死神サークルⅢ

 伊達は、彼女のアドバイスにうなずき返事した。「そうですね。でも、サンタクロースは、お礼など、望んでいないかもしれませんね。警察が出しゃばるのは、ヤボってもんですかね。お忙しいところ、お時間取らせました。それでは、失礼します」二人は老人ホームを出発すると昼食をとるために北署近くのそば道場に向かった。伊達は、静かにサンタクロースのことを考えていた。もし、サンタクロースが、菅原洋次であれば、彼は、正義を貫き通しているとみていい。ということは、佐藤警部の失踪とは、関係ないと考えられる。ならば、佐藤警部の失踪は、ヤクザによるものか?奴らに拉致軟禁されているのか?すでに消されているのか?

 

 拉致軟禁されているとすれば、例の別荘ではなかろうか?すでに、消されているとして、遺体が見つかっていないことから考えて、山中に埋められたのか?海底に沈められたのか?それとも、海外に連れ去られたのか?もう一度、原点に立ち戻って考えてみよう。そもそも、佐藤警部がヤクザの麻薬密輸に加担していたとして、佐藤警部を始末する必要があるのか?何度も、ヤクザの麻薬密輸に手を貸していたのならば、佐藤警部を始末する必要はないのではないか?これからも、佐藤警部を利用すればいいのではないか。万が一のことを考えて、消すことにしたのか?

 

 安倍警部補の発狂は、どう考えればいいのか?佐藤警部の失踪と安倍警部補の発狂は、それぞれ別々の事件として考えるべきなのかもしれない。佐藤警部の失踪は、ヤクザによるもので、安倍警部補の発狂は、菅原洋次によるものと考えてみてはどうか?菅原洋次がサンタクロースだと仮定して、安倍警部補が出口巡査長の自殺に関与していたならば、決して、菅原洋次は、安倍警部補を許さないはず。そう考えれば、サンタクロースが、安倍警部補に殺人予告のプレゼントを贈った可能性は十分ある? なんとなく、そう考えたほうが、自然なような気がする。菅原洋次は、クリスチャンだ。恫喝をやっても、軟禁や殺人まで犯すとは思えない。現に、サンタクロースとなって、人助けのプレゼントをしている。菅原洋次の良心を信じよう。目下の問題は、佐藤警部の失踪だ。

 

 考え込んだ伊達をルームミラーから覗いていた大野巡査は、小さな声で遠慮がちに声をかけた。「サンタクロースは、間違いなく、菅原先輩ですね。でも、堂々と名を名乗らないところを見ると何かヤバいことをやったということですよ。ヤッパ、ヤクザの金を持ち逃げしたんですかね。その金でプレゼントしてるってことですか?まさに、ねずみ小僧みたいですね」伊達は、うなずき返事した。「そうあってほしくないが、おそらく、そんなところだろう。バカなヤツだ。一生、サンタクロースとして、逃げ回る羽目になる。奴らにつかまれば、拷問を受けて、消されてしまう。みじめな人生を選んだものだ。我々が、奴らに消される前に、身柄を確保してやりたいが、全く手だてがない。どうすればいいんだ?

 

 大野巡査が、応答した。「自首することはありませんか?僕は、菅原先輩を信じたいです。菅原先輩が本当の悪人になってしまうとは、考えられないんです。現に、プレゼントをしてるじゃないですか。神に懺悔し、法に従って、罪を償うと信じています」伊達は、「そうだな」とつぶやいた。考えれば考えるほど、菅原洋次が、かわいそうになってしまった。プロ野球選手を夢見ていた好青年が、些細な事件をきっかけに高校を退学し、挙句の果てにヤクザになってしまった。そして、ヤクザを裏切り、今では、ヤクザに追われる身となってしまった。こんなに悲しい人生があっていいものだろうか。神が本当にいるのら、彼を助けてあげてほしい。俺に、何ができるというのだ。

 

 大野巡査は、麻薬取引のお金を持ち逃げする二人組のシーンを想像していた。菅原先輩は、相棒を助手席に乗せて、白のアルファードを運転している。204号線を呼子方面に走っている。後部座席には、現金が入ったアタッシュケースを挟んで佐藤警部とヤクザが腰掛けている。目的地が間近なのか、安心した表情を見せてる。運転に疲れた菅原先輩は、路肩に車を停めた。そして、コーヒーを飲み始めた。相棒は、「どうぞ」と言って後部座席の二人に、コーヒーを差し出した。二人は、笑顔でカップを受け取り、グイグイとコーヒーを飲んでいる。再び、車は動きだした。そして、しばらくすると、後部座席の二人は眠ってしまった。相棒は、眠りを確認すると、「いいぞ」と菅原先輩に声をかけた。車は、山手に向かって走り出した。人気のない林道に黒のアスリートが止まっている。その後ろにアルファーは、停車した。菅原先輩と相棒は、素早くアタッシュケースを手に取るとアスリートに運び込んだ。アスリートは、林道を下って消えた。

 

 このシーンが、事実ならば、へまをした佐藤警部とそのヤクザは、責任を取らされる。つまり、消される。こう考えれば、佐藤警部は、この世にはいないということになる。遺体は、地中か?海底か?大野巡査は、顔をブルブルと振った。嫌なイメージを頭から追い出したかった。野球部の先輩が、悪事を働いたとは、思いたくなかった。今のところ、何も、解明されていない。勝手な、妄想でしかない。何も悪い方向に考える必要はない。佐藤警部は、心をリセットするために、修行の旅に出たのかもしれない。菅原先輩は、宝くじに当たって、しばらくお城巡りの旅に出たのかもしれない。何も、心配する必要はないのかも知れない。警察官は、いつも、悪い方向に考える。よくない職業病だ。

 

 ソリオは、そば道場の駐車場に停車した。「着きました」疲れた表情の伊達は、車から降りると大きく背伸びした。「いい天気だな~~。サンタクロースよ、俺にも何かくれ~~」伊達は、青空に向かって叫ぶと、ワハハと笑い声をあげた。大野巡査もハハハと笑い声をあげた。二人が店内を覗くとお客は、3人だけだった。コロナ禍のせいで、観光客の客足が遠のいたに違いなかった。窓際のテーブルに着いた二人は、お品書きを手にした。伊達が、つぶやいた。「スペシャルそば、にするか。俺のおごりだ。好きなの、食っていいぞ」大野巡査は、笑顔で返事した。「それじゃ、お言葉に甘えて、私も、スペシャルそば、お願いします」

 

 閑散とした店内を眺め、伊達がか細い声で話し始めた。「このままじゃ、客商売は、お先、真っ暗だな。どうにか、ならないのか?ガ~ス~よ」大野巡査は、うなずき応答した。「春日大明神は、なにやってんですかね。昼寝でも、してるんですかね」伊達は、窓の外に広がる青空を眺め返事した。「どんなに立派な人でも、悪いことをする。なぜなんだ。そんなに、お金や、権力が欲しいのか?俺は、凡人でよかった。偉くなりたい、金持ちになりたい、と思ったこともあったが、今は、全く思わない。もし、人は生まれ変わるとしても、何も考えないそこいらの小石でいい。生きてると、なんだか、さみしい」大野巡査は、うなずき返事した。「今度生まれるときは、神様に生まれ変わりたいです。そして、すべてを幸せにしたいです」伊達は、即座に返事した。「お前は、大物になれるよ」目じりを下げた二人は、クスクスと響きを抑えるような笑い声で肩を震わせた。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
死神サークルⅢ
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