芸術の監獄 ミシェル・フーコー

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芸術の監獄 ミシェル・フーコー( 1 / 4 )

著名人の生涯を語るときに、しばしば使われるのが、「光と影」という語である。あまりにも口にされすぎている対語で、用いようと思った瞬間に、陳腐さに自分でもがっかりする「要注意語」とも言える。

 

しかし私はあえて、ミシェル・フーコーには「光と影」がつきまとう、と述べたい。哲学者であり社会運動の闘志であり(「監獄情報グループ」を結成し、フランス刑務所制度について問題喚起を行った)、代々続いた医者の家系のお坊ちゃんであり、おそらくはアメリカ西海岸で、エイズに感染して死を遂げた「ラディカルな知識人」、フーコー。高等師範学校の寮で、自殺騒ぎを起こしていた22歳の青年は、もちろん自分の意志と才能と不屈の努力で学術界の最高権威となったが、名声を得たと同時に、誤解され曲解され(スタイルが難解すぎるから仕方ないのだが)、見当外れな批評に苛立たせられるという苦行に直面する羽目になった(註1)。

 

とはいえ、彼が学者として不遇だったと言うことはできない。不遇どころかその逆で、44歳という若さでフランスの卓越した学者の殿堂、コレージュ・ド・フランスに入れたのだから(註2)。私も研究者の世界に少しだけ身を置いたことがあるから分かるが、ポストがない学者の説など誰も真面目に読みはしないのだ。才能があってポストに就ければ鬼に金棒。フーコーは自分の講義につめかけた聴衆を観て満足に浸ったことだろう。だが。


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写真は「ミシェル・フーコー思想集成 第2巻」(筑摩書房刊)1999年発行


芸術の監獄 ミシェル・フーコー( 2 / 4 )

1980年10月20日の夜、カリフォルニア大学バークレー校で行われた講演で、フーコーは「スターとその熱烈な信徒」を目撃することになった。

 

「ミシェル・フーコーがバークレーに来てる!」聞きつけた学生や野次馬(?)が開始1時間前から会場に集まってきた。程なく会場は満席になったが、それでも人の波は止まらない。数百人単位の群衆が中に入れよと騒ぎはじめ、ついに警察がやってきた。

 

微笑して手を振ればよかったのかもしれないが、俳優ならぬ哲学者にはそんな発想はなかった。招聘元の教授、ヒューバート・ドレイファスに「この人たちを立ち去らせてください」と懇願する。ドレイファスは、しょうがなく、マイクを持って呼びかけた。「フーコー教授は、今回の講演は非常に専門的で難解で、退屈なものだとおっしゃっています。お帰りになるなら今です」誰も帰りはしなかった。フーコーは、「自分自身に関する真実の発見とその定式化を志向する技術」の起源をたどる研究についての俯瞰を、2回に分けて講演した(註3)。

 

彼が一生をかけて追求した疑問は、一見拍子抜けするほど素朴なものだ。


「人間は、どのようにして今あるにんげんになったのだろうか? 誰かを支配するとは、どういうことだろうか? 人間は神を必要としているのだろうか?それとも利用しているのだろうか?」あらゆる著述家と同じく、彼もまた溢れんばかりの「表現欲求」があったが、欲求以上に実は「語りたくない、ぼくのことは見ないでほしい」というはにかみ(本人に向かって言ったら爆笑されそうだが)もまた強かったような気がする。特に70年代後半からは、「自分の思想は展開したい、でも自分は匿名的な存在でありたい」という矛盾した欲求が募っていたようだ。ファンたちには決して届かない願いだった。

 

私は、彼の著作の中では「監獄の誕生」がベストだと思う。この本は、主張も斬新だが、主張を証拠立てるための「引用」の用い方(デザイン配置と言いたくなる)が壮麗だ。

 

冒頭部は、あの有名な「国王殺害犯人、ダミヤンの処刑の様子を伝える古文書からの引用」だ。「処刑台の上で、胸、腕、もも、ふくらはぎを灼熱したやっとこで懲らしめ、その右手は、国王殺害を犯した際の短刀を握らせたまま、硫黄の火で焼かれるべし、次いで、やっとこで懲らしめた箇所へ、溶かした鉛、煮えたぎる油、焼け付く松脂、蝋と硫黄との溶解物を浴びせかけ、さらに、体は4頭の馬に四つ裂きにさせたうえ、手足と体は焼き尽くして、その灰はまき散らすべし」

 

ここまでは判決文で、実際に刑に処した際の模様まで記されている。「硫黄を燃やしたが、その火は極めて小さかったので、単に囚人の手の甲の皮だけが、ごく少し傷ついたにとどまった。次に、袖を肘の上までまくり上げた死刑執行人が、長さ1尺5寸ほどの特製のやっとこを手に取り、灼熱したそのやっとこで、まず右脚のふくらはぎを、(以下略)」

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深良マユミ
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