尼寺

 あまりピンとこなかったが、ゆう子は小さくうなずいた。でも、今は、幸福そうに見えるため、尼になることも幸せになる方法の一つだと納得した。「私は、彼氏もいないし、結婚もしていません。ましてや、出産の経験もありません。だから、よく理解できません。でも、尼さんは、幸せそうに見えます。人には、それぞれの幸せがあるんですね。私も、未来に向かって、幸せを作っていきたいと思います。お話を伺って、少しは、前進できるような心持になってきました。曇り空の隙間から、太陽の光が差し込んできたみたいです。相談に伺って、本当に、よかったです」ゆう子は、尼さんが誰かに似ていると思っていた。今、だれだかわかった。あの、どんだけ~、のイッコ~に似ていることに気づいた。口に出すと失礼になると思い、心でクスクス笑った。

 

 ゆう子は、尼さんの話に心を奪われ、鳥羽を待たせていることをすっかり忘れていた。腕時計を見ると3時近くになっていた。「あ、こんな時間。本当に、今日は、ありがとうございました。連れを待たせていますので、この辺で、失礼します。些少ですが、お納めください」ゆう子は、用意していたお布施を尼さんに差し出した。尼さんは、笑顔で受け取り、挨拶をした。「お若いのに、礼儀正しいこと。お気をつけて、おかえりください」ゆう子は、両手を前にそろえ、尼さんに頭を深々と下げた。門を出るときも、深々と頭を下げて、尼寺を後にした。鳥羽は、退屈のあまり、尼寺の周辺を散歩していた。ゆう子は、鳥羽に声をかけた。「ごめんね。もっと早くに、切り上げるつもりだったんだけど、話が長引いちゃって。寒くない。大丈夫?」鳥羽は、トレーニングを兼ねて、そこら辺を歩き回っていたため、体は温まっていた。

 

 鳥羽は、笑顔で返事した。「別に。このくらいの寒さは、何ともないさ。姫、何か、いいことでもあったのですか?目が、輝いていますよ」照れくさそうにゆう子は、返事した。「ま~ね。なんだか、未来が、パ~~~と、開けた感じ。鳥羽君が、連れてきてくれたおかげ。ありがとう」鳥羽は、改まってお礼を言われると、照れくさくなった。「姫のためなら、何のこれしき。それでは、まいりましょう」ゆう子がスクーターにまたがると鳥羽はアクセルをゆっくりふかした。下り坂は、登りよりも不安定に感じた。鳥羽は、運転に集中していたが、ゆう子は、鳥羽の背中のぬくもりを夢心地で感じ取っていた。もしかしたら、幸せって、今のような気持じゃないかと思えた。そして、今の時間が、永遠に続きますように、と神にお願いした。

 

 

 

 

 なんだか、不思議な幸せを感じていたゆう子は、ふと、鳥羽の気持ちに疑問を感じてしまった。なぜ、こんなにまで親切にしてくれるのか?「鳥羽君~~、こんな山奥まで、連れまわして、ごめんね。いやなときは、いやだといっていいのよ。鳥羽君は、ちょっと、人が良すぎるんじゃない。私なんかにかまっていたら、彼女が、できないわよ」鳥羽は、嫌われたのではないかと勘違いした。「え、僕が、うっとおしいんですか?なんだか、がっかりだな~~。こんなにお仕えしてるのに」ゆう子は、誤解を招いたと思い、弁解した。「そうじゃなくて、あまりにも、親切にしてくれるから、気の毒なだけよ。とっても、感謝してるんだから。でも、どうして、こんなに親切にしてくれるの?」鳥羽は、即座に、大声で返事した。「当然のことをしてるだけです。姫をお守りすることは、神勅なんです。感謝なんって、もったいない」

 

 やはり、鳥羽は、かなりの変人だと確信した。どんな根拠で言っているのかさっぱりわからなかった。「え、どんな神様から任命されたの?鳥羽君、ちょっと変じゃない。私を守る神勅なんて、ないと思うんだけど」変人といわれた鳥羽は、春日神からの神勅を話すことにした。「姫、何をおっしゃるんですか。藤原氏の氏神である春日神の神勅です。姫こそ、日本の守護神になられる方んです。僕は、姫をお守りするために、現世に降臨させられた日本武尊なんです。これからも、命を懸けて、お守りいたします。ご安心ください」マジ、ますます、頭がいかれていると確信した。バカと天才は紙一重、とは、このことだと思った。これ以上話しても、理解しあえないと思い、話を変えることにした。「鳥羽君は、世界一、お人よしってことね。いつもありがとう。もう、登山口についちゃった。下りは、やっぱ、早いね」

 

 登りは、目的地までの道のりがわからず、とても長く時間が感じられたが、下りは、思っていたより、早く登山口に到着した気がした。ゆう子は、鳥羽にお礼をしなくてはと思い、食事に誘った。「鳥羽君、おなか、すいたでしょ。どこかで、食事しない?」道中でのサンドイッチぐらいでは、おなかが満たされていなかった。鳥羽のお腹は、グ~~グ~~なっていた。「待ってる時、おなかが、すきすぎて、倒れそうでした。何を食べますか?」ゆう子は、鳥羽の好物の牛丼を提案した。「すき屋に行ってみない?特盛り、おごるわよ」牛丼が頭に浮かぶとよだれが出そうになった。「牛丼、いいですね。卵をかけて食べると、最高です」楽しそうな二人を乗せたスクーターは、フードウェイ横にあるすき屋に向かって走り続けた。

春日信彦
作家:春日信彦
尼寺
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