女子会

 腕組みをした鳥羽は、う~~とうなり返事した。「でもですね~~、それは、先輩の一方的な意見ですよ。リノさんからしてみれば、やっぱり、浮気なんじゃないですか」安田は興奮したのか大きな声で反論した。「鳥羽までリノの肩を持つのか。だからだな~~さっきから浮気じゃないといってるじゃないか。単なる、話し合いなんだ。話し合いが、浮気なのか?それじゃ、俺に、女子とは一切話をするなというのか?」鳥羽はうなずいた。「その通り。女子とは話してはいけません。女子と話していれば、きっと、その女子を好きになるに決まっています」

 

 呆れた顔でテーブルを両手でバンとたたいた。「おい、いつからお前は、リノの親衛隊になったんだ。女子と一切話さずに、どうやってリーダーをやれっていうんだ。俺に、リーダーをやめろっていうのか。学生運動をやめろっていうのか?九学連会長をやめろっていうのか?そう簡単にやめられるものじゃないんだ。もうちょっと、考えてものを言え。ばかばかしい。話にならん」話がかみ合わなくなり、鳥羽は気落ちしてしまった。だが、安田のために、性格の不一致から悲劇にならないように意見を述べることにした。

 

 「先輩、学生運動とリノさんとは、どっちが大切なんですか?リノさんじゃないんですか?大学を卒業したら、結婚すると約束されたんでしょ。ならば、リノさんの気持ちを第一にすべきでしょ。僕は、会長もやめ、学生運動もやめるべきだと思います」安田は、鳥羽に相談したことは、とんでもない大間違いだと後悔した。まさか、リノに肩入れするとは、夢にも思わなかった。「おい、鳥羽まで、頭が変になったのか。俺は、浮気もしてないし、婚約を破棄するなんてことも、一切言っていない。それなのに、どうして、学生運動をやめなきゃならんのだ」

 

 あまりにも興奮した安田に戸惑ってしまった。ちょっと言い過ぎたような気がして反省した。まずは、安田の潔白をまず認め、それから、将来のことを話すことにした。「わかっています。先輩は、浮気してないし、全く悪くないんです。でも、先輩の将来のことを考えてみてください。先輩は、将来、旅館の経営者になられる方です。だから、経営学を学ぶために、F大学に入学されたんですね。決して、学生運動をするためではないはずです。そうじゃないですか?」

 

 将来を鳥羽に語られたとたん、自分の将来が嫌になってしまった。決して、旅館の経営が嫌じゃなかったが、他人に自分の将来が拘束されているようで不愉快だった。「まあ、鳥羽が言っていることは、間違いない。だから、今は、旅館に住み込みで、バイトをしている。少しでも、旅館の仕事を覚えて、リノの役に立ちたいと思っている。でも、俺は、学生だ。結婚もしていない。学生のうちは、自由でいたい。学生運動は、俺の青春なんだ。それが悪いとでもいうのか?」

 

 よくよく考えてみると安田が哀れに思えてきた。婚約をしたために学生生活まで拘束されている。でも、もはや後には引けないはずだ。学生だからといってもリノさんとの将来を優先すべきではなかろうか。安田には、決意を要することだと思ったが、二人の将来のために名案を提案することにした。「先輩のリノさんへの思いはよくわかりました。そこで、提案ですが、この際、旅館業に専念されてはどうですか?」安田には、鳥羽の提案の意味がよく分からなかった。

 

 「専念するとは、どういうことだ。俺は、将来のために、住み込みまでして、丁稚奉公のようなバイトまでしている。部活もせず、授業がないときは、ただ働きのようなバイトをやっている。俺は、精一杯、リノのために協力してると思うんだが。これ以上、どうしろというんだ」鳥羽は、少しためらったが、二人の将来のためにズバリ提言することにした。「先輩は、男の中の男です。僕は、尊敬しています。だからこそ、言わせてください」

 

 鳥羽は、一呼吸おいて、大きく深呼吸した。じっと安田の顔を見つめると話し始めた。「先輩、学校をやめて、今すぐ、結婚すべきです。これが、二人の未来のためです」鳥羽は、真剣なまなざしで安田を見据えた。安田は、信じられない提言に何も言葉が出てこなかった。あと二年すれば、卒業する。安田は、大学だけは、卒業したかった。それは、親も望んでいることだった。「鳥羽、ちょっと、待て。どういうつもりか知らないが、中退だと。バカな。結婚も卒業してからだ。そのことは、リノも承知している」

 

  やはり、安田には事の重大さが理解できていないと思えた。リノさんが、最も望んでいることは、一刻も早く結婚して、旅館を一緒に切り盛りしてくれること。また、大学なんかは、リノさんにとってはどうでもいいこと。そのことが、安田には理解できていないと思えた。「確かに、先輩にとっては、大学卒業も学生運動も、大切なことでしょう。でも、リノさんの身にもなってみてはどうでしょう。リノさんにとっては、先輩だけが、唯一の頼れる人なんじゃないでしょうか。僕は、リノさんのために、一刻も早く、結婚すべきだと思います」

 

 安田は、鳥羽に相談したことをつくづく後悔した。セックス拷問の解決方法は、中退して、結婚ということに行きついた。鳥羽の意見は、リノの気持ちを考えただけの意見でしかなかった。そもそも、鳥羽は非現実的な恋愛観を持っている。こんな男に一般学生の気持ちを考慮した意見が出せるはずがなかった。鳥羽は、今でも、ゆう子姫に一生お仕えするといっているような男だった。これ以上、鳥羽に相談しても、今以上のいい解決方法は出てこないと判断したが、親友としての意見を述べてくれたことに感謝して、一応は鳥羽の無謀な意見を尊重することにした。

 

 「鳥羽の気持ちは、よくわかった。とにかく、信用を取り戻す努力をする。リノは、とにかく、疑い深い。もう一度、結婚時期について、リノと話し合ってみる。それでも、リノが納得いかなければ、その時、鳥羽の意見を考える。いい親友をもって、俺は、幸せだ」鳥羽は、自分の意見を受け入れてくれたと思い、有頂天になった。「やっぱ、先輩です。僕も、一生、ゆう子姫にお仕えする身です。お互い、お仕えいたしましょう」能天気な鳥羽と一緒にされて面食らったが、うなずくことにした。

 

 「まあ、お互い、いい女性に巡り合えたということで、幸運だったな」鳥羽は、ますます、安田が好きになった。「あ、そうです。お二人の話し合いには、僕も参加いたしましょう。先輩が言いにくいことがあれば、僕が代弁します。いつ、話し合われますか?」これ以上鳥羽にまとわりつかれては、ややこしくなるようで、話を替えることにした。「まあ、その時は、知らせる。それより、今でも、ゆう子を追いかけているのか。いい加減にあきらめたほうがいいんじゃないか?」

 「先輩、何度も言っているじゃないですか。僕は、ゆう子姫を追いかけているんじゃないんです。ストーカーじゃないんです。お仕えする下僕なんです。ゆう子姫のために一生ご奉仕申し上げるんです。先輩のようなよこしまな愛じゃないんです。これぞ、純愛というやつです。先輩には、わからないでしょうが」やはり病気は治っていないと思い、いつものようにお説教するのはやめた。「好きにやってくれ。俺は、凡人だし。よこしまな愛しかないからな」

 

 鳥羽は、なんだか気分がハイになり、一刻も早く二人を結婚させたくなっていた。「先輩、明日にでも、話し合われたらいかがですか?学生結婚というのは、結構よく聞きますよ。披露宴で、先輩を絶賛した世界一の親友スピーチをしますよ。そう、来月のジューンブライトがいいんじゃないですか」これ以上、下僕病が進行したら、新婚旅行までついてくると言い出すような気がした。「おい、待て待て、そう、焦るなよ。鳥羽の気持ちは、十分わかった。とにかく、明日はダメだ」

 

 ダメだと言われると理由を聞きらくなってしまった。「明日はダメって、どういうことですか?明後日ならいいんですか?」安田は、事情を話すことにした。「詳しいことはわからんが、明日の土曜日に女子会をするらしい。それで、俺は追い出されたんだ。俺は、邪魔ということだな。ということで、機会を見て、学生結婚のことは話してみるさ。学生結婚というのも、いいかも」

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
女子会
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