小説の未来(13)

小説創作の効用

 

人は、ぼんやりとした問題に取りつかれ、それらの問題に悩みますが、問題が解決されなければ、不愉快な悩みが鬱積していくことになります。悩みが鬱積していくと、もはや、悩みを引き起こしている問題を探り当てることも困難になっていきます。

 

私は高校生の頃から小説を書き始めたのですが、そのころを振り返ってみると、疑い深い私は、家族のこと、進路のこと、職業のこと、貧富の格差、戦争犯罪、人種差別、学歴差別、自分の性格などのぼんやりとした問題を無意識に抱え込んでしまったように思えます。そのためなのか、不必要な悩みが鬱積し、その悩みのはけ口として小説を書き始めたように思われます。

 

言い換えれば、小説の創作の過程で、心の中に巣くうぼんやりとした問題を自分なりの言葉で具体的な問題として設定し、恐る恐る自分の心を客体化しながら、試行錯誤で解答していたような気がします。そうすることによって、自分の気持ちを楽にしようとしていたように思われます。

 

当然、学生であれば、試験問題を解く解法を記憶することを優先すべきだったのでしょうが、記憶力の悪い私は、記憶の苦痛から逃避するために、また鬱積した悩みからくる苦痛を少しでも軽減したく、小説を書き始めたのではないかと思えるのです。

 

そのころから、ぼんやりとした問題を具体的な事例に置き換え、自分勝手な解答を創作しては、自己満足していたような気がします。このような感情に関する問題の解答に時間を費やしても、受験科目の偏差値は向上しなかったわけですが、今思えば、生きていくうえでは役に立ったように思えます。

 

すでに述べたように、小説の創作は、複雑でぼんやりとした人間関係の問題を架空の世界で自分勝手に解答する作業ですから、ほとんど試験には役に立ちません。でも、人は、生きていれば、必ず、自分では解決できないような感情の問題にぶち当たるのです。ですから、小説の創作は、人によるのでしょうが、生きていくうえでは役に立つ場合もあるのです。

 

私の場合は、幸運にも小説の創作によって生き延びてきたわけですが、優秀な小説家でありながら自殺した作家もいます。なぜ、彼らは自殺を選んだのでしょうか?彼らも小説の創作によって生き延びたと思うのですが、言語では解決できないほどの苦悩の重圧に耐えられなくなって自殺してしまったのでしょうか?

 

小説の創造は、自殺防止に役立つと思っているのですが、有島武郎、芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫、太宰治などの優秀な小説家が自殺した事件を考えると、落ち込んでしまいます。それでも、若い人たちに対して、自殺するぐらいなら、小説を書いてほしいと訴えたいのです。

現実には、自殺したいほど悩み苦しんでいる人たちは多いと思います。現に、毎年、日本において3万人以上の方が自殺しています。実に残念で仕方ありません。人には未来がありますが、その未来を実現するには生きていることが絶対条件なのです。

 

小学校卒業後、働きながら文学を志し、歴史に残る文豪となった松本清張は、学生時代から心の支えとなっています。文学は、人間を見つめる心があれば、学歴や知識とは関係なくやれる芸術だと思います。

 

小説の創作において、架空の世界を創造するということは、自分や世界の未来を創造するということにもなるのです。今、悲しみと苦痛から逃避したいと思ったならば、自殺によって逃避するのではなく、小説の創作によって、自分勝手な未来を創造し、新たな自分を発見していただきたいと願う次第です。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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