性に接するときには自分の姉、もしくは妹に接するときのような気持ちでなければなりません。 やましい気持ちをもつなどは下の下であり、紳士としてあるまじきことです」 と、教育されてきたからだ。

 その私が「道行く4割の女性が好みだぜ。これなら相手選ばず誰でもいける」とか言って喜んでいる場合ではないんである。

 

もし、そんなことを私が思っていることがバレたら、おばあ様はショックで棺桶に片足を突っ込んでしまうかもしれず、私が池袋駅で3時間もかけてナンパを繰り返し、なおかつ誰もひっかけることができなかったという悲しい事実を知ったら、天国への階段を駆け足で登っていくかもしれない。

 

おばあ様のためにも、身の回りの女性が可愛くなった謎を究明しなければならない。

 

女性がめっきり可愛くなった謎を解明するためにパッと思いつく方法は以下の3点である。

 

1.街頭インタビューを決行する

道行く女性を捕まえて「あなたの可愛さの秘訣は何ですか?」と訪ねて回る。 この際、インタビューをするだけではなく、メールアドレス・電話番号・住所、そして連絡のとりやすい時間帯を聞く。

 

2.yahoo知恵袋に投稿する

困った時は知恵袋。 ぜんぜん関係ないけど、学校でカンニングはダメなのに将来は「仕事は見て盗め」と言われる。

 

3.「日本女性の美しさ研究・推進委員会」に問い合わせてみる

きっと謎はとけるだろう。 ただし、この委員会はフィクションであり、実在の個人名・団体名はすべて架空のものです。

 

その他、色々と思いつくことはあるがどれもいまいちである。 まぁ、そんなにガチに対応することなく、同僚の女性に聞いてみればいいだろう。

 

そこで私は同期である南女史を捕まえて、世間話のついでにそれとなく探りを入れることにした。

 

「最近さ、女の子が可愛く見えるんだけど、なんでだろう?」

そう言って南を呼び止めたのだが、この上なく直球になってしまい大変遺憾であった。

 

南は表情を変えず立ち止まったが、それは彼女が日ごろから表情に乏しいためで、何を考えているか分からない。 いきなり呼び止められて、くだらないことを聞かれたら、良い気持ちはしないだろうと思うが、どうだろう?

 

もっとも、南がどう感じようが、事態は動き出しているのであって、誰にも止めることはできない。

南にとっては何一つ実りのある会話ではないのだが、その辺はもう南の度量の深さにかけるしかないのだった。

 

南は少しの間、ぼんやりと立っていたのだが「もしかして・・・」と口を開いた。 「もしかしてマツリさんはアホなんですか?」

 

「マツリさんは、アホなんですか?」 と、南に言われた私は出鼻をくじかれた形になり、少し気落ちした。

 

「・・・南よ、思ったことを口に出さなければ、世界は平和なんだぞ」

私はかなり遠回りしながら南をとがめたのだが、彼女は「それは、失礼しました」とか言って、わざと明後日のほうを向いた。

 

・・・コイツ悪いと思っていないな。 さすが私の同期だけあって、私に対してちっとも敬意を持っていないのだった。 人間関係において相手に敬意を払うということは、基本であると共に極意だというのに、まったく。

 

「まぁいいけど・・・それで、話を戻すけどさ。最近、道行く女性が可愛く見えるんだよ。これはどういうことなんだろう?」

 

 「まだ、そんなこと言ってるんですか・・・しつこいですよ」

 

 「まだ言うだろうよ、解決していないんだから」

 

南は「チェッ、めんどくせーな」と若干本性を出しつつも、考えてくれたようで、 「たぶん、ファッションのせいですよ」 と、言った。

 

「ファッション?」

 

 「最近はモコモコした服が流行っているから、全体的な雰囲気が可愛く見えるんですよ。服の色合いも淡いものが多いですし、そのせいかと思います。・・・たぶん、ですが」

 

 「本当か? じゃあ、俺が盛っているわけじゃないんだな」

 

 「 盛ってはいるんでしょうけど、それを助長させているのが、ファッションなんですよ、きっと。暖かくなってきて、露出も増えてきてるからそういうのも関係あるのかも」

 

ほほう、なるほど鋭い意見だ。 ファッションとは盲点だった。

 

そういえば、私は目が悪いので、誰かを判断するときには細部ではなく全体の雰囲気やシルエットで判断している。だから、けっこうなブスを可愛いと言ったり、髪の短い女の子を男と間違えて泣かしてしまったり、たまにそういうことがあるのだった。

 

雰囲気の変化でエラーを起こすことは十分に考えられる。

 

「きっとそうだよ! ファッションだったんだ。ありがとう南」 と、私が言うと南はギクシャクした動きでガッツポーズをとっていた。

 褒められたから、喜びを表現しているのだろうが、動きが堅いためにマリオネットのような、とってつけたような動きに見えて、不気味なガッツポーズである。

 

南の運動ができないという一面を見た瞬間だった。

 割と無愛想な彼女が妙な動きをしていると、シュールな世界観に見舞われ問答無用で笑いがこみあげてくるのだが、ここで笑ってしまうと失礼だろうと思って、静かに心の中で般若心境を唱えて「南よ、ギクシャクした動きのままひた走れ」とエールを送った。

 

まぁ、それにしてもファッションは考えなかったなぁ。そこら辺が女性と男性の感覚の違いなのかもしれない。 やっぱり聞いてよかったような気がして、満足感がある。

 

職場の女性を見慣れてきたために、道行く女性が可愛く見えるのかもしれない、という疑惑もあったのだが、それは心に秘めておくことにする。

 

こういう思いはかなり危険であるために、鍵のかかる箱に入れて押し入れにしまっておくのがよいだろう。 押し入れにしまった後はすっかり忘れてしまって、必要なときに出してみることにしよう。

三条祭
作家:三条祭
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