魔界島の決闘

 ガイドの恐怖に慄いた表情に拓也も身が振るえ、一刻も早く引き返すべきだと二人を説得したが、アンナの耳には届かなかった。アンナは魔界島に下りる決意をさやかに伝えるとさやかも大きく頷いた。二人は明朝10時に迎えに来てもらう約束をすると魔界島に降り立った。二人が大きく手を振ると拓也は暗い顔で小さく手を振りヘリは飛び去った。


 ヘリポート中央から東に20メートル程歩くと、二人を待ってたかのように白鳥ケーブルカーが歓迎した。白鳥ケーブルカーで丘の上まで行くと大きな門が閉まっていた。しばらく門を見上げていると静かに門が開いた。そして、どこからとも無く聞いたことのある声がした。「いらっしゃい、お嬢さんたち」門をくぐると入口の左右にラクダが控えていた。「どうぞお乗りください」とラクダがしゃべるとゴールドのらラクダはアンナの前に、シルバーのラクダはさやかの前に歩み寄り手足を折りたたんだ。


 ラクダがゆっくりとピンクの芝生の上を五重の巨塔に向かって歩いていく。右手には五羽のウサギたちの合唱、左手にはチューリップ、スミレ、ヒマワリたちが合唱にあわせてダンスしている。この島は多くのロボがプログラムに従って規則正しい動きをしている。これらの動物は二人の動きをセンサーで確認し島の地下にあるホストコンピューターに情報を送っている。巨塔からは島全体の様子をカメラで監視している。

 二人が乗ったラクダは楕円形プールの横にある白いビーチテーブルの横で止まる。テーブルの中央には花柄のビーチパラソル。二人はラクダから降りると気温が秋にしては暖かいことに気づく。テーブルに腰掛け拓也に電話しようとさやかは携帯を取り出す。「電話が通じない。時計も止まっているわ。どうしたの?」さやかは何度も携帯にタッチする。アンナも時計を見たが止まっていた。アンナが驚いて立ち上がると、無表情の少女が錠剤を運んできた。


 プレートの小皿には五色の粒が二個ずつ乗っていた。赤はタンパク、黄色はエネルギー、青はビタミン、白はカルシュウム、紫はホルモンとなっていますと機械的に説明すると少女は消えた。アンナは五つの錠剤を一気に飲み込むとデミカップの赤いジュースをグウィと飲んだ。「この薬、きっとこの島で暮らすのに必要な薬ね」さやかは一粒ずつ味わいながら飲み込んだ。


 「腹へった」アンナはおなかに手を当てる。さやかは今の時間は分からなかったが12時30分を過ぎていると腹時計で感じた。アンナがこぶしでテーブルをたたくと体が宙に浮いた。「助けて、さやか」アンナは突然の無重力に驚く。これは人工島の重力が千分の一に操作されている。50キロのアンナは50グラムになった。「いったい、誰のいたずらよ」アンナは悲鳴を上げる。二人を五重の巨塔に誘導するために地下のホストコンピューターが重力制御を行ったのだ。

 さやかも軽くジャンプするとふわりと宙に浮いた。二人がはしゃいでいると五重の巨塔の方角から二人のキューピットが飛んできた。金の羽と銀の羽のキューピットは二人に金の紐と銀の紐を各自しっかり握るように言うと、二人を引っ張って五重の巨塔に向かって飛んでいった。キューピットは二人を5Fに着陸させると南に向かって飛び去った。着陸した二人は急に体が重くなった。巨塔の重力は三分の一に制御されていた。


 二人が座り込んでいるとサリーと桂会長がゆっくり近づいてきた。サリーが二人に手を貸すと、ベランダのテーブルに案内した。そこにはステーキとスープが用意されていた。アンナはお礼も言わず即座に肉を切ると大きな口に放り込んだ。さやかはいただきますと手を合わせると、小さな口でスープを一口飲んだ。「二人とも、疲れたでしょう。ゆっくりお食事してくださいね。食べたいものがあれば何でもおっしゃってね」サリーは無心に口を動かしている二人に優しく声をかけた。


 アンナは一気に食べ終わるとオレンジジュースをグウィと喉に流し込んだ。食べ終わったアンナを桂会長は優しい瞳で見つめていた。アンナは口の周りにソースがついていると思いナプキンで口をしきりに拭いた。さやかがジュースのグラスに唇をつけると彼はゆっくりと二人に話しかけた。「この研究所は気に入ってくれましたか?」さやかはグラスから唇を離すと目を吊り上げた。

 「ここは殺人兵器を造る島でしょ」さやかは強い口調で攻撃した。「確かに、ビジネスとして兵器は製造してはいるが、インド、中近東、アフリカへの支援物資も製造してるんじゃ。世界平和のための研究所だよ」老人は笑顔でさやかに応えた。「お言葉ですが、世界平和というのは間違ってます。殺人兵器で多くの子供たちが亡くなっているのです。一刻も早く兵器の製造を停止してください」さやかの顔は真っ赤になっていた。


 「これは恐れ入った。まあ~、資本主義というのは所詮こんなものだよ。分かってくれませんかな、さやかさん。確かに、科学の進歩には弊害もある。だが、人間の限界を超えるのが科学なんじゃよ。現に、ポルシェ・クイーン社が開発した無人のコンピューター制御で走る*GTモンスター*だが、GTモンスターのラップレコードはいまだ破られてない。つまり、人間には限界があるということじゃよ。それじゃ、二人の勇気に応えてプレゼントを差し上げよう。2秒のハンデをやることにしてモンスターのタイムと勝負してみてはどうかな。もしこの勝負に勝てばフェラーリと今後のレース費用をプレゼントしようじゃないか。どうかね、アンナさん」桂会長は結果が明らかな勝負を持ちかけた。


 「アンナさん、いいお話じゃない。勝負なされては?」サリーはアンナが勝つ可能性があるような話しぶりをした。サリーはレースのことがまったく分かっていないとアンナは思った。なにが目的で結果がはっきりした勝負を持ち出したのかアンナには理解できなかった。プロが勝てないモンスターにアマのアンナが勝つことは奇跡が起きない限りありえない。サリーから何か手がかりを得るつもりで魔界島に乗り込んだのだが、桂会長の不意打ちのパンチをくらい窮地に追いこまれた。

春日信彦
作家:春日信彦
魔界島の決闘
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