対馬の闇Ⅱ

 

 二人は、見つめあってうなずいた。ひろ子は、自分の思いを話し始めた。「出口君は、悩んでいたんですね。でも、自殺するでしょうか?男気のある出口君は、自殺なんかしないと思います」武田監督も同感だった。「俺もだ。いやな。”また、頼むな”って言ったら。”ハイ”って言って帰ったんだ。だから、どうも腑に落ちないんだ。もしかしたら、何かの事件に巻き込まれて、崖から墜落したのかもしれん」さゆりが、話を始めた。「それって、あり得る。例えば、誰かが争っていて、警官の出口君が止めに入った。ところが、出口君が崖から突き落とされてしまった。考えられない?ひろ子」ひろ子も、考えられないこともないように思えたが、今一つ、ピンとこなかった。「そうね、何か引っかかるのよね。「やはり、出口君の悩みは何だったのか?ここよ。いったい、何だったんだろう?」

 

 武田監督が二人を諭すように言った。「二人の気持ちは、天国の出口に届いてるさ。警察は、事故死といっている。これ以上は、だれにも、何もわからん。あまり、詮索しないほうがいい。あとは、警察にませとけ。そう、鮎太郎監督にも会っていくんだろ。相変わらず、モテない男だ。いまだ独身だ。ひろ子、どうだ。あ~ゆうの?バツイチなんだし」ひろ子は、目を吊り上げて文句を言った。「ちょっと~、だれに聞いたんです?バツイチって。死んでも嫌です、あんなオカマ。ちょっと言い過ぎたか」さゆりが声をかけた。「後輩たちの練習を見てみよう。私たちの時より、強くなってるみたいよ」2人は、武田監督に会釈をするとテニスコートに向かった。コートの片隅の席で鮎太郎監督が舟をこいでいた。

 

 さゆりがつぶやいた。「まったく、監督ったら」二人は大声で監督の耳元で叫んだ。「こんにちは~~。元気ですか~~」びっくりして飛び上がった監督は、二人を見て目をパチクリさせた。「いや~~、ビューティーペアじゃないですか。夢か幻か」さゆりが呆れた顔で返事した。「監督が居眠りしてても、成績はいいみたいですね。今年も県大会に行ったみたいだし」笑顔で監督は答えた。「まあな。監督の指導がいいってことだ。ところで、武田監督と長い間話してたな。出口のことか?」ひろ子は、目を丸くして尋ねた。「よくわかりましたね。その通り。出口君のことで、ちょっと、聞きたいことがあって」鮎太郎監督はうなずき神妙な顔で話し始めた。「かわいそうだよな。いったい何があったかわからんが。これからっていうのに。先生たちみんな、残念がってるよ」先生たちも出口君の死を不審がっているように思えた。

 


 鮎太郎監督は話を続けた。「警察は、事故死といってる。まあ、事故死なんだろうが、武田監督と話してたんだが、何らかの事件に巻き込まれたんじゃないか、って。彼は、正義感の強く、一本気だったようだし。仲裁に入って、崖から転落したのかもな。全く、不運としか、いいようがない。かわいそうに」先生たちも自殺ではないように思っている。そのはず、出口君についての情報は全くないのだから。今、自分にわかっていることは、出口君に何らかの悩みがあったこと。ひろ子は、鮎太郎監督に冗談を言った。「監督、いまだ独身と聞きました。どうしたんですか?高望みしてんでしょ。いい加減に結婚しないと、だれからも相手されなくなりますよ。元国体選手にしては、だらしないですよ」さゆりが追い打ちをかけた。「ほら、監督は、後衛でしょ。アタックがダメなのよ。弱気なんだから」二人はケラケラ笑った。

 

 ガクッと肩を落とした鮎太郎監督は、意気消沈した声で返事した。「そういうなよ。どうもな~~、俺は、女性と縁がないみたいだ。ア~~ア」能天気な監督は、一生結婚できそうもないと思ったひろ子は、引き上げることにした。「それじゃ、この辺で失礼します。頑張ってください」悲しそうな顔をした監督は声をかけた。「もう帰るのか。そっけないな~~。たまには、遊びに来てくれよ」二人は、手を振りながら「また、きま~~す」と返事すると駐車場にかけていった。二人は車に乗り込むと来た道を戻るように北上した。ひろ子は、頭の中を整理することにした。武田監督から得た情報は、出口君は何らかの悩みを持っていたということ。これは、母親の話とつじつまが合う。要は、どんな悩みを持っていたかに焦点が絞られる。いったい、10月に、出口君に何があったのだろうか?

 

 民宿みふねに到着したのは、5時を少し回っていた。さゆりは仕事に戻り、ひろ子は、早速、遺品の本をチェックすることにした。段ボール箱から、10冊ほど取り出し、両腕でフォークリフトのようにして胸の前で抱きかかえると2階に上がった。ひろ子は、徹夜で遺品の本を隅から隅までチェックした。しかし、これといった手掛かりを見つけることができなかった。水曜日の早朝に遺品の本を返す約束をしていたため、7時に民宿を出立した。言っていたとおり、母親は在宅していた。ひろ子は、出口君のお位牌に手を合わせると母親に向き直ってお礼を言った。「ありがとうございました。何か、手掛かりがないかと目を凝らして探したんですが、ダメでした。でも、出口君って、車が好きだったんですね」

 

 

 


 

 母親は、うなずき返事した。「はい、車が大好きで、ちっちゃいころ、絵本を見ながら、レーサーになるんだ、なんて言ってました」ひろ子の頭にピンときた。「車なんですが、車のことで、何か、言ってなかったですか?」母親は、首をかしげ考え込んだ。「車ですか?あの子は、スズキ・スイフトに乗ってました。そう、その車に今私が乗ってます。ほかには、あ~~、一度、電話があった時、上司の車を整備に持っていくとか言ってました。そのほかは・・別に」ひろ子は、スイフトのどこかに手紙が隠されているかもしてないと一瞬思ったが、おそらく、隠していたなら、警察が探し出しているように思えた。出口君は、警察のやり方を知っている。だから、警察が調べそうな場所には、手紙は隠していないように思えた。

 

 母親は遅番と聞いていたひろ子は、早々に引き上げることにした。「また、長居してしまいました。そう、今、福岡に住んでいるんですが、来年1年間は対馬に戻ります。何かあれば、何でも相談してください。出口君は、お母さんが元気で長生きしてくれることを願っていると思います。それでは、失礼します」再度、出口君のお位牌に手を合わせ部屋を出た。さゆりには、帰りの便について知らせていたため、民宿みふねに戻らず、比田勝港に向かった。105分発のビートルに乗り込んだひろ子は、座席に腰掛け、両手を組んだ。そして、豊崎神社で追いかけっこしていた無邪気な子供の頃の二人を思い浮かべ、神のご加護を祈った。

 

 


               野球小僧

  

 1215分に博多港についたため、天神ソラリアでのんびりと食事を済ませ、七隈の自宅マンションに帰った。対馬での聞き込み内容を忘れないうちに、ひろ子は6時には夕食を済ませ、キリマンを淹れるとノートPCを開いた。キリマンを一口すすり、一息つくと対馬での聞き込みについて、まず、頭の中で文章化した。キーボードをたたこうと指を動かし始めた時、”水の星へ愛をこめて”のメロディーが響き渡った。右横に置いていたスマホを覗くと姉、陽子からだった。「はい、ひろ子」即座に姉の声が流れてきた。「ひろ子、ちょっと、よくわかんないんだけど、日曜日のミサの時、ドギャン・シタトネ神父に聞かれたの。ひろ子さんって、妹さんですか?って。はい、妹はひろ子といいます、って言ったら。確かめたいことがあるから、是非、会いたい、って言われたのよ。電話番号を言うから、ひろ子、電話してみて。電話番号いうわよ。いい」

 

 即座にメモの準備をして電話番号を控えた。まだ、6時過ぎだから問題ないと思い、ドギャン・シタトネ神父に電話した。3回の発信音で神父の声が返ってきた。「はい、ドギャン・シタトネ神父ですが、どなたですか?」ひろ子は、ゆっくりと自分の名前を述べた。「口森ひろ子と申します。姉からの伝言があったので、お電話差し上げました」ドギャン・シタトネ神父は、少し緊張したような甲高い声で話し始めた。「是非、お会いして、確かめたいことがあります。今週の金曜日から日曜日まで福岡市に滞在します。ぜひ、その期間にお会いしたいのですが」その期間は仕事だったが、食事の時間であれば、話しぐらいは聞けると思った。「それでは、金曜日のお昼はいかがでしょう、神父様」

 

 ドギャン・シタトネ神父は即座に返事した。「わかりました。金曜日のお昼ですね。私は、ホテルニューオータニ博多に宿泊します。そこで食事いたしましょう。それじゃ、ホテルのロビーで、12時に、お待ちしています。よろしいでしょうか?」はい、と承諾し、ディスプレイに目を戻したひろ子は、ふと、思った。出口君に関することではないか?と。約束の金曜日、12時少し前にホテルのロビーに到着した。ドギャン・シタトネ神父は、ひろ子の姿を確認すると笑顔で近づいてきた。「わざわざ、時間をとっていただいて申し訳ありません。それじゃ、レストランに参りましょう。私のおごりですから、好きなものを召し上がってください」二人は、レストランのテーブルに着くとウェイトレスが勧めたランチを注文した。

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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