尼寺

 ちょっと不安だったが、鳥羽は、元気よく返事した。「任せてください。ゆっくり走りますから。大丈夫ですよ。いつ、出立ですか?」ゆう子は、できる限り早く相談に行きたかった。一度、尼寺に電話して見ることにした。「まだ、決めてないの、尼寺に確認してみる。はっきりしたら、電話する」鳥羽は、胸を張って返事した。「了解です。そう、山頂は、冷えますから、しっかり着込んできてください。飲み物とサンドイッチは、準備しておきます」やはり、鳥羽は頼りになると思い、笑顔で返事した。「ありがとう。始めていくところだし、山の中だから、ちょっと怖いけど、鳥羽君と一緒だったら、安心。できれば、明日、成人の日に、行きたいんだけど、鳥羽君は、問題ない」大きくうなずいた鳥羽は、ポンと胸をたたいて、返事した。「まったく、モンダイナッシング。いつでも、スタンバイOKです」

 

 早速、尼寺に電話したところ、13()の午後1時半に約束できた。そのことを連絡を受けた鳥羽は、午前11時にゆう子を迎えに行く予定を立てた。約束の時刻にゆう子を乗せたスクーターは、前原の南方向に当たる大野城線に向かって走った。さらに、三坂交差点から564号線に入り、さらに、急坂を山頂に向かって走り続けた。雷神社近くの登山口を入ると、さらに山頂に向かって、走り続けた。その山道には、全く人の気配がなかった。二人は、勇気を振り絞って、だれもいないさみしい山道をゆっくり走り続けた。鳥羽は、初めての山道でちょっと心細くなった。「ちょっと寂しいところですね。ここを登っていけばいいんですか?」

 

 ゆう子も初めてであったが、尼さんの説明では、キャンプ場に向かう山道を登っていけば、キャンプ場近くに尼寺の案内板があるということだった。「おそらく、ここの道でいいと思う。尼さんの説明では、キャンプ場当たりに、尼寺の案内板があるんだって」ゆう子は、鳥羽にしっかりしがみついていた。鳥羽は、転倒しないように、ゆっくり走り続けた。鳥羽は、緊張のあまりゆう子の手を意識していなかったが、しっかり抱きしめられていることに気づくと、なんだか気持ちよくなってきた。「ゆう子さん、安全運転しますから、安心してください。一本道ですから、このまままっすぐ行けば、無事到着できると思います」

 

 

 

 ゆう子は、どのくらいの時間で到着できるのか、全く予想ができなかった。でも、鳥羽をしっかり抱きしめていると、鳥羽が、本当の彼氏のように思えてきた。「鳥羽君、頼むわね。鳥羽君が、頼りなんだから。こんな、さみしい思いは、初めて。鳥羽君もでしょ」鳥羽も、初めてであった。姫島もさみしいところではあったが、小さな島ということもあり、島の隅々まで、子供のころから遊んでいた。鳥羽にとって、姫島は、庭同然だった。バランスを崩さないようにしっかりハンドルを握った鳥羽は、速度を一定に保ち、慎重に坂道を上り続けていた。ゆう子は、しっかり目を閉じて、大好きな彼氏を抱きしめるように、力を込めて、しがみついていた。

 

 鳥羽も心細くなったが、カラ元気を出して、明るい声で返事した。「糸島って、狭いようで、広いんですね。姫島にも山はあったけど、小さな山で、庭みたいなものでした。でも、この山の向こうは、佐賀ですよね。遭難しないとは思いますが、やっぱ、気味が悪いですね」鳥羽が前方を見つめているとイノシシの親子が素早く道を横切っていった。鳥羽が、悲鳴を上げた。「ドヒャ~~、イノシシ。ア~~、追突されなくてよかった」ゆう子は、鳥羽の悲鳴にびっくりしてしまい、ゆう子は大きな声で尋ねた。「え~~、イノシシ?こんな山奥にもいるの?タヌキとか、サルなんかも、出るかも?」鳥羽は、山のことは詳しくなかったが、イノシシ、タヌキ、キツネ、イタチ、サルが糸島山いる話は聞いたことがあった。

 

 「そうですね。いますよね。でも、こちらが攻撃しない限り、襲ってこないと思います。安心してください」しっかり目を閉じたゆう子は、泣きそうな表情で大きくうなずいた。「そうよね、何も悪いことしてないし。動物って、かわいいし。でも、オオカミが出るってことはない?オオカミだったら、襲ってくるかも?」鳥羽は、オオカミのことは聞いたことがなかった。「オオカミは、いないと思います。安心してください。あと、どのくらい登ればいいでしょうかね~~。全く、見当がつきませんね。ちょっと休憩しましょうか?腕が、疲れたんじゃないですか?」ゆう子は無意識に腕に力を入れていたために、腕が痛くなっていた。「そうね。空き地があったら。休憩しようよ」

 

 鳥羽は、路肩に停められるちょっとしたスペースはないかと前方に目をやった。20メートルほど先の左側に車が離合できるほどのスペースを発見した。「よかった、あそこに、ちょっとした空き地があります。あそこで、休憩しましょう。なんだか、心配ばかりしてると、おなかがすきましたね。サンドイッチでも、食べましょう」ゆう子は、休憩できると聞いて、ホッとした。腕時計を見ると11時半を過ぎていたが、山道に入って、それほどは走っていないように感じた。鳥羽が、アクセルを緩め、停車すると、声をかけた。「ゆっくり降りてください。踏ん張っていますから。ゆう子は、ステップに左足を乗せて踏ん張ると、右脚を大きく持ち上げて、ゆっくりとシートから降り立った。

 

 そして、大きく息を吐きながら、赤いヘルメットを取り外した。「あ~~、しんど。鳥羽君も、疲れたでしょ」鳥羽は、スクーターを路肩に停め、トランクから、ピクニック用のシートを取り出した。片隅にパッと広げると笑顔のスヌーピーが現れた。「休んでください。腹が減っては、戦はできぬ、って言いますからね」スクーターに駆け寄った鳥羽は、緑茶のペットボトルとサンドイッチをトランクから取り出し、シートに並べた。ゆう子の横に腰掛けると、ペットボトルを手渡し、サンドイッチを差し出した。「どうぞ」ゆう子は、ニコッと笑顔を作って、ハムサンドを手にした。卵サンドを手にした鳥羽は、ちらっと、ゆう子の横顔を覗き見て声をかけた。「なんだか、ピクニックに来てるみたいですね。でも、こんなにさみしい、ピクニックっていうのはないか?」

 

 ゆう子は、クスクスと笑い声をあげた。「そうよね、オオカミが出るかもしれないような、さみしい場所のピクニックって、聞いたことない。でも、頼もしい鳥羽君と一緒だから、安心。でも、山道に入って、まだ、ほんの少ししか、走ってないんじゃない。後、どのくらいあるんだろうね。約束は、1時半だから、時間はあると思うけど。「そうですね~。まったく、見当がつきません。でも、大丈夫ですよ。キャンプ場には、案内板があるんでしょ。ということは、キャンプ場から、そう、遠くないってことです。まあ、気楽に、道中を楽しみましょう。ゆう子姫と二人っきりになれる機会は、二度とないかもしれないし」ゆう子は、ワハハ~~と笑い声をあげた。「鳥羽君、ゆう子姫は、やめてよ。江戸時代じゃないんだから。ほんと、鳥羽君って、面白いんだから」

 

 

 

 鳥羽は、ゆう子先輩というより、ゆう子姫と言うほうがしっくりいった。心では、いつもゆう子姫と言っていた。「そう、からかわないでください。いいじゃないですか、僕の気持ちなんです。ゆう子姫と呼ばせてください」ゆう子は、あきれた顔で返事した。「そ~~、それだったら、好きに呼んでもらってもいいけど。なんだか、ムズかゆくなるのよね。ま、いっか。江戸時代にタイムスリップしたことにしよう。姫と呼ばれるのも悪くないし」鳥羽が、腕時計を見て声をかけた。「姫、もう、そろそろ参りましょう」ゆう子は、姫になった気分で返事した。「それでは、まいりましょう」ゆう子は、クスクス笑っていた。

 

 鳥羽が、スヌーピーシートを折りたたみ、それとまだ残っていたお茶のペットボトルと一緒にトランクにしまい込んだ。先に、鳥羽がスクーターにまたがると、鳥羽の左肩に手を置いたゆう子が、エイッと勢いよく後部座席にまたがった。鳥羽が、掛け声をかけた。「姫、よろしいですか?出立します」鳥羽は、アクセルをゆっくり吹かし、前進し始めた。スクーターが動き始めるとゆう子の腕に力がこもった。「鳥羽君、もう少しよ。頑張って」鳥羽は、姫の家来のごとく返事した。「かしこまりました。姫、ご安心を。でも、車も、人も、通らいというのは、どういうことですかね。上には、キャンプ場がるんですよね。だったら、車が通ってもいいと思うんですけど」しっかり目を閉じたゆう子が、返事した。「今は、冬じゃない、キャンプ時期じゃないのよ。だからよ」

 

 鳥羽は、うなずいた。雪が積もっていれば、スキーができると思えたが、雪も積もっていなかった。そう考えると、山頂に向かう人がいないのも、もっともだと思えた。「そうですよね。こんな時期に山頂に向かうのは、尼寺に行く人ぐらいですね。偶然、誰かに出会えば、元気が出るのに。ヤッパ、人がいないって、さみしいですね」ゆう子は、大きくうなずき、鳥羽の背中にヘルメットをこすりつけた。鳥羽は、お茶を飲みすぎたのと寒さのせいか、トイレに行きたくなってしまった。「姫、僕、トイレに行って、いいですか?お腹、冷えちゃって」ゆう子は、即座に返事した。「いいわよ。遠慮しないで」鳥羽は、左の路肩にスクーターを停めると、左足でサイドスタンドを立てた。スクーターが左に傾いたため、危険を感じ、ゆう子を先に降ろすことにした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
尼寺
0
  • 0円
  • ダウンロード

4 / 17

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント