尼寺

               道中

 

 令和2年の新年を迎え、ゆう子は、美緒の誘いで、桜井神社、太宰府天満宮、春日神社、に初詣に行った。その折、くノ一として生きていくことへの決意を神に報告し、日本の平和のために活躍できるようにと祈願した。ついでに、自分一人では解決できない処女の悩みも訴えた。勇樹のことを忘れて、新しい彼氏を作り、その彼氏に処女を与えるべきか?それとも、AV女優に挑戦し、男優に処女を与えるべきか?神様からの回答を待ってみたが、全く、音沙汰がなかった。やむなく、唯一、秘密を打ち明けられる美緒に相談した。でも、全く、相手にされなかった。というのも、美緒は、小学生の時に処女を失っていて、処女について考えたこともなかったからだ。ゆう子は、秘密を守ってくれる人に相談したかったが、身近に、そのような相談相手はいなかった。そこで、今、噂になっている尼寺に行ってみることにした。

 

 でも、その尼寺は、糸島山の山奥にあり、一人で行くには気味が悪かった。美緒を誘ってみたが、即座に断られた。一緒に行ってくれる人といえば、ボディーガードの鳥羽しかいないことに気づき、鳥羽を誘うことにした。112日(日)鳥羽に電話したところ、今日は、暇ということで午後2時の約束で、例の珈琲館で落ち合うことにした。鳥羽は、140分には、テーブルを確保し、ゆう子がやってくるのを待った。赤いスズキ・レッツのスクーターが、目に入ると鳥羽はかわいい膝が飛び出したジーンズのゆう子に手を振って合図を送った。手を振って笑顔で応答したゆう子は、窓際のテーブルにかけていった。

 

 ゆう子は、笑顔で声をかけた。「ちょっと、遅刻しちゃった。メンゴ、メンゴ」鳥羽は、マジに返事した。「いいんです。このぐらい。ヤッパ、1月は、寒いですね。あったまるものを飲まれては、どうですか?」カーキー色のダウンジャケットを隣の席に置くとゆう子は、メニューを手に取った。紅茶か、ホットミルクか、ホットレモンか、一瞬迷ったが、ホットレモンに決めた。「それじゃ~、ホットレモンにしようかな~~」鳥羽は、ホットレモンとホットコーヒーを注文した。今日呼び出されたのは、対馬でのボディーガードの件だと鳥羽は思っていた。その件の質問にどう答えていいか、いろいろ考えたが、事実は口が裂けても言えない。もし、その質問だったら、適当な嘘を言って、ごまかすことにした。結果的には、事件は起きなかったわけだから、嘘を言ってもばれない、と素知らぬ顔で心でつぶやいた。

 

 

 ゆう子は、尼寺の件を話す前に、対馬の件について鳥羽に聞くことにした。ホットレモンをチュッとすすり、鳥羽を見つめた。「ボディーガード、うまくいったみたいじゃない。よかったわね」鳥羽は、どうか、対馬のことを聴かれませんようにと心で願っていたが、やはり、対馬のことを聞かれ、顔が真っ赤になった。「あ~~、どうにか、マリさんの指示に従っただけだから。特に、難しいってことはなかった。対馬観光もできたし、ゆう子先輩に感謝しています」一度は、対馬に行ってみたいと思っていたゆう子は、対馬観光に興味がわき、もう少し、聞いてみることにした。「どんなところ、観光したの?対馬といえば、ツシマヤマネコぐらいしか、知らないんだけど」

 

 鳥羽は、観光地を思い出しながら、話し始めた。「ゆう子先輩が言われるように、何といっても、かわいい、ツシマヤマネコですよ。対馬野生生物保護センターに行きました。ツシマヤマネコは、絶滅危惧種なんです」ゆう子は、質問を続けた。「そのほかには?」鳥羽は、首をかしげて思い出しながら話を続けた。「あ~、海の中に鳥居がある和多都美神社にもいきました。それと、韓国展望所。プサンがぼんやり見えましたよ」ゆう子はうなずいて冷やかすように言った。「そ~、楽しかったでしょ、マリさんと一緒だと。マリさんって、大人の魅力があるのよね~~」鳥羽は、ハッとした。ホテルのことを知っているのではないかと一瞬疑った。でも、マリさんがあの夜のことを話すはずはない。マリさんも、口に出して言えることではない。目をキョロキョロさせた鳥羽は、心でつぶやいた。

 

 「いや、マリさんは、一足先に帰られました。僕は、別に急ぐ必要がなかったから、のんびり、観光して帰ったんです。ゆう子さんも、一度、対馬観光をされてみられたどうですか?とっても、自然が美しいところです。ちょっと、韓国人客が多すぎますけどね」鳥羽の話を聞いていると、ゆう子も対馬観光をしたくなった。「そ~、そんなにいいとこ。あ~~、一度行ってみたいな~~。鳥羽君、連れて行ってくれるの?」お供してほしいといわれ、ニコッと笑顔を作って、返事した。「お供しろといわれれば、いつでも、お供いたします。任せてください」ゆう子は、ちょっと、はにかむような表情で鳥羽を覗き込んだ。「ついでというんじゃないけど、ちょっと、お願いがるの」

 

 

 鳥羽は、身を乗り出して、笑顔で返事した。「遠慮なく、何でも、お願いしてください」ニコッと笑顔を作ったゆう子は、お願いすることにした。「最近、悩みが多くて。それで、尼寺に行こうと思うの。そこの尼さん、女子の間では、ちょっとした有名人なの。でも、その尼寺というのが、糸島山の山奥にあって、気味が悪いのよ。だから、鳥羽君に、ついてきてもらえないかな~~と思って。ついてきてくれる?」鳥羽は、調子抜けした表情で元気よく返事した。「そんなことぐらいだったら、任せてください。スクーターで行きますか?それとも、タクシーにしますか?」ホットレモンをすすり終えると首をかしげて返事した。「それが、尼寺って、山頂付近にあるの。だから、キャンプ場までは、車で行けるみたいだけど、それから先は、車は、無理みたい。行くとすれば、歩きか?スクーターか?歩くのは、ちょっと無理っぽいから、どうしよう?」

 

 山頂付近まで歩くのは、日ごろ登山をやっていない人には、無理だと判断した。やはり、スクーターが最適ではないかと判断した。それぞれのスクーターで行く提案をした。「それじゃ、それぞれ、スクーターで行きますか?」ゆう子は、ちょっと不安げな表情で返事した。「そうね~、かなりの上り坂らしいから、うまく、運転できればいいけど。自信ないな~。でも、歩きでは、無理だし。どうしよう~。スクーターで行くのか~。あ~~、転倒したらどうしよう~」鳥羽は、急坂の曲がりくねった山道を想像した。確かに、慣れてないと危険なような気がした。万が一、山道から墜落したら、一巻の終わりのような不安に駆られた。

 

 「確かに。急坂の山道ですからね~。危険といえば、危険ですよね。でも、歩きは、無理でしょ。スクーター以外、山頂まで行く方法はないと思います。それじゃ、僕のスクーターの後ろに乗ってください。小さなスクーターですが、二人乗りはできます。ふらついても、脚で踏ん張れますから、僕にしっかり、しがみついていてください。どうですか?それでも、心配ですか?ほかに、行く方法といっても、ちょっと思いつかないしな~~」ゆう子は、しばらく考え込んだ。歩かずに行く方法は、スクーターしかない。そう考えた時、鳥羽を信じることにした。大きくうなずいたゆう子は、満面の笑みを浮かべ、返事した。「そうね、鳥羽君だったら安心。脚も長いし、筋肉隆々だもんね」

 

 

 

 ちょっと不安だったが、鳥羽は、元気よく返事した。「任せてください。ゆっくり走りますから。大丈夫ですよ。いつ、出立ですか?」ゆう子は、できる限り早く相談に行きたかった。一度、尼寺に電話して見ることにした。「まだ、決めてないの、尼寺に確認してみる。はっきりしたら、電話する」鳥羽は、胸を張って返事した。「了解です。そう、山頂は、冷えますから、しっかり着込んできてください。飲み物とサンドイッチは、準備しておきます」やはり、鳥羽は頼りになると思い、笑顔で返事した。「ありがとう。始めていくところだし、山の中だから、ちょっと怖いけど、鳥羽君と一緒だったら、安心。できれば、明日、成人の日に、行きたいんだけど、鳥羽君は、問題ない」大きくうなずいた鳥羽は、ポンと胸をたたいて、返事した。「まったく、モンダイナッシング。いつでも、スタンバイOKです」

 

 早速、尼寺に電話したところ、13()の午後1時半に約束できた。そのことを連絡を受けた鳥羽は、午前11時にゆう子を迎えに行く予定を立てた。約束の時刻にゆう子を乗せたスクーターは、前原の南方向に当たる大野城線に向かって走った。さらに、三坂交差点から564号線に入り、さらに、急坂を山頂に向かって走り続けた。雷神社近くの登山口を入ると、さらに山頂に向かって、走り続けた。その山道には、全く人の気配がなかった。二人は、勇気を振り絞って、だれもいないさみしい山道をゆっくり走り続けた。鳥羽は、初めての山道でちょっと心細くなった。「ちょっと寂しいところですね。ここを登っていけばいいんですか?」

 

 ゆう子も初めてであったが、尼さんの説明では、キャンプ場に向かう山道を登っていけば、キャンプ場近くに尼寺の案内板があるということだった。「おそらく、ここの道でいいと思う。尼さんの説明では、キャンプ場当たりに、尼寺の案内板があるんだって」ゆう子は、鳥羽にしっかりしがみついていた。鳥羽は、転倒しないように、ゆっくり走り続けた。鳥羽は、緊張のあまりゆう子の手を意識していなかったが、しっかり抱きしめられていることに気づくと、なんだか気持ちよくなってきた。「ゆう子さん、安全運転しますから、安心してください。一本道ですから、このまままっすぐ行けば、無事到着できると思います」

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
尼寺
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