死神サークルⅢ

 伊達の脳裏に、ふと、背番号1のユニフォームを着た菅原洋次の姿が浮かんだ。彼について、父親に聞いてみることにした。「話はかわりますが、上対馬高校の卒業生の菅原洋次さんをご存知ですか?彼も、野球部だったんですが」父親は、首をかしげて思い出しているようだった。「すがわら」とつぶやき、思い出したような表情を作った。母親も思い出したように夫に声をかけた。「例の」父親は、うなずいた。伊達は、意味ありげな”例の”と言う言葉が気にかかった。伊達は、即座に尋ねた。「菅原洋次のことをご存知なんですか?」両親は、小さくうなずいた。父親が、つぶやいた。「確かに、菅原という学生が、いました。もう、あれから、20年たつかな~。かわいそうな事件でした」母親が、横から口を出した。「もう、忘れてあげないと」

 

 伊達は、菅原洋次の過去の話を聞きたかった。「是非、お聞かせ願いませんか?決して、ご迷惑はおかけいたしません。実は、彼には、捜索願届が出されているんです。7月から行方がつかめないんです。お願いします」二人は、顔を見合わせてうなずいた。父親が、眉を八の字にして、静かに話し始めた。「あくまでも、昔の話です。お役に立つかどうか、英雄が小学校に入る前の話ですから、かれこれ、20年は経つと思います。菅原君は、剛腕投手ということで、この辺りでは、知らない者はいませんでした。プロ野球にスカウトされるんじゃないかと騒いでいたものです。ところが、悲しい事件が起きました。彼は、本当に、正義感あふれる好青年です。菅原君は、悪くない」

 

 目頭を押さえた父親は、言葉に詰まった。これ以上話すのをためらっている様子だった。大野巡査が、口をはさんだ。「昔のことじゃないか、どんなことがあたとしても、もう、許されるんじゃないか。俺も知りたい」父親は、涙声で話し始めた。「傷害事件を起こしたんだ。相手が、悪かった。殴った相手というのが、チンピラだ。殴られた相手は、入院したらしい。そして、チンピラの仲間が、学校までやってきて、損害賠償を請求してきたそうだ。そのことで、菅原君は、退学してしまった。プロ野球選手の夢も、消えてしまった。本当にかわいそうだった」大野巡査が、叫んだ。「きっと、正当防衛だ。チンピラに絡まれたに違いない。クリスチャンが、何の理由もなく、人を殴るはずがない」

 

 

 

 父親は、うなずき話を続けた。「本当のことは、警察も、学校も、だれも、わからない。でも、チンピラと事件を起こしてしまったことは事実だろう。本当に、かわいそう。あんなことがなければ、プロ野球に入っていたかもしれない。残念で、仕方ない」伊達は、菅原洋次がチンピラになったいきさつを知ったような気がした。彼は、いつか、ヤクザに復讐するために、自らチンピラになったのかもしれない。麻薬取引の現金持ち逃げは、その時の仕返しか?「お父さん、胸の内を話してくださり、ありがとうございました。私も、菅原洋次を信じています。今も、正義を貫いていることでしょう。ただ、正義が、勇み足にならなければと」

 

 顔を真っ赤にした大野巡査は、事件に対する警察の対応について疑問を抱いた。「警察は、真剣に事件を調べたのだろうか?その時、菅原先輩は、警察に不信感を抱いたんじゃないですか?もしそうだったら、警察を恨んでいるかもしれませんね」伊達は、小さくうなずいた。自分に関する傷害事件、後輩の事故死、もし、これらに警察の不正がからんでいたならば、正義感の強い菅原洋次は、どう出るか?早まったことをしでかさなければいいが。菅原洋次の過去を聞いた今、ますます、対馬北署が、彼の失踪にかかわっているように思えた。また、学校に恨みを持つとは考えられないから、もし、対馬にやってきたとしたならば、学校に立ち寄ったのではないかと思えた。

 

 母親が、突然、甲高い声で話し始めた。「今日は、腕を振るわなくっちゃ。縁結びの神様の歓迎会ですから。伊達さんは、いけるほうでしょ。麦のやまねこ、白嶽(しらたけ)、どぶろく、お好きなのをどうぞ。倒れるまで、飲んでください」伊達は、一瞬、笑顔を作ったが、遠慮がちに返事した。「飲める方ですが、明日がありますから。やまねこを少々いただきます。ほんと、そう、気を使わないでください」母親が、叫ぶように言った。「何をおっしゃいます。伊達さんあっての、英雄です。英雄、しっかりお酌するんですよ」あまりにもおおげさな母親に恥ずかしくなったのか、頭をかきながら、返事した。「わかってるってば、伊達さん目指して、頑張るさ。お腹、すいてきたな~」母親は、料理の準備に取り掛かった。

            サンタクロース

 

 128日(火)伊達は、北署に到着するとお土産を手にして署長室に向かった。挨拶を終えた伊達は、大野巡査の案内で上対馬高校に向かった。上対馬高校は、思っていた以上に大きかった。大野巡査は、職員室で校長との面会を取り付けてきた。校長室に案内された二人は、柔和な表情の校長の歓迎を受けた。伊達は、早速、用件を切り出した。「お忙しいところ、突然、押しかけまして申し訳ありません。単刀直入に申し上げますと、卒業生でいらっしゃる菅原洋次さんが、7月から、行方不明になっておりまして、そういうわけで、対馬まで捜索に参った次第です。最近、こちらに立ち寄ったということは、ございませんか?

 

 校長は、首をかしげたが、卒業生からのプレゼントの件を話し始めた。「いえ、そういう方は、お見えになっていません。参考になるかどうか、わかりませんが。先日、卒業生のサンタクロースという方から、野球部に野球用具のプレゼントが宅急便で届けられました。その送り主が、だれなのか、心当たりがないのです」伊達は、菅原洋次が野球部であったことから、送り主は、菅原洋次ではないかと直感した。「送り主の住所は、わかりますか?」校長は、首をかしげて返事した。「それが、変なんです。東京都杉並区の住所になっていましたから、確認してみますと、そこはカトリック教会なんです。教会に尋ねましたところ、心当たりがないということなんです」

 

 所在がばれないように教会の住所を利用したものと考えられた。「このようなサンタクロースからの野球用具のプレゼンが、これまでにございましたか?」校長は、即座に顔を振った。「いいえ、初めてです。金額にすれば、かなりの額になります。御礼を申し上げたいのですが、どなたからなのかわかりませんので、困っております。警察の方に探していただければ、助かりますが」安易に引き受けるわけにはいかなかったが、送り主が菅原洋次である可能性を考えると、このプレゼントが、捜索の手掛かりになるような直感がした。「わかりました。そのプレゼントは、どちらの取次店から送られてますか?」校長は、しばらくお待ちくださいと言い残して、席を立った。

 

 

 校長室に戻ってきた校長は、メモを伊達に手渡した。「こちらです」メモには、杉並区、ヤマト運輸高円寺南センター、と記されてあった。伊達は、うなずき返事した。「とりあえず、菅原洋次の顔写真をもとに、こちらのセンターに確認してみます。しかし、送り主を特定できるかどうかは?菅原洋次は、変装している可能性があります。私たちとしては、一刻も早く、探し出したのですが、捜索の手掛かりがございません。また、何か、不自然なことがございましたら、警察にご連絡いただけますか」校長は、うなずいて質問した。「菅原洋次さんは、何か、事件に巻き込まれたということでしょうか?」伊達は、小さな声で返事した。「いえ、まだよくわかりません。奥様から、捜索願届が出されていまして、現在、捜索している次第です」

 

 伊達と大野巡査は、学校を後にすると北署に向かった。北署に到着すると署長に呼ばれた。署長室に入ると異様な笑顔でねぎらいの言葉を受けた。「お疲れでしょ。大野巡査は、役に立っておりますか?佐藤警部の捜索は、当方で手を尽くしております。福岡県警の手を煩わせるほどのことではありません。ごゆっくりなさってください」伊達は、保養所にやってきたのではあるまいし、全く、訳の分からんことを言うものだと内心思ったが、今後の捜査を話すことにした。「佐藤警部の失踪は、警察全体の問題です。一刻も早く、身の安全を確認しなければ、警察の威信にかかわります。本部長の命令でありますので、私は、しばらく捜索に協力させていただきます」

 

 本部長と聞いた署長は、顔が固まった。「それは、ご苦労様です。是非、ご協力をお願いします。大野巡査は、自由にお使いください。また、必要なことがございましたら、何なりとおっしゃってください。ところで、上対馬高校に行かれたということですが、何か?」伊達は、詳しいことは伏せることにしたが、菅原洋次の失踪について、話しておくことにした。「菅原洋次という男性が行方不明ということで、10月に、妻より、捜索願届が出されました。彼の出身校が上対馬高校とわかり、何か、手掛かりはないものかと伺ってみました。それと、佐藤警部の失踪と彼の失踪に、何らか関連がないかとも考えた次第です」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
死神サークルⅢ
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