火炎の叫び

 沢富は、いつでも逃げ出されるような態勢で話し始めた。「奥さん、洗いざらい、正直に話します。そのJKは、栗原美緒といいます。彼女は、ある事件にかかわっていたと見られるタクシー運転手の娘です。私は、その子から情報を取るために付き合っています。でも、決して、恋愛じゃありません。分かっていただけますか?許してください。お願いします」沢富は、ペコペコとナオ子に頭を下げた。

 

 美緒と聞いた伊達刑事は、不自然な病死をした運転手のことを思い出した。「そうだったのか。あの子か。でも、運転手は病死ということで、かたがついている。もう、これ以上、首を突っ込まないほうがいい。ひろ子さんに誤解されると、厄介なことになる。も~、あの子とは付き合うな、いいな」ナオ子は、じっと聞き耳を立てていた。「たとえ、仕事とはいえ、JKとデートのような真似は、もってのほかじゃない。ひろ子さんが知ったら、何と言うか」

 

 伊達も腕組みをしてうなずいた。「そうだ。そんな言い訳は通用しない。JKと楽しそうにドライブしていたというじゃないか。どう見ても、デートじゃないか。どう説明するんだ。ひろ子さんが、そんな言い訳で、納得すると思うのか」ナオ子は、JKとのデートが知れて、結婚話が破談になるのではないかと不安になった。仲人がだめになるんじゃないかと思うと、怒りがこみ上げてきた。

ナオ子は、目を吊り上げると強い口調で命令した。「金輪際、そのJKとは付き合ってはいけません。たとえ仕事でも、ダメです。いいですね」ここまで大事件になると思っていなかった沢富は、土下座して謝ることにした。すっと椅子から立ち上がるとフロアに正座し、頭をゆっくり下げると額をフロアにこすり付けて謝った。「金輪際、彼女とは会いません。申し訳ありませんでした」

 

ナオ子は、ほんの少しほっとしたが、このことがひろ子に知られているのではないかと不安になった。「サワちゃん、分かったわ。反省したみたいね。改心すれば、それでいいのよ。さあ、腰掛けて。でも、このことは、ここだけの秘密。そう、あなたにそのことを教えてくれた方にも、口止めしてよ。心配だわ」ナオ子は、このことがひろ子にばれてないことを神に祈った。

 

「サワ、二度と彼女とデートするんじゃないぞ。万が一、ひろ子さんに見られたら、取り返しのつかないことになる。いいな、肝に銘じて、約束を守るんだぞ。仲人ができなくなったら、出世の夢は、水の泡になってしまう。頼むな、サワ」さっきの剣幕は、出世のためかと思うと、土下座したのがあほらしくなったが、ひろ子に誤解されないためにも、ハスラーで美緒とドライブしない決意をした。

「本当に、ご迷惑をおかけました。ひろ子さんにこのことが知られていなければいいのですが。本当に、馬鹿なことをしでかしました。ごめんなさい。ごめんなさい」沢富は、頭をペコペコ下げて、改めて伊達夫妻に謝罪した。この場はどうにか収まったが、美緒に今後のことをどのように話をすればいいか考えると、気持はブルーになってしまった。情報収集とはいえ、デートで美緒の恋愛感情を煽ってしまったことは、取り返しがつかないことをしでかしたと思った。美緒の笑顔が眼に浮かぶと、地獄に突き落とされる思いになった。

 

ナオ子は、とにかく仲人を成功させて、夫の警察署長を実現させたかった。「サワちゃん、誰にも過ちはあるわ。でも、改心すればいいのよ。今回のことは、決して他言しないわ。サワちゃんに幸せになってほしいの。サワちゃんとひろ子さんのゴールを心から祈っているのよ。仲人は、私たちに任せてちょうだい。約束ね。ところで、主人のこと、お父様によろしく言って下さいね。ほんの一年でもいいのよ。定年までに、一度でいいから、主人の晴れ姿を見たいのよ。沢富さん、お願いします。この通り」ナオ子は、両手を合わせてコクンと頭を下げた。

 

伊達は、あまりにもあからさまなお願いに恥ずかしくなり、心と裏腹なことを口走った。「おい、よさんか。サワが、困った顔をしてるじゃないか。俺は、もう、出世の夢はあきらめた。健康で、定年を迎えることができればそれでいい。ナオ子、分かってくれ。サワを困らせるようなまねはよせ」沢富は、弱みを握られたてまえ、やむなくうなずいてしまった。「分かりました。親父に、先輩のことをお願いしてみます。僕の力が及ぶかどうか分かりませんが、ご夫妻への恩返しは必ずします」

ナオ子は、目を輝かせて、沢富の右手を握り締めた。「うれしいわ。主人のこと、よろしく伝えてください。ぼんやりしているようでも、主人は、やるときは、やるんです。お父様に恥をかかせるようなことは決してしないわ。ねえ、あなた」伊達も沢富が口添えしてくれると聞いて、パッと目の前が明るくなった。「命を捧げる思いで、職務を全うするさ。よろしく頼む」伊達も両手を合わせて頭をコクンと下げた。

 

隠し子

 

二人にお願いされ恐縮してしまった沢富は、話を変えることにした。「とにかく、話はして見ます。でも、あまり期待はしないでくださいよ。ところで、ひろ子さんの気持がはっきりしないんですよ。僕は、結婚対象じゃないんですかね。女性の気持は、僕にはよくわかりません」待ってましたと言わんばかりに笑顔を作ったナオ子は、即座に返事した。「そのことだったら、心配ないわよ。女性って、躊躇するものなの。イヤヨ~、ダメダメッて言って、抱きしめられたいものなのよ。思い切って、ホテルに誘えばいいのよ、ねえ~~、あなた」

 

あたかも付き合っているときにナオ子を強引にホテルに誘ったかのように言われた伊達は、顔を真っ赤にして返事した。「まあ、とにかく、何度もアタックすることだ。女性を口説くには、押しが一番だ。そこでだが、一度でも、ホテルに誘ったことは、あるのか?」すでにセックスをしていた沢富は、顔を真っ赤にして返事した。「まあ、誘ったというより、誘われたような、そんなんです」伊達は、目を丸くして念を押した。「おい、本当か。もう、やったのか?隅に置けないやつだ。人は見かけによらんとは、このことだ」

春日信彦
作家:春日信彦
火炎の叫び
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