対馬の闇Ⅳ

 この程度の抵抗で引き下がるひろ子ではなかった。「だったら、ゴルフを始めればいいじゃない。クラブは、こっちで用意するから。そうだ、沢富さんね、下手の横好きらしくて、打ちっぱなしには、何度か行ったことがるって言ってた。三人で、打ちっぱなしに行ったらいいじゃい。ワイワイ、ヘタクソ同士で話しているうちに、情報が取れるかも。これは、名案。沢富さんが、来たら、お願いしてあげるから。いいでしょ」大野巡査もここまでしつこくされると根負けしてしまった。「わかりました。ちゃんと、ゴルフクラブを用意してくれるんですね。沢富警部補も一緒ならいいです。沢富警部補に、情報収集頼みますから。ベテランなんだし、僕より、上手だと思いますよ。最初から、沢富警部補に頼めばよかったんですよ」ひろ子は、大野巡査の機嫌を損ねたようでちょっと気まずくなった。

 

 野球部の先輩後輩だからこそ、話が弾むことを強調した。「そう、言わないでよ。さっきも言ったように、野球部の先輩後輩だからこそ、腹を割って話せるってことがあるじゃない。そこを期待してお願いしてるのよ。へそを曲げず、協力してよ。もし協力してくれたら、大野巡査の出世を約束するから。嘘じゃない」調子のいいことを言って、利用しようとしていることに腹が立った。「また、また、そんな、おだてに乗りませんよ。ひろ子さんに、どんな力がるっていうんです。県警本部に親戚でもいるんですか?」ひろ子は、そう具体的に問い詰められると困ってしまった。「親戚はいないけど。警察庁に知り合いがいるのよ。嘘じゃない。信じて」これ以上、ひろ子と口論したくなかった。出口巡査長の事件解明に役立つのなら、引き受けてもいいと思った。「わかりました。とにかくやってみます。でも、期待しないでください。無理と思いますから」

 

 真っ赤になった大野巡査の顔をまじまじと見ていると、ピンポン、ピンポンというインターホンの音が響いてきた。ひろ子は、助け舟がやってきたとホッとした。「沢富さんだわ」ひろ子は、即座に、玄関にかけていった。ひろ子は、沢富に話の経過をかいつまんで話した。話を聞いた沢富は、笑顔でキッチンにやってきた。「よ~、大野巡査。頼りになるとは聞いていたが、やってくれるそうじゃないか。さすが、男の中の男だ。野球部のエース」ちょっと、お世辞を言われた大野は、照れくさそうに返事した。「いや、まあ、やってみますけど、期待しないでください。沢富さんも一緒に、打ちっぱなしに行ってくれるんでしょうね。僕は、やったことがないんですから」沢富は、うなずき返事した。「もちろんさ。クラブも貸してあげるし、打ちっぱなしの料金も払ってあげるさ。大野君は、須賀君と気持ちよく、遊んでもらえればいい」

 

 

  沢富の言葉を聞いて、少しは、ホッとした。おそらく、極秘情報の入手は、無理だとは思ったが、協力すれば、何かいいことがるように思えた。「沢富警部補、協力するからには、将来のこと頼みますよ。ひろ子さんが、出世を約束してくれたんですから」ちょっと、ムキになって念を押した。沢富は、うなずき、快く返事した。「わかってるさ。来春には、僕は、警察庁に戻る。でも、長崎県警本部には、君のことを持ち上げておくから。協力頼む」大野巡査は、沢富警部補の今の言葉を聞いて、未来が開けた心持になった。「よっしゃ~。任せてください。須賀巡査長は、野球部の先輩です。きっと、僕にだったら、話してくれるような気がしてきました。ところで、沢富警部補は、ひろ子さんとは、どういうご関係で?」沢富は、ちょっと気まずそうな表情でひろ子を見つめた。ひろ子は、この際、二人の関係を打ち明けたほうが、より信用されるような気になった。

 

 ひろ子が、ニコッと笑顔を作って話し始めた。「実は、付き合ってるの。そういう関係」大野巡査は、そうではないかと直感していた。「やっぱり。そうじゃないかと思っていたんです。なんとなく。そうか、ひろ子さんは、沢富警部補の転勤に、ついてこられたってわけですね。それじゃ、近々、ご結婚ですね。いいよな~、僕も、結婚したいな~」ひろ子は、瑞恵の気持ちを伝えることにした。「あら、大野さんも彼女がいるじゃないですか。隠さなくてもいいのに」大野巡査は、激しく顔を左右に振った。「ナニ、言ってるんです。僕なんかに、彼女はできません。女性は、苦手なんです。沢富警部補に、ゴルフより、女性の口説き方を習いたいくらいです。あ~~、僕は、ダメな男なんです」ひろ子が、間髪入れずに返事した。「近くにいるんじゃないの?ほら、みずえさん。お似合いだと思うけど」

 

 瑞恵とは、先日あったばかりで、彼女ではなかった。「何言ってるんですか。みずえさんとは、先日、初めて会ったにすぎません。彼女ではないですよ。みずえさんが、怒りますよ」ひろ子は、ワハハ~と笑い声をあげた。「何言ってるのよ。一度会えば、十分なのよ。女心ってそういうもの。アタックしたら。きっと、うまくいくから。男なら、ド~~ンと押してみないと。エースでしょ。みずえさん、大野さんを待っているから。女の直感は、当たるんだから」そういわれると単純な大野巡査は、マジに受け取ってしまった。「そうですか。それじゃ、ひろ子さんの言葉を信じて、アタックしてみます。沢富警部補、こっちのほうも、協力してくださいよ」沢富は、大きくうなずき、笑顔で返事した。「よっしゃー!大船に乗った気持ちで、みずえさんに、アタックするがいい」大野巡査の能天気な脳裏のスクリーンには、バージンロードを厳かに歩く、純白のウエディングドレスをまとった新婦と腕を組んだタキシードの新郎の姿が、映し出されていた。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅳ
0
  • 0円
  • ダウンロード

29 / 30

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント