僕と僕-神戸児童連続殺傷事件-

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この物語はフィクションであることを

お断りしておきます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と僕( 1 / 1 )

戯曲

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      一軒の傾きかけた廃屋がある。

     月の光が薄ぼんやりと射し込んでいる。

     室内は足の踏み場もないほど荒らされ、ダンボール箱があちこちに散乱してい

     る。

     老いた女がテーブルでゆっくりと本を読んでいる。

     かたわらの軒下で少年が水槽のカメに餌をやりながら聞いている。

 

女1 広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、そのまわりに小さい床机が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。

爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。そのうえ顔中つやつやして皺というほどのものはどこにも見当たらない。ただ白い鬚をありたけ生やしているから年寄りということだけはわかる。自分は子どもながら、この爺さんの年はいくつだろうと思った……。

 

     どうやら漱石の「夢十夜」第四夜のようだ。

 

女1 ところへ、裏の筧から手桶に水を汲んできたカミさんが、前垂れで手を拭きながら、「お爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬ばった煮しめを飲み込んで、「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。カミさんは拭いた手を、細い帯のあいだに挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い鬚のあいだから吹きだした。

するとカミさんが、「お爺さんの家はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、「ヘソの奥だよ」と言った。

カミさんは手を細い帯のあいだに突っ込んだまま、「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで、前のような息をふうと吹いて、「あっちへ行くよ」と言った。「まっすぐかい」とカミさんが聞いたとき、ふうと吹いた息が、障子を通り越して、柳の下を抜けて、河原のほうへまっすぐに行った。

爺さんが表に出た。自分も後から出た……。

 

     読むのをやめ、少年に声をかける。

 

女1 どや、食べてる……?

男1 ううん、食べへん。首だけ出してジーッとしてる……。

女1 家が狭すぎるんやないの……。

男1 (カメに)ガバ、おまえ、いまなに考えてる……。

女1 いつから飼うとる。

男1 なに……?

女1 そのみどりガメや。

男1 ガバメント……?

女1 ガバ……、なに?

男1 ガバメント……。

女1 ガバメントいうん、そのカメ……?

男1 うん……。

女1 けったいな名前やね。

男1 でも、ぼくの宝ものや……。

女1 いつから飼うとる。

男1 三年前……。

女1 トシコに買うてもろたんか。

男1 ううん、拾うてきたんや。

女1 どこで……?

男1 そこ……。

女1 タンク山かい?

男1 池や。そこの入角ノ池……。

女1 ああ。おばあちゃんとシンジがはじめて二人で遊びに行った池や。憶えとる?

男1 うん……。

女1 シンジ、まだ小さかったな。二つやった……。

男1 それで……?

女1 なんだい?

男1 つづきや。

女1 あ、そやったな……。

 

     老女、「夢十夜」に戻る。

 

女1 爺さんがまっすぐに柳の下まで来た。柳の下に子供が三、四人いた。

爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭いを出した。それを肝心縒りのように細長く縒った。そうして地面の真ん中に置いた。それから手拭いの周りに、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮でこしらえた飴屋の笛を出した。

「いまにその手拭いが蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰り返し言った。

子供は一生懸命に手拭いを見ていた。自分も見ていた。

「見ておろう、見ておろう、いいか」と言いながら爺さんが笛を吹いて、輪のうえをぐるぐる回り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭いはいっこう動かなかった。爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を爪立てるてるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。

やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいとつまんで、ぽっと放り込んだ。

「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った……。

 

     読むのをやめ、肩に手をやる。

 

女1 すこし休ませて……。

男1 疲れたん?

女1 近頃、なにやってもすぐ疲れる。

男1 ……。

女1 おばあちゃん、もう本読むチカラもないんかな。

男1 代わったろか?

女1 すまんな……。

 

     少年、老女から本を受け取る。

 

男1 どこや……?

女1 (指を差し)ここや……。

 

     老女のそばに座って読みはじめる。

 

男1 自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでもついて行った。

爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。

橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸かってって見えなくなる。それでも爺さんは「深くなる、夜になる、真直になる」と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。

自分は爺さんが向こう岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、葦の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった……。

 

     読み終える。

     いつのまにか、もうひとりの少年らしき者が上手花道に立っている。

 

女1 おもろいなあ。

男1 うん……。

女1 おばあちゃん、この話好きでな。なんべん読んでもなんかホッとするわ。どしてやろなあ。

男1 でも、変な子やで……。

女1 変ってってなにが……。

男1 だからその子や。

女1 そうかい?

男1 異常やで……。

女1 異常って……?

 

     男1、息を吸い、フーッと息を吐く。

 

男1 おばあちゃんには見える、いまぼくが吐いた息が……?

女1 ううん……。

男1 そやろ。普通は見えへんわな。でも、その子は見えたいうんやで、じいさんの息が障子越して柳の下抜けて、河原のほう行くんが……。

女1 せやな……。

女1 変な子や。

女1 きっと寒い日やったんや。寒いと息が白うなる……。

男1 寒い日やない。

女1 なんで……?

男1 じいさん、ザブザフ、川ん中に入っていったんやで。

女1 ……。

男1 だいたい息が河原のほうまで……、そんなん遠くまで行くいうんがおかしいわ。

 

     また息をフーッと吐く。

 

女1 おばあちゃん、そういうとこがおもろい思うんやけどな……。

男1 まだある。

女1 なに……?

男1 その子、いったいどっから見てんのや。

女1 見てるいうて……?

男1 みんなや。じいさんや店のひとや、子ども……。

女1 ああ……。

男1 みんなの前でそんなにジーいうてじいさん見てたら、だれかその子に気づきそうやないの、変な子やないうて……。でも、誰も気づかん。その子には見向きもせえへん。まるで、そこにいへんみたいやで。

女1 それはな……。

男1 なに、それはいうて……。

女1 夢見てるからや。

男1 夢いうて、だれが……?

女1 この子や。

男1 ……。

女1 この子な、夢見てんのや。

男1 ……。

女1 ここに書いてあるんはな、いまこの子が夢ん中で見てることやねん。夢で見てることを書いてんねん。

男1 その子が?

女1 この子が……。

男1 ……。

女1 夢見てると、ほら、時々、自分やひとがずーっと下のほうに見えたりするやないの。あれや……。この子、夢やからな、そうやって上のほうから下のほう見てんねん。おじいさんやおかみさんや、子どもたちを。それで誰も気づかへんねん、この子に……。

男1 じゃ、あれも夢やったんかな。

女1 なに……?

男1 一度な、二階の部屋でタバコ吸うてたら、ぼくの吐いたあれが……、タバコの煙がスーッいうて、隣りの家の屋根まで這っていくんが見えたことあんねん。

女1 シンジ、タバコ吸うとるん……?

 

     もうひとりの少年が獣の四足となり、男1のほうへ近づく。

 

女1 吸ったらあかんがな。まだ未成年やないの。

男1 うん……。(もうひとりの少年を見ている)

女1 なに?

男1 なんでもない……。

女1 部屋に隠しとるん?

男1 友だちからちょっと預かっただけや。

女1 まだ持っとるん。

男1 ううん、返した……。

女1 もう吸うたらあかんよ。

男1 わかった。

女1 ……。

男1 あれも夢やったんかな。いまおばあちゃんが言うたみたいにな、その煙が下のほうに見えたんや。

女1 ……。

男1 それだけやない。それだけやのうて、ぼくもいた。

女1 いたいうて……?

男1 いたんや。

女1 どこに……?

男1 下のほう、ぼくの。ぼくの下のほうで……、下の窓んところの机に座ってタバコ吸うてた。ぼくがタバコ吸うて、ぼくが煙吐いてんのが、ぼくに見えたんや。ぼくはここにいるのにやで……。

女1 そうかい。

男1 ……。

女1 幽体離脱や。それはな、幽体離脱いうんや。

男1 幽体離脱……?

女1 聞いたことないか? ほら、こころがからだから抜け出してしまうことや。スーッと抜け出して自分が……、せやな、もうひとりの自分いうんかな。もうひとりの自分がスーッと上のほうへ行ってしまうことや。

 

     もうひとりの少年、女1と男1の背後でゆっくりと立ち上がる。

 

女1 でも心配ない。幽体離脱いうんはな、ほんまは夢見てるいうことや。

男1 ……。

女1 疲れたりボーッとしたりして、自分でも気がつかんうちにな、夢見てたんや。夢見てて、それで自分が下のほうに見えてたんや。

男1 ……。

女1 人間いうんはな、自分では起きてるつもりでも知らんうちに……、自分でも気がつかんうちに、スッいうて一瞬眠っててな、夢見てたりすることあるんやて。そう言うてる人がいた。偉い人やけどな。

男1 じゃあ、いまも夢見てるん……。

 

     と立ち上がり、またスーッと息を吐く。

 

男1 ほんま言うとな、おばあちゃん、いまもぼくには見える。

女1 ……。

男1 その子みたいにな、見える。ぼくの吐いた白い息がひとかたまりになって、向こうの土手まで行きよる……。

女1 せやな。おばあちゃんにも見えるわ。

男1 あん時もせやった……。

女1 あん時いうて……。

男1 おばあちゃんと一緒に、はじめてそこの入角ノ池行ったときや。

 

     女1、水槽へ行き、カメを見る。

 

男1 あん時、おばあちゃん、池の前のベンチで横になってた。それでぼく、ベンチ離れてそばの池の淵のほうへ歩いてったんや。歩いて……、池ん中に入ろうとしたら……、急におばあちゃんが、シンジ危ない、動かんといて言うて走ってきて、ぼくを後ろから抱えたんや……。

女1 よう覚えとるな。

男1 いまやから言うけどな、あん時もぼくには見えたんや。

女1 なにが……?

男1 おばあちゃんとぼくや。

女1 ……。

男1 せやねん。ぼくにはおばあちゃんの背中が見えてた。ぼくを後ろから両手で抱え込んでるおばあちゃんが……。

女1 うそや。

男1 ほんまや。

女1 おばあちゃんが何度も話してきかせたからやねん、シンジに。せやからシンジ、いつのまにかそうやって見えた気になってん……。

男2 おばあちゃん、袖んところに白い線入った濃いみどり色のセーター着てた。

女1 ……。(男1の背中を見やる)

男2 そのセーターの肩の向こうには濃いみどり色の水が見えた。そして、そのみどり色した池のうえにはところどころ白い花が咲いてて、花と花のあいだには空の雲が映ってた……。

男1 静かやった。びっくりしてぼくがおばあちゃんの腕ん中で泣いてるはずやのに、ほんま静かやった。なんやしらん、ぼくは、ああ、思うた。ああ……。

女1 なに、ああ……。

男1 はやく帰らんと……。

女1 帰らんというて、どこに……。

男1 わからへん。わからへんけど、そういう気したんねん……。

 

     もうひとりの少年、上手花道へ。

 

女1 せやったら、このみどりガメもはよ帰してあげとな。家狭すぎて、これ、動けへんねん。

男2 行くで……。

男1 ……。(上手花道へ)

女1 どこ行くん?

男1 友だちと待ち合わせしてんのや、ビデオ屋で……。

女1 はよ戻らんと、おかあさん心配するで……。

 

     少年二人が去ろうとすると、下手花道に男3と女2が現れる。

     女2、すぐに立ち止まって廃屋に目を凝らす。

 

男3 どないした?

女2 誰かいる……。

男3 気のせいや。

女2 ……。

男3 気のせいや。誰も近づかん言うとったやないか、セツコさんが……。

女2 せやな……。

男3 (足元を見て)水溜りや。きのう一日中、雨降ったさかい。気つけんと……。

 

     遠くからかすかに祭囃子の音が聞こえてくる。

     二人、やって来たほうに目を戻す。

 

女2 パンダ公園やな……。

男3 いや、友が丘高校のグランドやろ。会場が変更になったそうや……。

女2 そうなん……。

 

     二人、歩き、廃屋の前に立つ。

 

女2 ……。

 

     男3、ポケットからペンライトを取り出し、室内や庭の様子を確かめる。

 

女2 おとうさん……。

 

     男3、ペンライトを消し、茫然と佇む。

     上手花道の少年たちの姿は消えている。

 

男3 あん時のままや……。

 

     女2、室内に上がり、そのまま奥上手に消える。

     女1もその後を追うかのように去る。

     男3、散乱したダンボール箱を片付けはじめる。

 

男3 (手を止め)なんで片付けてくれへんのや、捜査終わったいうのに……。

 

     また仕方なく片付ける。

     女2が小さい画用紙のようなものを手に戻ってくる。

 

男3 どやった……?

女2 あった……。

男3 そうか。冷蔵庫の扉に……?

女2 床に……。落ちたんやろな……。

 

     テーブルに腰掛け、画用紙に描かれた絵をじっと眺める。

     男3、うしろから絵を覗く。

 

女2 あの子が……、シンジがはじめて母の日にくれたプレゼントやねん……。

男3 うん、憶えとる……。

女2 あした母の日やな、なにほしい言うから、なんでもええねん、こころ込もってたらな言うたら……、次の日、おかあさん、これ言うて、この絵くれてん……。

男3 ……。

女2 いつか結婚式の写真見せたことあってな、おとうさんとあたしの。そしたらあの子……、だれや、これ、おかあさん? うそや、こない痩せとったんいうてビックリしてたんやけど……、あの写真、思い出しながら描いたんやて……。

男3 ……。

女2 あの子のもん、これしか残ってへんし……。

 

     男3、ダンボール箱をまた黙々と片付ける。

 

女2 なにしてん……。(絵をバッグにしまう)

男3 ……。

女2 おとうさん……。

男3 ……。

女2 おとうさん……!(と立って男3を止める)

男3 ……。

 

     女3、バッグからペットボトルのお茶を出す。

 

女2 飲む……?

男3 うん。どこで買うたん……。

女2 タクシー拾うとき一緒に買うたやないの、自販機で……。

男3 ……。

女2 憶えてへんの。

男3 ……。(ペットボトルを受け取り、飲む)

女2 おとうさんのことばかり言えへんけど……。

男3 家、見たら……。

女2 なに……?

男3 なんやしらん、また悲しゅうなってもうて……。

女2 ……。

男3 うそみたいや。信じられへん。

女2 なにが……?

男3 ここに住んどったんが……。

 

     女2、男3の持っていたペットボトルを取り、飲む。

 

女2 せやな……。

男3 ……。

女2 みんな、こんな感じやったんやろか……。

男3 みんないうて……。

女2 こんな感じやったんやろな、きっと……。

男3 それ、震災に遭うたひとたちのことか……。

女2 (頷いて)家潰れたり、焼け出されたり、家族なくしたりしたひとたち……。

男3 せやな……。

女2 突然やったしな……。

男3 そう言えば、いつやったかコウモトさんもそう言うてはったな、会社の……。突然、地震に襲われて、気がついたらすっかり変わってた。きのうまでと全然違うてた、まわりが……。それで、なに起きたのかようわからんと、しばらくボーっとしてたないうて……。

女2 こないなこと言うたら、また怒られるやろけど……。

男3 なんや?

女2 どうしても……、どうしてもな、天災に遭うた気持ちやねん。

男3 天災いうて……。

女2 せやから地震……、震災……。

男3 ……。

女2 二年遅れて、この家も……。

男3 ……。

女2 あの子がやったんやいうんは、もうわかってるんやけど……。

男3 せやな……。

 

     男3、またダンボール箱を片付ける。

     女2、下手庭の壊れた卓球台に目が行く。

 

女2 もう住むことないんやで……。

男3 そやけど、なんか可愛そうやん、この家……。

女2 せやったら卓球せえへん。

男3 なんや、卓球いうて……?

女2 よくやったやないの、みんなで……。

男3 ……。(卓球台に目をやる)

女2 やろ……。(と卓球台へ)

男3 誰か来たらどないするねん。

女2 大丈夫や。みんな、お祭り行ってるさかい。

男3 ……。

女2 考えたら、うち、あれから一回も卓球してへんわ。

男3 ……。

女2 やろ、おとうさん……。

 

     と言って、ひとりで卓球をはじめる。

     むろんラケットもなければボールもない。相手もいない。

     しかし女2は壊れた卓球台で卓球をやっている。

     と、やがてほんとうにボールの行き交う乾いた音が聞こえてくる。

 

男3 ……。(片付けるのをやめ、女2の後姿を見る)

 

     女2、外れたボールを拾う。

 

女2 シンジとノブオ相手にようやったやないの、ダブルス……。

男3 ……。

女2 ほら、おとうさん、こっち……。

 

     といって、また打ち始める。

     男2、渋々といった様子で加わる。

 

男3 殺されるかもしれんな、こんなとこ見られたら……。

女2 えやないの。もう、一度死んだ身なんやから……。

 

     男3、卓球に加わる。もちろんラケットを持っているわけではない。

     二人、卓球をする。ピンポン球の行き交う音だけが聞こえる。

     しばらくして女2が不意にやめる。

 

男3 なんや……?

女2 誰かいる……。

男3 誰もいへんて……。

女2 いま、なんか音したもん……。

男3 二階のほうか……?

 

     女2、あたりを窺っていたが、水槽が目にとまり、近づいて覗く。

 

女2 おとうさん、カメや。みどりガメがいる、水槽ん中に……。

男3 そこのカメ、みんな持ってったやないか。

女2 でも、いる。一匹……。

男3 ……。

女2 これ、ガバメント……?

男3 ガバメントは死んだやないか。

女2 でも、肩んところのこの傷……?

 

     ひとの近づく気配がするのだ。

     上手花道から男4がブツブツ言いながら現れる。

 

男4 われわれ労働者は戦うぞお、断固戦うぞお、資本家の横暴は許さないぞお……。労働者のみなさん、友が丘地区の労働者のみなさん……、友が丘三丁目の住民、カワタヨシアキくんが、先月三十一日、工場側に不当解雇されました。わたしたちはあす午前十時より、自治会館においてその抗議集会とデモを行いまあす。ばんたんお繰り合わせのうえご参加ください。ばんたんお繰り合わせのうえ……、いうんはなんか変やな。変や、どっかプチブル的やでえ。な、モモコ……。(と考える)

男3 タケゾウさんや。

女2 ……。

男3 じっとしてれば大丈夫や。あんひと、あれやさかい……。

男4 ま、ええか。細かいこと気にしたらキリあらへん。だいたいでええ。ほんま、人間も人生もな、モモコ、だいたいでちょうどええんやで。いや、だいたいがちょうどええんや。じゃ、ちょっと行ってくるわ……。(急に声を出す)われわれ労働者は戦うぞお。断固、戦うぞお。資本家の横暴は許さないぞお……。友が丘地区の労働者のみなさん、友が丘三丁目の住民、カワタヨシアキくんが、先月三十一日……。

 

     石像みたいに突っ立っている男3と女2に気づいたのである。

 

男4 あんたら、だれや……?

男3 ……。

男4 そないなとこでなにしてん……。

男3 す、すんまへん。あの、家内といま盆踊り行こうおもうて……。

男4 さよか。はよ行き。このへん近頃あれやさかい、気つけなあかんで……。

男3 (女2に)行こ……。

女2 ……。(いきなり水槽に手を突っ込む)

男3 なにしてん……。

女2 カメ掴んだんやけど、手、抜けなくて……。

男4 奥さん、あんた、どっかで見たことある顔やな……。(と近づく)

女2 ……。(水槽から手を抜こうとしている)

男4 だれやったかな……?

 

     いきなり上手花道の奥から若い女の声が飛んでくる。

 

女3 おじいちゃん、家、出ちゃだめや言うたやないの……!

男4 ……。

女3 動かんといて。

 

     と、舞台のほうへ小走りにやってくる。

 

女3 なにしてん、こんなとこで。うち、またおかあさんに叱られるや……?

男3 ……。(女3と目が会う)

女3 イラブさん……?

男2 ……。(頭を下げる)

女3 イラブさんですか……?

男3 すんまへん。あの、いま……。

女2 おとうさん……。

男3 トシコ……!

 

     と、背後から女2の右手を掴み、水槽から引き抜く。

     一瞬、水槽からザバッと水が溢れる。

     女2の右手になにか握られている。

 

女2 ……?

 

     カメではない、人間のからだの一部(頭部)のようである。

     それを見て女3が悲鳴を上げる。

     雷鳴が轟き、祭り囃子の音が一瞬のうちに南西諸島・沖永良部島の民謡に

     変わる……、暗転。

     明るくなると、奥上手から女2が現われ、下手奥の二階に声をかける。

 

女2 シンジ、おかあさん、ちょっとハタさん家に行ってくるさかい。わかった……? ごはん、下に用意してあるさかい、起きたらお食べ……。

 

     行こうとすると、男1が学校用の補助カバンを手に下手花道から歩いてくる。

 

女2 あら、びっくりした。もう起きてん?

男1 うん……。

女2 どこ行ってたん。

男1 散歩……。

女2 おかあさん、ハタさん家行ってくる。

男1 ……。

女2 電話番。

男1 ……。

女2 きょうはおらなあかんよ。先生、来るんやさかい。

男1 傘、持ってったほうがええ。降るさかい……。

女2 あら、そう……?

 

     といって空を見上げる。

     男1に声をかけようとすると、もう奥に消えている。

     女1、傘を取りに奥上手へ去る。

     入れ違いに奥下手から男5と男6がペットボトルとパンを手に現れる。

     二人、並んで座り、パンを食べはじめる。

     すぐに遠くで音がする。カミナリのようだ。

 

男5 ……?

男6 どした、ハルさん。

男5 カミナリ違ゃいます?

男6 カミナリ……?

男5 ええ……。

男6 いつ?

男5 いま。

男6 いま……?

男5 遠くやけど……。

男6 ……。(耳を澄ます)

男5 降るんかいな……。

男6 ハルさんの空耳や。

男5 ……。

男6 空耳。まだ五月なんやで……。

男5 せやろか。

男6 ああ、せや。

男5 ならええんやけど……。

男6 ハルさんも、もうトシやで、ハハ……。

 

     二人、またモグモグと食べはじめる。

     また遠くでカミナリの音がする。

 

男6 ……?

男5 会長はん。

男6 ……。

男5 会長はん。

男6 ……。

男5 どないしなはってん。

男6 ハルさん、カミナリやで……。

男5 カミナリ……?

男6 せや……。

男5 いつどす?

男6 いまや、いま。

男5 いまでっか?

男6 遠くやけどな。

男5 ……。(耳を澄ます)

男6 降るん違ゃうかな……。

男5 会長はんの空耳や。

男6 ん……?

男5 空耳。まだ五月でっせ……。

男6 せやろか。

男5 せや。

男6 やったらええんやけどな……。

男5 会長はんもだいぶトシやで、ハハ……。

 

     上手花道からリュックを背負った女4と女5が現れる。

 

女4 おはようございます。

男6 ご苦労さま。

女5 おはようございます。

男5 あ、おはよう。どこ回ってきてん。

女4 ええ、竜が台と菅の台のほうを奥さんと……。

女5 きょうはちょっと足伸ばしてみよういうことになって……。

男6 どやった。

女5 ……。(首を振る)

女4 まわりのひとにも聞いて回ったんやけど……。

女5 会長はんたちは……?

男5 タンク山登ってみたんやけどな。

女4 まあ、無理したらあかんがな。

女5 会長はんにはまだまだ活躍してもらわんといけんのやさかい……。

 

     下手花道からリュックを背負った女6と女7が現れる。

 

女6 おはようございます。

男6 ご苦労さま。

女4 おはよう。

女7 お揃いで……。

女5 ええ。もうすぐお昼やからお弁当買うとこおもうて……。

男5 あんたら、どこ回ってきてん。

女7 奥須磨公園から須磨離宮のほう……。

男6 どやった?

女6 離宮、広いでっしゃろ。せやからまだ半分も回ってへんねん。

女4 じゃあ……。

女6 ええ。お昼終わったらまた……。

女7 ハルさんは……?

男5 タンク山や。

女6 チョコレート階段よう上れたなあ。

男5 こう見えてもまだ現役なんやで。

女5 あら、なんの……?

男5 なにいうて、人生やないか。

女7 人生……?

男5 せや、人生や。人生の現役……。

女7 すごい、ハルさん。

男5 いや、たいしたことあらへんのやけどな。

女4 そう言えば……。

男5 なんや?

女4 うちのひとがハルさん福原で見かけた言うてたな。

男5 え、いつ……?

女4 三日前やったかな。

男5 三日前? 

女4 声かけよう思うたら、ハルさん、呼び込みの若い衆のあとくっついてったからやめたわ、言うてた……。

男5 何時ごろや、それ……?

女4 夜の九時ころ。

男5 知らんな。わし、そん頃はちゃんと家で寝てたで。

女5 じゃあ、もうひとりのハルさんかもな。

男5 なんや、もうひとりのハルさんて……。

女5 あっちのほう現役してはる……。

男5 ハハ……。

男6 どやった?

女6 レイコさんら、竜が丘のほう……?

女5 ヨシオがあっちにも友だちいて時々行ってたいうから……。

女7 ジュンくん?

女5 ……。(頷く)

女6 そう言えばヨシオくん、ジュンくんの同級生やな。

女5 せやねん。でも、あの子、途中から学級違うたんでよく知らへん言うて……。

女4 学級違うとねえ……。

男6 わしはな、どやったいうて聞いてんねん。

女6 ……。

男6 さっきからやで。さっきからずっとそうやって聞いてんねん。

女6 どしたん、おとうさん……?

男6 どしたもくそもないやろ。それでいたんか、あの子が、離宮のほう……。

女6 ……。

男6 どうなん?

女6 ……。

男6 こう見えてもな、わしはこの友が丘地区の会長なんやで。会長なんやから、みんなをまとめていかなあかんのや。そやろ、ミッコ。わかるか、ミッコ、え……!

女6 そやからいうて、なにもそんなに気合入れんでも。血圧上がるがな。

男6 神隠しにでも遭うたんかの……。

女4 神隠しいうて……。

男5 ハハ……、会長はん、二十一世紀もう目の前なんやで。

女6 せや、お弁当買うとこかんと……。

女5 せやった、うちも……。

 

     女たちが奥のミニコープへ行こうとすると、突然、近くでカミナリが鳴る。

     女たち、びっくりして振り返る。

 

女4 カミナリや……。

女6 びっくりしたあ……。

女5 降るんかな……?

男5 もう降ってきたで……。

 

     ほんとうに雨が降りはじめたので軒下に移動する。

     女たちが行こうとすると、奥から女2が傘をさして現れる。

 

女5 あら、イラブさん……。

女2 おはようございます。

女4 おはよう。奥さん、用意ええなあ。

女2 ええ、息子が……。

女4 なに……?

女2 あ、いえ……。

男6 急がんと、ハタさん待ってるで。

女2 ええ。

女6 じゃあ……。(と奥へ去る)

女2 あの、奥さん、ちょっと……。

 

     と女7を捕まえ、傘に入れ、上手へ誘う。

 

女2 この間はえろうすいまへんでした。

女7 ええんよ、そんなに気にせんと……。

女2 タクトくん、どないしてます?

女7 ええ、なんとか……。

女2 ほんま、あの子連れてすぐお家まで謝りに行きたかったんやけど……。

女7 すんまへん……。

女2 なんであないなことしてもうたんか、タクトくん友だちやのに。ほんますいまへん……。

女7 ええの、もうすんだことやし、ほんとに気にせんといて。タクトも悪かったんやろから……。

女2 そないなことない思うんやけど……。

女7 奥さん、ニシダさんとハタさんちの電話番なんやて?

女2 ええ。はよ見つかるとええんやけど……。

女7 ほんま。

女2 じゃ……。

女7 ええ。

女2 会長さん、それじゃ……。

男6 頼むわ。

 

     女2、急ぎ足で下手花道から去る。

     また近くでカミナリが鳴る。

 

男5 どないしたん?

女7 いえ。じゃ、ちょっと……。

 

     と正面奥へ。入れ違いに女4、女5が現れる。

 

女4 ああ、傘いるわね、これじゃ……。

女5 どうしよう。

男5 ごはん食べて待ってみ。

男6 なにあった?

女4 なにあったいうて、なに、会長さん……。

男6 いまイラブさんとこの奥さんと、スギタさんとこの奥さんがなんやしらん話しとったやないか。

男5 子どもの話みたいやったけどな。

女4 そう……。

男6 なにあった?

女4 会長さん、知らんかってん。

男5 知るわけないやろ、奥さん教えてくれんのやから。な、会長はん。

女5 イラブさんちにシンジくんいう子いてますやろ。あの子がな、スギタさんちのタクトくん殴ってん、公園に呼び出して。

女4 それもな、腕時計をここに……、こぶしに巻きつけて何度も……。

男5 また派手やな。

女5 それでタクトくん顔じゅう腫らして、前歯何本か折って医者連れてったいうて奥さんが……。

男6 そないなことする子には見えんけどな。色白で細くておとなしそうな子やで……。

女5 そやからうちらもびっくりしてん、会長さん。

男5 いつの話や。

女5 十日前くらい前?

女4 ええ。それでいま、奥さん、学校探してるいうて……。

男5 なんで?

女5 タクトくんが学校怖くて行けんいうてるらしいわ。

男5 友が丘中学やったな。

女4 それで転校させるみたいやわ、タクトくんも来年は受験やし……。

男5 しかし、またなんで殴ってん?

女5 それがようわからんみたいやねん、タクトくんもなんで殴られたんか……。

男5 理由もなく殴るわけない思うけどな。

男6 せやな……。

 

     奥から女6と女7があわてて現れる。

     女6は携帯電話の途中である。

 

女6 わかったわ。おかあさん、いますぐ帰るさかい、待っとき。ええね……!

 

     と電話を切る。

 

女6 ごめん。

女7 ええわ。はよ行っておあげ。

女6 あとで行くさかい……。

女7 植物公園のほう探してる。

女4 どないしたん?

女6 ヨシコが傘取りに帰ったら、バス乗り遅れたいうから車で塾まで送ってかんと……。

女5 きょうは学校やおへんの?

女6 そなんやけど……。おとうさん、夕方までにはちゃんと帰るんやで……。

 

     と言って上手花道から走り去る。

 

女7 ヨシコちゃん、数学悪いからいうて、きょうあした塾で特訓やってもらうんやて。

女5 数学の……?

女7 ええ先生おるらしいねん、第三塾。

女4 先生悪いからなあ。

女5 なに?

女4 マサルもヨシコちゃんと同い組なんやけど、クラスの数学の平均が57点なん。隣りのクラス64点やのに……。

女5 あら、7点も……。

女4 でしょ? 教えてる先生が違うん。隣りはモウリ先生いうて京大出の先生なんやけど、マサルのクラス、サカマキ先生いうて立命なん……。

女5 まあ、京大と立命じゃ……。

女7 ね? 大変よ、子どもは先生選べへんから……。

女4 ほんま。塾の先生かてそうやし、下手な先生におうたら丸損どころか人生台なしやわ……。

 

     女たち、雨が激しくなってきたのでコープの軒下に避難する。

 

男5 なんやしらん本格的になってきたで、会長はん。

男6 ああ、怒ってんねん、本格的に……。

男5 なにがどす?

男6 空やないか、ハルさん、お空の神さま……。

男5 そう言えば、小まいころ、わしのじいちゃんもよう言うとりましたなあ。ハル、カミナリいうんはな、空の神さんが怒ってるんやでいうて……。

女4 あ、ハタさんや……。

 

     下手花道から男7と女8が急ぎ足で現れる。ふたりは相合傘である。

     女たち、口々に「おはようございます」とあいさつする。

 

男6 イラブさんの奥さん、いま向かいはったんやけど……。

男7 はい、そこでこれを……。(と傘) 家出たとき降ってなかったもので……。

男5 どこ探しなはる。

男7 はい。朝は運動公園のほうやったので、こんどは妙法寺駅から板宿、須磨、公園駅と、駅まわってみよう思いまして……。

女4 あたしらも足伸ばして、森林公園としあわせの村のほう探します。

男7 お忙しいのに申し訳ありまへん。

女8 ……。(頭を下げる)

男5 奥さん、心配せんかてええ、きっと帰ってくるさかい……。

女4 せや。ほら、前にもこんなことあったやないの、なかよし学級の子が行方不明なって何日かあとに保護されて……。

女5 あの子みたいにジュンくんもきっと電車やバス乗り継いで、つい知らんとこまで行ってもうてん。それでそのまま帰れんようになってもうただけで……。

男7 はい……。

女4 ほんま、大丈夫や。

男6 ああ、心配ない。あの子、この街の宝やさかいな。

男5 せやから、わしらできっと探し出す、心配いらへん……。

 

     上手花道から男4がブツブツ言いながら現れる。

 

男4 われわれ労働者は戦うぞお、断固戦うぞお、国家権力の介入は許さないぞお。労働者のみなさん……、友が丘地区の労働者のみなさん、兵庫県警はわれわれのこの友が丘地区に……。

男6 ヤッさん。

男4 あ、タナベはん……。

男6 雨ん中、いつもご苦労はんやな。

男4 それから労働者の奥さんらも、きょうはよう来てくれはったな。戦わなあかん。うん、戦わなあかんで、奥さんらも……。

女4 ほんまやな、ヤッさん……。

男6 わしら、雇われ身の弱い労働者なんやさかい、一致団結して戦わなあかん。でないと勝てへん。勝てへんで、誰も守ってくれへんのやさかい。われわれ労働者は戦うぞお……。

男5 ヤッさんの言うとおりや。言うとおりやから、ま、こっち上がり、風邪ひくで。

男4 アホ、こんな雨ぐらいでわしが倒れてたまるか。みんな知ってるやろけどな、兵庫県警、いま、この友が丘地区に派出所つくろういうて画策しとんのや。派出所、派出所やで。ふざけんな言うんや。せやろ? わしら、自治会つくってこの街……、労働者の街友が丘を自分らで守ってきた。一致団結して守ってきた。な? なのに派出所ないと危ないいうて、県警はこの街に派出所つくろうしてるけどな、そんなん名目や、ただの名目やで。騙されちゃいかん。派出所つくってこの街……、労働者の街友が丘を監視しよういうんや。そしてわしらの自治会……、友が丘地区の労働者の自治会つぶそう思うてん。それが市長と県警の真の狙いや。そやから阻止せんと。みんなで断固阻止せんとな。われわれ労働者は断固阻止するぞお。一致団結して国家権力と戦うぞお……。

女8 ……。(頭を下げて小走りに上手花道から去る)

男7 じゃあ、あの……。(と追う)

男4 あ、集会場はパンダ公園やのうて自治会館に変更やで。雨降ってきたさかいな。

女4 じゃ、あたしらも……。

男6 ああ。

女7 行ってきます……。

 

     と女457は下手花道へと去る。

 

男4 会場、わかっとるな。

女5 わかってます……。

男4 そういうて奥さん、この間お茶飲んでたやないか、パテオで。あかんで、ちゃんと来にゃ……。

 

     カミナリが鳴る。

     男4、ビクッとして空を見上げる。

 

男5 本降りや、こりゃ傘ないと……。

男6 せやな……。

男5 会長はん、わし、ひとっ走りして傘取ってくるさかい待っとくなはれ。

男6 パンダ公園探してるで……。

男5 ヤッさん、わし、先に自治会館行ってるで……。

男4 なに?

男5 先に会館行って戦ってるさかい、な……。(と下手花道へ去る)

男4 わかった、一緒に戦おう。われわれは戦うぞお……。

男6 じゃ、ヤッさん、わしも……。

男4 ヨコタ、パンダ公園やないで。

男6 わかってる。公園にちょっと赤旗置いてきたさかい。

男4 よし、われわれはションベンしてから行く。

男6 なに……?

男4 ションベン。

男6 あ、わかった。気つけて帰るんやで……。

 

     と男5の後を追うように下手花道へと去る。

     男4、その背中にアジテーションする。

 

男4 友が丘の労働者諸君、派出所の建設を断固阻止しよう。労働者の街友が丘を守ろう。一致団結して闘おう。われわれは闘うぞお……。

 

     突然、近くでカミナリが落ちる。

     男4、腰を抜かし、震える。

 

男4 じ、地震や、モモコ……。は、はよ逃げんと、また地震が来るで。モ、モモコっ……!

 

     と、正面奥へ這って逃げる。

     続いてまたカミナリが落ち、雨が一段とはげしく降る。

     いつのまにか、下手花道に白い帽子を被った少年が立っている。

     男1が奥下手から現われ、水槽近くの床をゴソゴソやっている。

     木のタライを取り出し、奥へ行こうとして花道の少年に気づく。

 

男1 なにしてん、そんなとこで……。

男8 ……。

男1 勝手に出たらあかん言うたろ。

男8 ……。

男1 二階行き。(奥へ行こうとして)いや、風呂場や。風呂場行き、これで洗ろうてやるさかい。

男8 カメ、どこ……?

男1 なに?

男8 カメ、見に行こう……、お兄ちゃんがそう言うから、ぼく、ついて行ったんやないの。

男1 ……。

男8 カメ、どこ……?

男1 そんなに見たいんか、カメ。

男8 うん……。

男1 やったら、ここにいるわ。

男8 どこ……?

男1 ここや。(と水槽を指す)

男8 そのカメやない。

男1 ……。

男8 そのカメはいつも見てる、ノブくんと……。

男1 ……。

男8 タンク山にいるカメや。

男1 一緒やないか、このカメでも……。

男8 違う。

男1 なんで……?

男8 それ、ノブくんのや……。

男1 自分のカメほしいんか。

男8 ほしい。飼いたい……。

男1 また死なすわ。

男8 こんどは死なさへん。

男1 死なす。おまえん家、マンションやさかい……。

男8 そやから、おじいちゃんの家で飼うん。

男1 ……。

男8 カメ見に行こう……。

男1 タンク山にカメなんておらへん。

男8 なに……?

男1 カメなんておらんわ。

男8 いる言うたやないの……。

男1 でも、おらへん。

男8 なんで……?

男1 そんなん知らん。見てみい。

男8 見てみいって……?

男1 タンク山や。

男8 こっからは見えへん。

男1 見える……。

男8 見えわけないやない。

男1 でも、おまえには見えるんや。ほら、よく見てみい。

男8 ……。(客席のほうを見る)

男1 見えるやろ。

男8 うん……。

男1 ……。

男8 なんで? 目の前、屋根やのに……。

男1 カメ、いるか?

男8 ……。

男1 水のそば探してみ。

男8 ミズ……?

男1 カメ、水ないと生きていけへんのやで……。

男8 水、あった……。

男1 どこ?

男8 タンクの下。

男1 いるか?

男8 いへん……。

男1 アンテナの塔の下にも溝あるやろ。溝探してみ。

男8 ……。

男1 どや……?

男8 カメいへんけど、誰かいる……。

男1 どこに?

男8 小屋の床の下……。

男1 だれや?

男8 わからへん……。

男1 なにしてる?

男8 横になってる……。

男1 ……。

男8 だれやろ?

男2 おまえや……。

 

     奥下手から男2が現れる。

 

男8 だれ……?

男2 友だちや、そいつの。

男1 友だちやない。犬や、あれ……。

男8 イヌ……?

男1 ああ、ガルボスいう犬やねん。

男2 犬に見えるか、おれ……。

男8 ううん。でもお兄ちゃんの友だちやない。会うたことあらへんもん……。

男2 いつも一緒にいるんやで。

男8 会うたことあらへん……。

男2 いままで見えなんだだけや。

男8 おまえやいうて、どういう意味……?

男2 なんや?

男8 せやから、あれがおまえやて……。

男2 どういう意味もない。あそこで……、鉄塔の下で横になってんのおまえやいうだけや。

男8 うそや。ぼくやない。

男2 なんで……?

男8 ぼく、ここにおるやないの……。

男2 ああ、おる。でも、あれ、おまえやねん、首から上ないけど……。

男8 (自分の首から下を見て)言うてることわからへん……。

男1 いまにわかる。

男8 なに……?

男2 わからへん。

男1 わかる……。

男2 おまえかてわからんのやで、生きてんのか死んでんのか、自分……。

男1 ……。

男2 先生、来たで……。

男1 ガルボスと二階行き。

男8 カメ探しに行こう……。

男1 あとで行くさかい……。

 

     男9が下手花道から傘をさして現れる。

 

男9 どや、元気しとるか、イラブ。

男1 ……。

男9 ひでえ雨やな、夕方には止むみたいやけど……。

 

     と傘を畳む。

     男2と男8、男9に目をやりながら奥に消える。

 

男1 なにしに来てん。

男9 おまえ、どうしてるか思うてな。おかあさんは……?

男1 ……。

男9 (奥に)おかあさん、友中のマツナガです。おかあさん……?

男1 いまおらへん。

男9 どこ行った? 先生来るいうのわかってるはずなんやけどな。

男1 ハタさん家や……。

男9 ああ。あそこの子、行方不明みたいやけど見つかったん?

男1 ……。

男9 あ、上がってええか?

 

     と部屋に上がり、テーブルに座る。

 

男9 児童相談所、ちゃんと行ってるか。

男1 ……。

男9 ちゃんと行かなあかんで。あそこの先生、いい先生や。胸ん中にあることみんな話すといい。七月にはまた学校来れるようにならんとな。夏休みあけたらすぐ修学旅行やさかい。

男1 ……。(ちょっと笑う)

男9 どした?

男1 なんでもあらへん……。

男9 沖縄やで、沖縄。三泊四日。行ったことないやろ。

男1 ……。

男9 いいとこやで。いうても、ほんとは先生もまだ一度も行ったことないんやけどな。体育のアキモト先生が言うてたわ、先生、沖縄ほんまいいとこやでって……。なんやしらん、もう景色がぜんぜん違うんやて。島まわってると、どこの家も軒先が低うて……、手伸ばすと届きそうなくらい低うてな、家のすぐ脇にみんな墓立ててるんやて。墓いうてもこっちの墓想像したらあかんで。でかいんや。もうな、家みたいにばかでかいらしいわ。亀甲墓いうてな、石でできてるんやけど、なんで家の脇に墓立ってるかいうとやな……。

男1 墓地ないからやねん。

男9 なに?

男1 墓地ないからや、島には……。

男9 おっ、よう知っとるな。

男1 ……。

男9 そう言えば、イラブのお父さん、沖永良部島の出身や言うとったな。

男1 ……。

男9 あそこ沖縄県?

男1 鹿児島や……。

男9 あ、鹿児島か。沖縄のすぐ上やなのにな。連れてってもろたんか。

男1 ……。

男9 沖縄や。

男1 ……。

男9 おまえ、いつやったかな、お父さんの実家まで旅行した言うとったやないか。

男1 先生、なんで墓地ないか知っとる……?

男9 ん? 沖縄にか? そらな……、先生、勉強したで、おまえら引率せにゃあかんからな。島にな、お寺ないからや。沖縄には仏教入っとらんからやねん。

男1 ……。

男9 おまえ、お茶くらい出したらどない。おれ、いちおう先生なんやで、それも生活指導部の。

男1 ……。

男9 冗談や。

男1 ……。

男9 おまえ、すこしくらい笑え。

男1 違ゃう。

男9 ん? なにか違うたか?

男1 死んだら……。

男9 死んだらなんや……?

 

     男1、下手花道を見る。女2が帰ってきたのだ。

 

女2 すいまへん、先生、遅うなってもうて……。

男9 いえ、わたしもいま来たとこで……。

女2 すぐお茶差し上げます。

男9 あ、いえいえ、すぐまた学校戻らなにゃいけんさかい。

女2 すいまへん、ほんまお忙しいところ……。

男9 いやあ、毎日つまらん職員会議あって……。

女2 ……。(傘を畳む)

男9 ちょっと小振りになったなあ。

女2 ええ。(男1に)どしたん、あんた、そんなもん引っ張りだして……。

男1 ……。

女2 タライ。

男1 首洗ろうてたんや……。

 

     女2、部屋に上がろうとして一瞬立ち止まる。

 

女2 なに……?

男1 なんでもあらへん。

女2 また変なことばっかり言うて……。

男1 ……。

女2 はよ戻しとき……。(と、そのまま奥上手に去る)

男9 ま、焦らんと、おかあさんとしばらく相談所通って、大丈夫やおもうたら学校くるんやで、みんな待っとるさかい。

男1 ……。

男9 ほいで修学旅行一緒に行こう、みんなと。ええ思い出になるで、沖縄やさかい。

男1 ……。

男9 沖縄や、沖縄、な……?

男1 死んだら、人間、また向こうの島に帰るからやねん。

男9 ……?

男1 帰って、それでまたこっちに帰ってくるからやねん……。

男9 ああ、先生も知っとるで。沖縄のひとたち、ニライカナイ信仰いうて、死んだひとはずっと東のほうにある島に……、そこは海の底や言うひともいるんやけどな、生まれ故郷のそこに……、ニライカナイに帰って、ほいでまたこっちに帰ってくるいうて信じてん。

男1 どうやって帰るんやおもう。

男9 なんや?

男1 ……。

男9 そら、イラブ、風に乗って帰るん違ゃうか。死んだら、人間、たましいになるんやさかい、そのたましいがこう……、フワフワと風に乗って波のうえ漂って帰るんや。

男1 カメや、先生……。

男9 カメ? カメいうて……。

男1 あのカメや。死んだら、人間、カメになって海渡ってそこへ帰るねん。そしてまたカメになって帰ってくるねん、こっちに……。ほいで、墓、カメのかたちしてんねん。亀の甲羅、書いて、亀甲墓いうねん……。

男9 ……?

男1 おれもカメなれるかな……。

 

     とタライを背中に背負い、奥下手に去る。

 

男9 おい、修学旅行、行くんやで……!

女2 シンジ、おかあさん、またジュンくん探しに行くさかい、ノブオとサトシが帰ってきたらそう言うといて……。

 

     と、女2が男1の背中に声をかけながらお茶とお菓子を手に現れる。

 

女2 召し上がってください。

男9 あ、いえ、ほんまにもう……。

女2 じゃあ、お茶だけでも……。

男9 はい。

 

     とお茶を飲み……、

 

男9 すこし元気になったん違ゃいます?

女2 ええ、まあ……。

男9 わたしに冗談言うてましたわ。

女2 時々、下おりてきて、テレビ見ながらすこし話するようにもなって……。

男9 児童相談所にも通ってるそうで……。

女2 まだ一回なんですけど、いややったら行かんでもええんやで言うたら、どっちでもええ言うてたもんやさかい。

男9 先生なんか言うてはりました?

女2 はい、すこし様子見ましょういうて……。

男9 なんです?

女2 あ、いえ……、主人とも時々話すんですけど、なんであない元気ない子になってもうたんやろ思いまして……。

男9 思春期やから……。

女2 思春期なんでしょうか。

男9 思春期はむつかしいですわ、どこの子も、特にいまは。シンジくんだけやおまへん。

女2 そやったらいいんですけど……。

男9 いいって?

女2 こんなことあったんです。

男9 どんなことです?

女2 あの子の二階の部屋そうじしてたら、押入れのフトンの中からアダルトビデオいうんですか? 出てきたんです……。

男9 あ、やっぱり思春期や。

女2 それで、これどしたんいうて聞いたら、あの子、友だちに預かってくれいうて頼まれたんやいうて……。

男9 わたしも思春期によう使いましたわ、その手、恥ずかし話やけど……。

女2 女のわたしがあんまり言うのもよくない思うて、あの……、主人にちょっと話して言うたら……。

男9 そしたら?

女2 主人、こんなもんそない見たいんやったら、おとうさんと一緒に見よ見よいうて強引に一緒に見たらしいんです。

男9 わたしのおやじの時代には考えられんことですなあ。

女2 で、見終わったあと、どやった、なに感じたいうて聞いたらしいんですけど……。

男9 シンジくん、なんて……?

女2 べつに……、言うたらしいんです。

男9 べつに?

女2 ええ。そやから主人がべつにいうてなんや聞いたら、あの子、女の子にはおれ興味あらへんいうて……。

男9 わたしもよう使いました、その手。おやじやのうて友だちになんやけど、照れ隠しですわ。

女2 わたしもそうかな思うたんですけど……。

男9 なんです?

女2 いえ……、その時、あの子の顔見たらなんやしらんいっぺんに拍子抜けしてもうたいうて、あの……、主人が言うてたことありまして……。

男9 ……。

女2 そやから、いつか聞いてみたんです。

男9 ええ。

女2 ヨシトくん、女の子の友だちできたらしいやないの。おかあさん言うてたで。あんたも気の合いそうなかわいい子おらんの? おったら家に遊びに連れてきてもええんやでいうて……。そしたら、あの子……、おらんわ、興味ないもん。友だちとかあるみたいやけど、ぼくはあんまり興味ないねん。そういうの変なのかいうて……。

男9 照れ隠しです。シンジくん、一度クラスの女の子、家の玄関先まで追っかけていったことあるやないですか。女の子の靴、ゲタ箱に隠したこともあった。男の子いうんは、おかあさん、女の子にたいする興味がああいうふうに出てしまいますねん。どやって近づいたらええか、まだわからんさかい。

女2 ……。

男9 あ、雨やんだみたいや……。

 

     と立ち、靴を履く。

     上手花道から女3が傘を手に現れる。

 

女3 こんにちは。

女2 あ、チカちゃん……。

女3 ハタさんの旦那さんがこれイラブさんに返してくれ言うて……。

女2 どこで会うたん?

女3 妙法寺の駅で。

女2 そう。わざわざおおきに……。(と傘を受け取る)

男9 元気そやないか、イシダ。

女3 あ、先生……。

男9 最近、結婚したんやて。

女3 なんで知っとるん。

男9 本に書いてあったんや。

女3 ホン……?

男9 せや。

女3 うちのことが?

男9 おお。

女3 うち知らんわ。なんの本……?

男9 台本やないか、アホ。

女3 ダイホン……?

男9 ヨシマツか。

女3 なに?

男9 おまえの旦那さんや、世界一不幸な……。

女3 うちが幸せならそれでええねん。

男9 ヨシマツか。

女3 大学の先輩です。

男9 ヨシマツは捨てたんか。

女3 もう言わんといて、先生。あれ、中学時代の話やないの。

男9 まあ勝手にやり……。

女3 おおきに。先生ももう友中卒業せんとなあ。

男9 いらん世話や。

女2 チカちゃんも先生に習うてたん……。

男9 数学の成績ビリでした。な、イシダ。

女3 あの数学の先生、ほんま教え方へたくそやったでえ。

女2 ……。(笑っている)

男9 それでハタさんとかいうお家の子、見つかったんですか。

女3 先生、知っとるやないの。

男9 知らんわ。

女3 台本ちゃんと読まんと。

男9 おまえに言われとうない。

女2 それがまだ……。

男9 いついなくなったんです?

女2 おとついの土曜日です。お昼の一時半ころ、おじいちゃんの家行ってくる言うて家出たまま、行方わからんようになってもうて……。ジュン、行ってまへんやろかいうて、奥さんからうちに電話あったんが、たしか五時半ころやった思いますけど……。

男9 お付き合いが……?

女3 ジュンくんとここの一番下の子……、ノブオくんいうんやけど、友だちやねん。

女2 それでジュンくん時々遊びにきたりしてたんです、ノブオがカメ飼ってるいうんもあって……。

男9 カメ?

女2 ミドリガメです。

男9 ああ……。

女2 ジュンくん、ミドリガメが大好きで。それに、わたしとハタさんと卓球クラブ一緒やったりしたこともあって……。

男9 卓球クラブですか?

女3 地域のママさん卓球や、先生。

男9 (庭の卓球台を見て)ああ、それで……。

女2 ええ……。

男9 シンジくんも卓球部に……。

女2 それでノブオに聞いたら最近来てへんでいうもんやさかい……。

男9 写真あります?

女2 ノブオのですか?

男9 おかあさんもボケうもうなりましたね。

女2 あ、いま……。(奥へ行こうとする)

女3 うち、持ってる……。

 

     男9に写真を渡す。

 

男9 かわいい子やな。(女3を見る)

女3 おまえとえらい違うわ。

男9 ひとのセリフ減らしたらあかんで。

女2 あたし、これから探しに行こう思うてんのやけど、チカちゃんは……?

女3 一緒に行きます。

男9 わたしもこれコピーして職員会議で配ります。

女3 すんまへん。

男9 また来ます。じゃあな、イシダ……。

女3 奥さん泣かしたらあかんで、先生……!

 

     男9、もう下手花道に消えている。

     女3、傘とお茶をもっていったん奥に引っ込み、バッグと懐中電灯を手に現

     れる。

 

女2 シンジ、おとうさんから迎えに来いいう電話あったら、きょうはバスで帰ってきていうて、おとうさんにも言うといて……。

女3 どこ行きます?

女2 グリグリ公園のほう行ってみよう思うてたんやけど……。

女3 女の子、殺された……。

女2 え……?(と止まる)

女3 三月やったかな、ほら、女の子が通り魔に遭うてハンマーかなにかで殺されたいう……。

女2 ああ。あれ、グリグリ公園やった……?

女3 たしか、そやった思いますけど……。

 

     と話しながら二人は下手花道に去る。

     すぐに客席の暗がりで男8を探す声がする。

 

男5 ジュンくーん……。

男6 ジュンくーん……。

男5 わっ……。

男6 どないした、ハルさん?

男5 会長はん、これ……。(と懐中電灯)

男6 なんや、これ……?(と懐中電灯)

男5 ネコ違ゃいます?

男6 むごいなあ。腸はみ出しとるで……。

男5 首も……、これ、つながってます?

男6 うん……。だいぶ前みたいやな。

男5 ほんま、ひでえなあ。

男6 多いなあ……。

男5 多い言うて?

男6 ここんとこ多いやないか、ハルさん、こういうの……、ネコ殺されとったりハト殺されとったり……。

男5 ……。

男6 住民の苦情よう来るねん、わしんとこ……。

男5 そう言えば、この間もあったな。

男6 ああ、友中の……。

男5 ええ。孫が言うてましたわ。ネコの死体が四、五匹、正門の前に置いてあったんやでいうて……。

 

     下手花道から男7と女8が現れる。

 

男7 大丈夫か。

女8 ええ……。

男7 一度、パテオ引き返すか。

女8 ……。

男7 引き返そう。

女8 あなた……。

男7 おとついから何も食べてないからや。

女8 おにぎり食べました……。

男7 一個じゃないか。

女8 ……。

男7 行こう。

女8 ……。

男7 ミオ。

女8 プール……。

男7 ……。

女8 プールよ、あなた。ほら、あの子、水が大好きで……、前にもこないなことあったやないの、第一幼稚園に通ってたころ。帰ろおもうたらあの子がいなくて……、それでふたりであちこち探しまわってたら、あの子……、ジュン、隣りの第二幼稚園のプールで泳ぎまわってたやないの、みんなに混じってニコニコしながら……。

男7 ……。

女8 ええ、プールよ、きっと……。どうしていままで気づかんかったんやろ。行きましょう、あなた。(引き返そうとする)

男7 ミオ……!(と止める)

女8 ……?

男7 いま見てきたやないか。いや、きのうもおとついも、プール……。

女8 ……。

男7 しっかりせんと……。

 

     男5・6が上手花道から懐中電灯を手に現れる。

 

男5 ハタさん。

男7 ……。

男6 まだ?

男7 はい……。

男6 もう一時や……。

男7 タンク山探したらもうしまいにしよう思うて……。

男5 タンク山、昼間、わしらも探したんやけどな……。

男7 はあ。でも、団地から父の家までこの一本道やし、途中なにかあるいうたらどうしてもタンク山しかないなあ思うて……。

男5 せやな。

男6 じゃあ、気つけて……。

男5 わしらも、もういっぺん入角と向畑の池あたり見てきますさかい。

女8 こんな時間までほんとうに申し訳ありません……。

男5 いやあ……。

 

     男7と女8、一礼して上手花道へと去る。

 

男6 難儀やなあ……。

男5 ほんまなあ……。

 

     二人、懐中電灯であたりを照らしながら下手花道へと去る。

     入れ違いに補助カバンを持った男1と、男8が上手花道から現れる。

 

男8 ここ……?

男1 せや……。

男8 ここ、学校やない……。

男1 友中や……。

男8 こんなとこにカメおるん?

男1 ああ……。

男8 おるはずないやない。

男1 なんで……?

男8 水ないもん。

男1 せやな。でも、おるねん……。

男8 どこに……?

男1 いま見せたるさかい……。

 

     といって座り、タバコを出し、吸う。

 

男1 おまえ、ジグソーパズル好きなん。

男8 ……。

男1 いつもうち来てやってるやないか。

男8 好きや……。

男1 なんで絵見んでできるん。

男8 お兄ちゃん、タバコ吸うん?

男1 なんでや。

男8 ……。

男1 カメ見とうないんか。

男8 絵、見てる……。

男1 最初だけやないか、それもチラッと……。

音8 中学生、吸ったらいけんの違ゃう。

男1 この間ん、千五百あったんやで、ピース……。

男8 絵、見えてるんや……。

男1 どこに……?

男8 どこやろ? (目の前を指して)このへんかな……。

男1 ……。

男8 自分でもようわからへん……。

男1 そうか。そや思うたわ……。

男8 なんで吸うん?

男1 なに……?

男8 そやから、タバコ、なんで吸うん?

男1 吸うたら変わるんやないか思うてな。

男8 なにが……?

男1 なにか……。

男8 なにかって、なに……?

男1 なにかはなにかやないか、アホ……。

 

     立ち上がり、煙をゆっくりと吐く。

 

男1 見えるか。

男8 なに……?

男1 いま吐いたタバコの煙……。

男8 見える……。

男1 道路渡って、どこ行きよる……?

男8 ……。

男1 どこ行きよる。

男8 まっすぐ……。

男1 ああ、まっすぐ行きよる。

男8 はよ、カメ見に行こう……。

男1 その先になにある……?

男8 なに言うて……。

男1 なに見える?

男8 森……、暗い森……。

男1 その中になにある、暗い森のなかに……。

男8 なんや知らんけど、なんかある……。

男1 近づいてみ。

男8 どうやって……?

男1 煙のあとついてけばいいんや。

男8 ……。

男1 なにある?

男8 池……。

男1 せや、池やな。どこの池や……?

男8 暗ろうてわからへん……。

男1 もっとそば行ってみ。

男8 ……。

男1 おまえがきのういた池やで……。

男8 入角ノ池……?

男1 入角ノ池や。

男8 誰かいる……、二人……。

男1 ……。

男8 ぼくの名前、呼んでる。なんでやろ……?

男1 誰や……?

男8 わからへん。

男1 ……。

男8 行ってもうた……。

男1 煙、いまどこや。どこ行きよる。

男8 池のうえ……。止まった。

男1 そこや。そこの下や。

男8 なにが……?

男1 カメやないか。

男8 ……?

男1 その下にぎょうさんカメおるで。

男8 ほんま……?

男1 ほんまや。

男8 ミドリガメも……?

男1 ああ、ミドリガメも……。行ってみ。

男8 ……。

男1 どないした。カメ見たいんやろ。ほしいんやろ。

男8 行けへん……。

男1 もう目の前なんやで。

男8 でも、行けへん……。

男1 池、入ってみ。

男8 ……。

男1 おまえ、泳ぐの好きなんやろ。得意なんやろ。

男8 なんで行けんのやろ、ぼく……。

男1 ……。

男8 なんで、お兄ちゃん……?

男2 おまえが洗礼受けとらんからや……。

 

     いつのまにか男2が上手花道に立っている。

 

男8 洗礼いうてなに……?

男2 神さまの子になるいう……、せやな、儀式や。

男8 神さまいうて、誰……?

男2 バモイドオキや。

男8 バモ……、なに?

男1 バモイドオキ。

男8 その神さま、どこにおるん。

男1 タンク山……。

男8 ぼく、見たことない……。

男1 その神さまの子にならんと、その池には……、入角ノ池には誰も入れんのや。

男8 でもお兄ちゃん、入ったんやろ? ここでミドリガメ捕まえたいうてたやない。

男1 おれ、バモイドオキの子やねんで……。

男8 言うてることようわからへん……。

男2 おれが洗礼受けさせてやろか。

男8 いやや……。

男2 カメほしいんやろ?

男8 ほしい。ほしいけど、ぼく、おとうさんとおかあさんの子やねん。せやから……。

男2 おまえのおとうさんとおかあさんもバモイドオキの子なんやで。

男8 うそや……。

男1 ほんまや。

男8 そんなん一度も聞いたことあらへん。

男1 隠してるだけや。

男8 なんで隠さなあかんの……?

男1 おとうさんとおかあさんに、こんど聞いてみ。

男8 ……。

男2 目瞑ってみ。

男8 ……。(下がる)

男2 怖いことあらへん。簡単や、すぐ終わる。

男8 ほんま……?

男1 ああ、ほんまや。

男8 ……。(目を瞑る)

 

     男2、カッターナイフを出し、男8の左目の端を×印に切る。

 

男2 痛いか?

男8 痛うない……。

 

     男2、つづいて右目の端を切る。

 

男8 なにしたん……?

男2 おまえのたましい抜いたんや。

男8 なんで……?

男2 せやないと、バモイドオキ入れんやないか、おまえに……。

男8 あとで返してくれる?

男2 なに……?

男8 ぼくのたましいやない……。

男2 ああ。まだ終わってへんで……。

男8 うん……。

 

     男1、男8に近づく。

 

男8 お兄ちゃん……?

男1 せや……。

 

     男1、男8の傷から滴る血を両手に受け、飲む。

 

男2 目、開けてええで。

男8 もう終わったん……?

男2 終わった。

男8 お兄ちゃん、なにしたん……?

男1 なに?

男8 いま……。

男1 おまえの最後の血飲んだんや。

男8 ぼくの血……?

男1 せや。

男8 なんで……?

男1 おまえ、きれいさかい……。

男8 きれいやない。風呂入っていーへん。

男1 おまえ、みんなに応援されてたやないか……!

男8 ……?

男1 去年の秋の運動会や。おまえがビリッ尻でヨタヨタ走ってたら、ガンバレー言うてみんなおまえ応援してたな。ガンバレー、ガンバレー……! おれ、見てたん、ノブも走ってたさかい。なんでみんなおまえ応援するんや思う。

男8 ぼくが仲良し学級の子やからねん……。

男1 せやな……。おまえがきれいやからねん。きれいやから……、ちっとも汚れてへんからみんな応援するねん。応援したくなるねん、おまえを。ガンバレー、ガンバレー、ジューンいうてな……!

 

     短い間……、男1のからだが震えている。

 

男1 あの門のとこ行き……。

男8 なんで……?

男1 いいから行き……。

 

     男8、ゆっくりと正門の前へ行く。

 

男2 そこに這いつくばってみ。

男8 なんで……?

男2 ええから這いつくばるんや。

男8 ……。

男2 カメ見たいんやないんか。

男8 ……。(這いつくばる)

男2 せや。それで顔あげてこっち見てみ。

男8 ……。(言われたとおりにする)

男2 まだ池見えるか、入角ノ池……。

男8 見える……。

男1 タバコの煙は……。

男8 池のなか入っていきよる……。

男2 (笑って)カメやで。ほんま、カメそっくりや……。

男8 なに……?

男2 そのままじっとしとき。そうすると、おまえも池のなか入っていけるさかい。

男8 ほんま……?

男2 ああ、カメになって池の底入ってけんのや。

男8 ……。

男2 (耳元で)よう聞き。おまえ、カメ好きやろ。

男8 うん。

男2 なんでかわかるか。

男8 ……。

男2 それはな、おまえがもともとカメやったからやねん。

男8 ぼく、カメやったん……?

男2 せや。

男8 いつ……?

男2 おかあさんのお腹んなかにいるときや。お腹んいるとき、おまえカメでな、エラ呼吸してたん。

男8 フナみたいに……?

男2 せやからおまえ、カメ好きやねん。子どもいうんはな、みんなカメ好きやねん。自分がカメやったこと憶えてるさかい……。

男8 ぼく、覚えてへん……。

男2 おまえが覚えてへんでもからだが覚えてん、おまえの……。

男8 じゃ、いつ人間になったん、ぼく……?

男2 お腹から出てきたときやないか、この世に……。

 

     男1、しゃがんでじっと正門のほうを見ている。

 

男2 どないした?

男1 見てみ、地面から首が生えてるみたいやで……。

男2 ……。

男1 あいつの首置いただけやのに……。

男2 なんや?

男1 友中が友中でのうなってもうた……。

男2 いや、友中や、おまえが通うとった……。

男1 ……。

男2 この世界いうんはな、ビニールみたいな薄い被膜に覆われとって、それ剥がすとこういう世界になっとってん……。

男1 現実はひとつしかあらへん。ひとつしかあらへんけど、その現実はつくりもんや。作りもんやから、ぼくがそれ壊してまた作ったんやねん、こうやって……。

男2 ……。

男1 せや。いま目の前にある友中はぼくの作り物や。ぼくの作品やねん……!

男2 どっちでもええわ、そんなん、壊れりゃ……。

 

     男1、バッグから赤い紙切れを出し、男8のそばへ。

 

男1 これ、もって行き。

男8 なに……?

男1 シルシや、バモイドオキの子やいう……。

 

     と、赤い紙切れを男8の口に咥えさせる。

 

男2 ウォーン……!(と犬のように激しく遠吠える)

男1 そしたら、バモイドオキがおまえ導いてくれるさかい……。

男2 ウォーン……!

男1 わかったか。

男8 うん……。

男1 わかったらおまえもガルボスみたいに鳴き。鳴いて、はよあの入角ノ池行き……。

男2 ウォーン……!

男8 ……。(カメのように鳴く)

男2 ウォーン……!

男8 ……。(カメのように鳴く)

男1 もっとや、もっと鳴き……。

男2 ウォーン……、ウォーン……!

 

     複数のパトカーの音が急激に近づいてくる。

     さらにヘリコプターが近づき、悲鳴をあげて上空を旋回する。

     男1、ゆっくりと夜空を見上げる……、暗転。

     明るくなると、喪服姿の男35610、女2457が座り上空を見上げている。

     女6が奥上手から現われ、男3と女2にお茶を出す。それから上空をチラッと眺

     め、お盆を手にまた奥上手に消える。

     ヘリコプターの音がようやく遠ざかり、女9が奥下手から現れる。

 

男6 どやった……?

女9 ……。(首を振る)

男6 せやろな……。

女9 家から出るの無理やいうて……。

女4 あれじゃねえ……。

女5 きのう、あたしもチラッと団地覗いたんやけど、ぎょうさんいたわ、マスコミ……。

10 ノモトさんが言うてたな。刑事さんがようコープに野菜や肉買いに来てん。買い物にも出れんと、代わりに刑事さんらがお使いやってくれてんのやないかないうて……。

女2 ノモトさんいうて、カズヨさん?

10 せや……。

女2 あのひと、コープで働いてん……?

10 ひと月前からパートに出てるらしいわ……。

女9 くれぐれもみなさんによろしゅうお伝えください、言うてはりました……。

男5 会長はん、どないします?

男6 せやな。とりあえず……、まあ、とりあえずあれやな、月照寺はんには帰ってもらい。お経はもうええやろ……。

男5 そうでんな。

女9 じゃ、そない言うて……。

男5 あ、裏口から帰ってもらうんやで。

 

     女9、頷いて奥下手へ消える。

 

男6 あ、せや……。

女6 なんです、会長はん?

男6 あんたやない、イラブさんや。イラブさん……。

男3 あ、はい……。

男6 あんた、あしたお仕事のほうどうなっとります。

男3 入ってますけど……。

男6 そうでっか。

男3 あの、なにか……?

男6 いや、仕事なかったら、ちょっと手伝うてもらえんやろか思うたんやけど……。

男3 なんでっしゃろ?

男6 東大通りのとこ……。

男3 ええ……。

男5 いちおう業者にやってもろたんやけどな、もちょっと……。

男6 ハルさん、わし喋ってんのやで。

男5 すんまへん。

男6 もちょっと草木刈り取ったほうがええんやないかいうことになってな。まあ、あした作業やることになってんのやけど、ちょっと人手足りんかったもんやさかい。

男3 何時からでっしゃろ?

男5 午前中は仕事抱えてるひと多いさかい……。

男6 ハルさん。

男5 あ、すんまへん。

男6 ええわ、喋り……。

男5 お昼の二時やねん。

男3 せやったら、あの……、工場に言うて、わたしもなんとか……。

男5 無理せんといてや。

男3 いえ……。

女2 うちのひと、草刈り好きやから使うとってください、会長さん。

男6 じゃ、二時に団地入り口のバス停前に集合いうことで……。

男5 よろしゅう頼んます。

男3 はい……。

女7 うちのひとも出る言うてましたさかい。

男3 あ、はい……。(ちょっと困惑する)

女2 レイコさん、きょう当番やないの?

女5 そなんやけど、きょうは三時半やねん。

男5 どや、子どもら……。

女5 ええ。前はみんなワイワイ言うて寄り道しながら帰ってたんやけど……。

男6 学校来てへんの、まだだいぶいるん。

女5 そう言うてはりました、先生……。

女4 マリちゃん、カウンセラー通ってるいうし……。

女5 ええ……。

男3 マリちゃんいうんは?

女4 サトウさんちの子です、D号棟の……。

男3 ああ、あの子……。

女5 事件起きて、まだ一週間やし……。

女2 犯人捕まってへんし……。

男5 ほんま。わしらかて怖いんやで、夜、ひとりで歩くん……。

 

     奥から読経の声が聞こえてくる。

 

男5 おい、ミッコ……! ミッコ……!

 

     奥上手から女6が現れる。

 

女6 なに、おとうさん……?

男5 みんな、もうお茶ないで。

女6 ええ、もうお湯沸くさかい……。

 

     奥下手から女9が現れる。

 

男5 なんや……?

女9 わかりました。じゃあ、ちょっと供養して帰りますいうて……。

男5 サービスええな。

男6 ハルさんの魂とは訳違ゃうがな。

男5 すんまへん……。

女6 ノリコさん、こっちお願いします。

女9 はい……。

 

     女6、奥上手へ去る。

 

男3 友中のほうはどないなってんでしょう。

女4 きのうからバス出してます。

男6 バス……?

女4 ええ。バス、正門の横つけて、授業終わったらみんなそれに乗せてあちこち塾まで運んでもろうとるんです。

女7 せやないと報道陣に捕まってまうもんやさかい……。

男5 ええ手考えたな……。

 

     下手花道から私服姿の女10が現れる。

 

10 どうも遅うなりまして……。

男5 ああ、おおきに……。

10 仕事帰りやさかい、こんな格好なんですけど……。

男5 かめへんかめへん。

女9 ちょうどいまあれなんやけど……。

10 ええ。みたいさかい、先にあの子の顔だけでも……。

女5 ハタさん家からお借りしてきた写真なんやけど……。

10 じゃ、ちょっと……。

 

     と奥下手に去る。

 

男6 しかし……。

男4 なんです?

男6 うん……。塾行ってない子もいるやろ?

女4 ええ。そういう子は、あの……、先生たちにガードしてもろうて家まで……。

男6 ……。

女7 たくさんいうわけやないんで……。

男6 バスなあ……。

女2 中間テストのほうはどうなったん?

女4 職員会議で中止しよういう案出たらしいんやけど、そんなん困るいうてわたしら父兄会で……。

 

     突然、下手花道の奥で男の怒鳴り声がする。

 

11 ええ加減にせんかい、おまえら……! わしらなにも喋らん、追っかけまわすな言うとるやろ……。だいたいおまえらが騒ぐさかい、ハタさん家もあんなことになるんやないか。わかっとんのか、え? ちったあほっといたらどない。報道人かなんか知らんけどな、えらそうに土足でドカドカ上がりこんで……、まるで犯人扱いやないか、大勢で一晩中あんなに張りついて……、そやろ……!

 

     みんな声のするほうに目をやっている。

     女6と女9も奥から現れて聞いている。

     男10は席を立ち、玄関になっている下手花道のほうへ。

 

11 おまえかて子どもおるんやろ、え……? 自分の子どもがあないな目におうたらどういう気持ちになるんか、考えたことあらへんのか……? 考えたことあらへんわな。考えたことあらへんから、おまえらこんなとこおれるんや。そないな顔して平気でおれるんや。そやろ、え……? おまえら人間じゃねえ、叩っ切ったろか……。わし、死刑になったかてかまへんのや、震災で家ものうなってしもたしな……。おまえか、え? 毎日一晩中、あの家のインターホーン、ビービービービー押してんの……。 おまえか、朝から晩までジリジリジリジリ電話かけとんの……、え? おまえか、おまえなんか? 夜中に袈裟着て、坊主のふりして玄関のドア、ドンドンドンドン叩いとったんわ……、え! わしは怒っとんのやで。サカキバラ以上に怒ってんのやで、憎んどんのやで、おまえらを……! 去ね。とっとと去ね。二度と来んな、神戸に。神戸に……!

 

     短い間……、読経の声と、女9の啜り泣きだけが聞こえる。

     女6、奥上手に去る。

     男11が花道から現れる。席の雰囲気に気づいて……、

 

11 すんまへん……。

男6 なに謝っとん。

10 イワイさん、ハタさんと同じマンションやさかい……。

 

     女6、お茶をもって現われ、男11に差し出し、末席に座る。

 

11 もう我慢できんで……。

男5 なにあってん?

11 おとつい、初七日やったさかいハタさんち行ったら……、イワイさん、またこんなもん来たわいうて、ハタさんにハガキ見せられまして……。

女4 なに書いてあってん?

11 ジュンくんが泣いています。おとうさん、はやく自首しなさいいうて……。

女9 ひどい……。

10 殺してやりたいわ。

女6 でも、なんでそないなこと……。

10 ハタさん、お医者さんで、ジュンくんがちょっとあれやったからやろ。

女7 ジュンくん邪魔やいうん。

10 ……。

女7 そないな親どこにおるねん。

女2 また言うて、前にもなにかそないなことあってん?

11 やっぱりハガキ来て、そのハガキに……。

男5 人間の首切った絵描いてあってん。

男6 ハルさん……。

11 その絵の横に、母親よ、今度はおまえの番だいうて……。

女6 ……。(手でテーブルを叩く)

男6 おい……。(とテーブルを押える)

女6 えやないの、テーブルくらい叩いたかて……。(もうひとつ叩く)

男6 せやない……。

女6 かめへんやないの、テーブルのひとつくらい壊れたかて……。(さらに叩く)

男6 せやない!

女6 ……。

男6 月照寺はんや。(女9に)月照寺はん、終わったみたいやで……。

 

     女9、席を立ち、奥下手へ去る。

 

11 マスコミが面白ろがって騒ぎすぎるからや……。

 

     短い間。

 

男5 奥さん、ええんか、集団下校……。

女5 (時計を見て)はい。じゃあ、わたしはこれで……。

男6 裏口のほうがええやろ。

女4 気つけて……。

 

     女5、立ち上がり、奥上手に去る。女6、見送りに出る。

 

男5 県警も県警やで、犯人はよ捕まえんから……。

10 ほんま。目撃者もいるいうのに……。

女4 ゾッとして……。 

男6 なんや……?

女4 せやから、あの黒いビニール袋持った中年男がこの街にいるんやおもうと……。

11 ……。(お焼香に行こうとして立ち上がる)

女7 うわさ、ほんまでっしゃろか。

男3 うわさいうて……?

女7 仮設住宅住んでるひとやないかいううわさ流れてますねん。

男6 あんた、めったなこと言うたらあかんがな。

女2 なんで……?

女7 なんでいうて……。

男5 震災のあと、長田あたりでいろいろ事件あったからやろ、強盗や強姦やいうて……。

男6 やめ、ハルさん。

男5 ニュースじゃ流れんかったけど……。

男6 やめ言うとるんや、ハルさん。

11 ……。

男6 堪忍してや。

11 いえ……。

男6 誰や知らんけど、変なうわさ流すからあんひとら……、仮設住宅に住んどるひとら、外出てこれんのやで……、昼間っから雨戸閉めとんのやで……。

 

     奥下手から女10が現われ、席に座る。

     女6が現われ、女10にお茶を出す。

 

11 長田のもんが疑われてもしょうがないな思います。ハルキさんのおっしゃるとおりやったし……。

男5 イワイさんも長田のひとやったな。堪忍や……。

女7 すんまへん……。

11 いえ……。震災後、長田町すっかり区画整理されて、地元に帰れんようになってしもたひととか、家建てる金のうて仮設住宅出れんひととか、ぎょうさんいます。もし私もそうなっとったら、正直言うてなにしでかすか、自分でも全然自信ないですわ……。

男3 あの……、この街に住んでるもんが犯人なのかどうか、まだわからん思うんですが……。

男6 イラブさんの言うとおりや。

女6 せや。白い乗用車見たいうてるひともおるやないの。

11 あの、そのことなんですが……。(と座る)

男6 ……?

11 ハタさん、ひょっとしたら子どもかもしれんいうて、言うてはりました。

女2 なにが……?

11 せやから、サカキバラセイトです……。

女4 黒いビニール袋持った中年男やのうて……?

11 ええ……。

女2 なんで……?

11 ジュンくんのそばにあった犯行声明文や、神戸新聞社に送られてきたいうあれ……、挑戦状読んでると、どうもそないな気してしょうない。あれ、子どもの文章やないかな、いまどきのマンガ読んでる子が書いたいうて……。

男3 文章いうて、どういうところが……?

11 漢字でいうと、透明な存在やとか、嘘偽りないボクの本名とか、いろいろやいうて……、義務教育、復讐、自然の性とか……。

女4 酒、鬼、薔薇、書いて、サカキバラいうんも……?

10 せやな。言われてみると……。

11 ええ、わたしも……。

女6 ……。(奥上手に消える)

男5 会長はん……。

男6 わしがマンガ読むはずないやないか……。

 

     女6がすぐに新聞の切り抜きを手に現われ、読む。

 

女6 さあ、ゲームのはじまりです。愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ。ボクは殺しが愉快でたまらない。人の死が見たくて見たくてしょうがない。汚い野菜共には死の制裁を。積年の大怨に流血の裁きを。SHOOLL KILL 学校圧死の酒鬼薔薇……。

 

     短い間。

 

女6 テレビで……、誰やったかなあ。この文章、フィクションの度合いがひじょうに高い、ジュンくん切断して正門の前置いたり、こういうの咥えさせたりするんもそやけどみたいなこと言うてはって……、どういうことかようわからんかったんやけど、なんやしらん気になって切り抜いてとっといたんやけど……。

10 フィクションの度合いが高いいうて、どういうこと……?

女2 文章も事件もどこかマンガみたいやな、いうこと……?

男5 会長はん。

男6 考えとんのやないか、いま……。

女7 うちの子もマンガばっかり読んでるけど、ほんま多いわ、そういうの。なんて言うん? やたら漢字使うとる……。それも、昔の古い、大げさな漢字使うとるマンガ……。なにが面白いのかあたしらにはさっぱりわからへんのやけど……。

男6 せやな。

男3 なんでしょう、せやな言うて……。

男6 いや、子ども関係してんのかな思うて……。

男3 ……?

男6 ジュンくんやろ。友中の正門。胴体見つかったタンク山……。あそこで子どもらよう遊んどるわな。

10 このへん山ないさかい。

女7 ……。(不安げに膝を乗り出す)

女4 なに……?

女7 隣りの中落合と竜が台のほうで襲われたんも、小学生の女の子らやったな思うて……。

女2 ヤマシタアヤカちゃん……?

10 通りすがりにナイフでお腹刺されて死んだ……。

10 それ別の子で、アヤカちゃんは金づちかなにかで殴られてん。クモの巣公園で、トイレないか聞かれて近くの小学校に連れていこうとしたら……。

男5 あれ、何月やった?

女6 二月と三月やねん……。

女4 そう言えば、団地の女の子が男の子に階段から突き落とされたいう事件もあったわ、竜が台の……。

男5 それ、いつや?

女4 そのころや思うけど、隣りの奥さんが言うてはりました。

女6 男の子いうて……。

女4 制服着た中学生くらいの……。

男3 どこの……?

女4 そこまではあれらしいんやけど……。

11 名谷駅のほうでもあったいうてました、ハタさんが……。

男5 名谷のほうで?

11 友中の女の子二人がつけまわされて襲われたらしいんですわ。

男6 友中の子が……?

11 ええ。おまわりに聞いた言うてはりました。

女7 それ、わたしも聞いたことある、南落合の奥さんから……。

女6 いつ?

女7 聞いたん……?

女6 襲われたん。

女7 二月ころ。バレンタインのチョコレート買いに行く途中、ハンマーみたいなんで殴られて、女の子のおとうさんが友中に電話したらしいん、おたくの生徒の写真見せてほしいいうて……。

女2 学校、写真見せたん……?

女7 (首を振り)生徒のプライバシーにかかわる問題やさかい、被害届け出して警察と一緒に来てください言われたらしいん。それで被害届出したら、おまわりさんに手がかりあまりないし、まあ探しますわ言われて、それきっりやったらしいの……。

男5 ほんまに友中の生徒なん……。

女7 黒っぽいブレザーにエンジ色のネクタイしてたいうて……。

女2 襲ってきた子……?

女7 ええ……。

男5 会長はん……。

 

     短い間。

 

男6 食事の支度どうした。

女7 いま……。

 

     と奥上手に去る。

 

男3 ここんとこ、ほかにもいろいろある。タンク山の枯れ草燃えたり、ハトやネコ殺されたり……。関係あるんかどうかわからんけど……。

女2 ネコいうて……。

女4 ようネコの死体が見つかってるらしいん、道路脇の植え込みとか溝のなかで。

女2 (男3に)じゃあ、あれも……。

10 なんです……?

女2 最近、家のなか変な臭いするないうて床下調べたら、ネコの死体が出てきたことあったんです。病気かなにかで出てこれんようになって死んでもうたんやろな、いうて話してたんやけど……。

11 ゴミ捨て場放火されたこともありました。

男3 でも……。

 

     全員、男3のほうを見る。

 

男5 でも、なんでっしゃろ……?

男3 あ、いえ……、こないなむごい事件、子ども起こすかな思うたもんやから……。

女4 せやな。殺して、切断して、首、校門置いて、挑戦状、新聞社送って……。

10 そんな事件聞いたこともないわな……。

男5 ほんま。やろ思うても、子どもに……。

女2 わたしもそんな気します……。

女7 それに、ジュンくん男の子で、ほかの子みんな女の子やし……。

 

     短い間。

 

11 お焼香してきます……。

男5 あ……。

 

     男11、立ち上がり、奥下手に去る。

 

男6 やっぱり空の神さんの……、いや、山の神さんや。山の神さんの仕業かな。

男5 なんどす……?

男6 ハルさん言うてやないか、カミナリいうんは空の神さまが怒ってるんやでいうて……。

男5 ええ、おじいちゃんが……。

男6 せやから、山の神さんが怒ってんのかもしれんやないか。

男5 山いうて……?

男6 タンク山や。タンク山の神さんや。

男3 どういう話なんでしょう……?

男6 知ってるやろけど、このへん……、須磨ニュータウンは四十年前、山切り崩してつくった街で、タンク山はまあその名残りやわな。

女2 タンク山、てっぺんやったいうことですか、その山の……?

男6 せや。山、全部切り崩すしたら山の神さまいるとこないさかい、頂上は残しとこいうことになってん。

男5 ほんまどすか?

男6 いや、わしもようは知らんのやけど、まあ、そないなとこやろ……。

女5 山、切り崩したいうて、その山の神さまが怒ってるいうことですか……。

男6 それだけやないんやろけど……。

10 会長さん……。

男6 わかっとるがな。21世紀目の前や言いたいんやろけど、あんたらかて二年前震災起きたとき言うとったやないか。神戸、もう終いや。あんなとこに……、海峡に橋つくるからや。明石の海ん底に、杭なんか打ち込むからや。また来るわ、地震。きっと来るでいうて……。

女7 あん時は誰のせいにしていいんかわからんかってん。

男6 せや。こんどかてなんやしらん、人間のチカラ超えてるいう気せえへんか……。

 

     奥下手から女9が現れる。

 

女9 お食事の支度できました……。

男5 じゃ、みんな奥行きましょか……。

女2 あの、わたし、ちょっと出かけるとこあるもんやさかい、ここで……。

 

     女3が男4を連れて下手花道から現れる。

 

女3 遅うなってすんまへん。おじいちゃんがどうしても行きたいいうもんやさかい。

男6 ああ。よう来てくれたな、ヤッさん……。

女3 わかってる、おじいちゃん? きょうはシュプレヒコール禁止なんやで、絶対禁止……。

男4 アホ、同志が死んだ……、いや、殺されたんやで。いくらわしかてそんな元気あらへんわ。な、タナベ、きょうは飲もう。友が丘の労働者、カワカミくんの死を悼んでおおいに飲もう。そしてあしたから……。

女3 おじいちゃん。

男4 われわれは闘うぞお……。

男3 行きましょう、タケゾウさん……。

 

     男6と女2・女3を残して、みんな奥下手へ去る。

 

女2 どないしました、会長さん。

男6 いや、せやな思うて……。

女2 なにがです……?

男6 ヤッさんやないけど……、友が丘、労働者つくった街やったんやけど、医学部できたり灘高通りできたり……、なんやしらん、いつのまにか身分不相応の街になってもうたなあ思うて……。

女2 ……。

男6 子どもら大変やろな、わしらんころと違うて……。

 

     と言い残して奥下手へ去る。

 

女3 児童相談所ですか。

女2 そう……。

女3 ……。

女2 なに、チカちゃん……?

女3 中学のとき、わたしも不登校やったんです、一ヶ月くらいやったんやけど……。

女2 知らんかった。なんで……?

女3 あんまり成績悪いんで先生に相手にされなかったんです。それにだんだん友だちもいなくなって、学校行ってもつまらんようになって……。

女2 友だちたくさんいるようにみえたけど……。

女3 ……。

女2 なんで?

女3 みんな塾行くようになって、時間も合わなくなったさかい。

女2 ……。

女3 せやから、ひょっとしたらシンジくんもそやないかな思うて。この間、シンジくんあんまり成績よくないし、塾にも行ってないおっしゃってたもんやさかい……。

女2 そう。

女3 それだけなんやけど……。

女2 ありがとう。

女3 じゃあ……。

女2 じゃあ……。

 

     女3、奥下手に去る。

     女2、ちょっと考えてから下手花道へ去る。

     奥下手から男1が現われ、水槽へ行き、カメにエサをやる。

     男8が上手花道から現れる。

 

男8 お兄ちゃん、なにしてるん……?

男1 ガバメントにエサやってんのや。

男8 ぼく、見ていい……?

男1 ああ……。

 

     男8、水槽に近づき、カメを見る。

 

男1 おまえ、カメのどこがそんなに好きなん。

男8 目……。

男1 目……?

男8 うん、目……。カメの目、いつもジーッとなにか見てる。なに見てるんやろな思うて……。

男1 脳内宇宙や。

男8 なに……?

男1 自分の脳のなかに映ってる宇宙……。

男8 宇宙……?(空を仰ぐ)

男1 せや。その宇宙、見てんねん。

男8 ガバメントも……?

男1 せや……。

男8 じゃあ、ガバメントの……、この脳のなかの宇宙にはなに映ってんやろ。太陽とか星……?

男1 こころや。

男8 こころって……?

男1 自分のこころ……。

男8 ……。

男1 おまえかて、こころあるやろ、自分の……。

男8 ……。

男1 ないんか。

男8 ある……。

男1 せやろ。そのこころや。自分のこころ映ってんねん。自分のこころジーッと見てんねん、こうやって……。

男8 ぼく、映ってるかな。

男1 なんや……?

男8 せやからガバメントのこころに……。

男1 映ってへん。

男8 ……。

男1 おまえだけやないわ。カメのこころに人間なんて映ってへん。自分のこころのこころしか映ってへん。

男8 こころのこころいうて、なに……?

男1 ほら、池から首出して見てみ。なに見える……?

男8 森……。

男1 その森になに見える……?

男8 木、草……。

男1 その木に耳当てて聞いてみ。

男8 ……。(言われたとおりにする)

男1 聞こえるやろ。それがこころのこころやねん。

男8 なにも聞こえへん……。

男1 呼吸聞こえるやろ、木の……。

男8 ……。

男1 木かて呼吸してんのやで、人間と同じように……。

男8 ……。

男1 その、木の呼吸がつくりだしてんのがこころのこころやねん……。

男8 お兄ちゃんの言うことわからへん……。

男1 もうええわ。帰り……。

男8 どこに……?

男1 おまえがいたとこやないか、ここに来る前。

男8 ぼく、どこにいたん……?

男1 知らんわ。バモイドオキに聞いてみ。おまえ、もうバモイドオキの子なんやから……。

男8 その神さまどこにおるん……?

男1 タンク山言うたやないか。

男8 タンク山にそんな神さまおらへん。

男1 おるんや。

男8 ……。

男1 行け。二度と来るんやないで。おまえ、もう死んでるんやさかい。

男8 ぼく死んでんのやったら、お兄ちゃんも死んでんのや。

男1 おれはまだ生きてる……。

男8 死んでる。

男1 なんで……?

男8 死んでるぼくと話してるやない……。

男1 生きてる……!

男8 じゃ、ぼくも生きてる……。

男1 おまえは死んでんのや。

男8 生きてる……。

男1 死んでる……。

男8 生きてる……。

男1 死んでる……

男8 じゃ、お兄ちゃんも死んでる……。

男1 生きてる……。

男8 死んでる……。

男1 生きてる……。

男8 死んでる……。

男1 生きてる……。

男8 死んでる……。

男2 ウオーン……! ウォーン……!

 

     と鳴いて、男2が奥下手から現れる。

 

男2 せや、おまえ、死んでんのや。

男1 うそや。

男2 死んでる。死んでるから生きてるもんに興味あんねん。生きてるもん殺して、どうなってんのや思うて、からだん中あちこち研究したくなるねん……。

男1 生きてる……。

男2 死んでるで。

男1 じゃ、いつ死んだ。

男2 ……。

男1 おれがいつ死んだ?

男2 おれが生まれたときや、おまえん中に。

男1 ……。

男2 おれ、おまえの墓の番人なんやで。

男1 ……。

男8 じゃあ、お兄ちゃん、いつ生まれたん。

男2 なんや?

男8 せやから、このお兄ちゃんの中に……。

男2 十四年前や。

男1 ……。

男2 せやな。おまえ十四年前に生まれて、そして、だんだん……、ゆっくりゆっくり死んでったんや、十四年かけて……。

男1 ……。

男2 せやからおまえ、あいつら襲ったんや。最初はかなづちやハンマーで……、そして、次、ナイフで……。

男8 あいつらて、だれ? ぼく……?

男2 せやろ。そうやっておまえあいつら……、汚い野菜ども、死なそう思うたんや。殺そう思うたんや。ゆっくりゆっくり、時間かけて……、ゆっくりゆっくり自分が死んでったみたいにな。

男1 おれやない。おまえや、おまえがやったんや。

男2 おまえかて分かってんやろ。自分、死んでんのや、殺されたんやいうて……。ああ、わかってる。せやからおまえ、「懲役十三年」いうて書いたんやねん。せやから……、サカキバラいうんは暗号や謎かけやない、ぼくの本名や、ぼくが存在した瞬間からその名前ついてて、ぼくのやりたいこともちゃんと決まってたいうて……、そう書いて送ったんやねん。

男1 あれもおまえや。おまえが書いたやないか。

男2 なんや……?

男1 おまえが書いたんや。

男2 犬に字書けるはずないで……。

 

     男1、いきなりナイフを出して男2を刺す。

 

男8 お兄ちゃん……。

男2 ウォーン……!

男1 ……。(刺す)

男8 お兄ちゃん……。

男2 ウォーン……!

 

     男1、なんども突き刺す。

     しかしナイフは男2のからだをすり抜ける。男2はただ遠吼える。

     下手花道から男5が飛び出してくる。

 

男9 イラブ、なにしてんのや!

男1 ……。

男9 (ナイフを取り上げ)ほかにも持ってん? 持ってんやったら出し……。

 

     と、男1のポケットを調べるが、ほかにはなにも持っていない。

 

男9 こんなもん持って来たらあかん言うてるやろ。

男1 ……。

男9 どこで万引きした。

男1 ……。

男9 おまえの小遣いで買えるナイフやないで。どこでやった? 先生、あとで返しといてやるさかい、言うてみ。

男1 ……。

男9 イラブ。

男1 ……。

 

     奥上手から男3が現れる。

 

男3 あの、先生でしょうか……。

男9 はい。

男3 シンジの父親です。

男9 あ、生活指導部のマツナガ言います。

男3 担任のトキタ先生や……。

男9 トキタはいまスギタ連れて病院行ってるもんやさかい……。

男3 そうですか……。

男9 イラブ、おとうさんやで。

男1 ……。

男9 座り。

男1 ……。(座る)

男3 シンジがいつも迷惑ばかりかけて、ほんとうに申し訳ないです。

男9 いえ……。おかあさんいらっしゃるんや思うてました。

男3 家内は下ん子のほうの用事が入ってましたもんやさかい。

男9 じゃ、会社のほうから……。

男3 いえ、きょうはたまたま病院へ定期健診行ってて、家内から電話あったもんですから……。

男9 どこか……?

男3 はい。ちょっと心臓のほう十年ほど前から……、たいしたことはないんやけど……。

男9 そうでっか……。

 

     男3、男1に近づいて、見る。

 

男9 スギタタクトいう同級生、公園に呼びだして殴ったんやそうです。コブシに……、(腕時計を出し)この腕時計巻きつけて……。

男3 それでタクトくんは……?

男9 ご存知で……?

男3 小学校のころから家にもよう遊びに来てまして……。

男9 顔ケガして、前歯何本か折って……。

男3 ほんとに申し訳ありません。

男1 ……。

男3 おまえ、なんでタクトくんにそないなひどいことしてん。

男1 ……。

男3 シンジ。

男1 ……。

男3 タクトくん、おまえのいちばんの友だちやないか。なんで……?

男1 友だちやあらへん。

男3 なに……?

男1 あいつ、友だちやあらへん。

男3 なに言うてん。おまえ、小学生のころからようあの子と……。

男1 友だちやない。

男3 じゃあ、なんで友だちやいうたん。

男1 ……。

男3 おまえ、いつやったか、あんたのいちばん友だちだれやいうておかあさん聞いたら、タクトくんやいうて答えとったやないか、台所で……。

男1 ……。

男3 シンジ。

男1 そう言うたほうがおもろいからや。

男3 おもろい? おもろいってなんや。

男1 話はおもろいほうがええねん……。

男9 イラブ、ちゃんとした答えになっとらんぞ。

男1 友だちいればおかあさん喜ぶわ……。

男9 そやろけど、うそついたらあかんがな。

男3 もうええわ。

男9 すいまへん。

男3 あ、いえ……。

男1 ……。

男3 なんで殴ったんや、タクトくん?

男1 ……。

男3 ひとには言えんよなことか。

男1 ……。

男3 言えんよなことなん!

男1 ……。

男2 引っ返してもええんやで。ああ、引っ返してもええ。せやけど、引っ返したらおまえ、このまま一生、生きることも死ぬこともできへん。ああ、一生、自分の命も死も手に  入れることできへんのや……。

 

     と言って、男8とともに奥へ消える。

 

男1 あいつ、塾でみんなにぼくの悪口言うてん。せやから呼び出して殴ってん。

男3 悪口いうてなに……?

男1 ぼくがマナブ苛めてたいうて。

男3 マナブくんいうて誰や。

男1 ……。

男3 誰や。

男9 身障者です、一年生の……。

男3 おまえ、身障者の子、いじめてん?

男1 いじめてへん……。

男3 いじめてへんのに、そないなこと言うわけないやろ、タクトくんが……。

男1 いじめてへんのや……。

男9 スギモト、イラブのことなにも言うてない、言うてました。ほかの生徒にはまだ確認とってまへんのやけど……。

男1 言うたんや。言うたから仕返ししてやったんやないか……!

 

     泣いているのか、かすかに肩が震えている。

 

男9 あの、イラブのカバンからこれも出てきまして……。

 

     ナイフとタバコを差し出す。

 

男3 このタバコ、どないしたん。

男1 この間、言うたやないか、友だちから預かったんやいうて……。

男3 あれ、セブンスターやないか。

男1 ……。

男3 シンジ。

男1 ……。

男3 おまえ、自分で買うて吸っとるん。

男1 ……。

男3 これはなんや、この竜馬ナイフは……。

男1 ……。

男3 シンジ。

男1 友だちの預かってん。

男3 この間もそう言うたな。

男1 この間いうて……?

男3 この間や。この間、おとうさんがおまえの部屋でナイフ見つけて取り上げた時や。これ、あん時のナイフとおなじもんやないか。それ、なんで持ってん?

男1 ……。

男3 なんで持ってん。

男1 せやから友だちの預かってん……。

男3 いつもそう言う。おまえ、タバコやナイフ見つけて取り上げるたびにそう言うてるやないか。友だちのや、友だちの預かってのやいうて……。なんでや、シンジ。おまえ、なんでいつもそういう嘘つくん……? おとうさん、いつも言うとるやないか、嘘ついちゃあかんて。嘘つくんが人間いちばん見苦しいことやねん。恥ずかしいことやねん。勉強できんでもええ。勉強できんでもええけど、嘘つくような人間にだけは絶対なっちゃあかんいうて……。

男1 ……。

男3 さ、言うてみ。なんでタクトくん殴ったんか、素直に言うてみ。

男1 ……。

男3 シンジ……!

男9 おとうさん……。

 

     と止めて、隅へ。

 

男3 すんまへん。いつもこない学校に呼びだされることばっかりして……、なに考えてんのかようわからんもんやさかい……。

男9 思春期ですから……。

男3 はあ……。

男9 わたしらも覚えあります。こころと体の春、どうやって抑えたらいいんかわからんと、いろいろしでかしてしもたもんです。

男3 ……。

男9 なんです?

男3 いえ、それにしてはちょっと幼いんかなおもうて……。

男9 幼いいうて……。

男3 十四歳やいうのに、まだイヌやクマのぬいぐるみ抱いて寝てるもんやさかい。

男9 まだ……?

男3 はい……。

 

     女2が下手花道から現れる。すぐに後ろを振り返り……、

 

女2 シンジ、ほら、はよう……。おかあさん、ごはんの仕度せんといかんのやさかい、急ぎ……?

 

     自宅に目をやったとたん、男1の姿が目に飛び込んできたのだ。

 

男1 (ブツブツと)ほんまや、先生。あいつが……、ナツコが先におれらの悪口言うてん。せやからおれらもバイキン言うて仕返ししたんや。なのにナツコの言うことばっかり聞いて、親呼んで……。なんでや、なんでおれの言うことちっとも聞いてくれへんのや……。アキモトん時だってせや。あいつが悪いんやないか。おれのおかあさんのことブタやブタブタ言うて……、せやからあたま来てシューズ燃やして仕返ししてやってん。あいつが悪いんやないか……。

男9 イラブ……?

男1 せやない。あいつが先に石投げてきたんや、おれなにもしてへんのに。せやからあいつの自転車のタイヤ、ナイフで切り刻んでやってん。仕返ししてやってん。なんで仕返ししたらあかんの。なんでおれだけ呼び出されなあかんの……。なんでや、なんで……?

男3 おまえが六年生のとき万引きしたからや。それで先生たち、おまえをよく注意して見てん。しようがないやないか。一回悪いことしてレッテル貼られたら、挽回するの大変やぞ言うたやないか……。

男1 先生、ぼくのことおかしい思うてんのやろ。せやからあいつと一緒に遊ぶな言うたんやろ……。セイジが教えてくれてん。先公のやつ、イラブちょっとおかしいんやから一緒に遊ぶな言うとったでいうて……。(様子が異様である)

男3 シンジ……?

男9 先生、そんなこと言うた覚えない。おまえ、おかしい思うたことなんてない。

男1 じゃ、なんであないなこと言うん。ほんまですか? ほんまやったら子どもに謝ってくださいいうておかあさんが言うたら……、教師が子どもに謝ったら指導できませんなんて……、なんで言うん? 教師が子どもに謝ったら指導できませんなんて、なんで……? なんで……? なんで……!

 

     と床を両拳でドンドンとはげしく叩く。

 

男3 どないした、シンジ……? おい、シンジ……!

 

     男1、奥に走って消える。

 

男9 イラブ……!

 

     男9と男3、急いであとを追う。

 

女2 ……?

 

     自分の後方にいる男1を確かめる。

 

女2 シンジ……。

 

     もう一度家のほうに目を戻すと、男3が釣竿を手に奥上手から現れる。

 

男3 なにしてん、そんなとこで……。

女2 ……?

男3 おい。

女2 なんでもあらへん……。

男3 ……。(座って釣竿の手入れをはじめる)

女2 ただいま……。

男3 ああ、お帰り……。

女2 いま先生来はってた……?

男3 なんや、先生いうて……。

女2 マツナガ先生、生活指導部の……。

男3 来てへんで。なんで……?

女2 ううん、せやったらええんやけど……。

男3 きょう来るいうてはってん……。

女2 せやないんやけど……。(下手花道の奥に)シンジ、なにしてん。家入らんと、雨降ってくるさかい……。

 

     といって家に上がり、奥上手に去る。

     下手花道から男1が現れる。

 

男3 お帰り……。

男1 うん……。

男3 あしたノブオとハゼ釣り行くんけど、どや……。

男1 ……。

男3 たまには潮風気持ちええで……。

男1 ハゼかわいそうや……。

 

     と言って奥下手に消える。

     女2、奥上手からお茶を用意して現れる。

 

女2 早やかったやないの……。

男3 釣りの用意しとかな思うて……。

女2 ヨットハーバー……?

男3 うん……。

女2 ノブオは……?

男3 上で宿題や。

女2 サトシ、サッカー……?

男3 うん……。

女2 ……。

男3 先生、なんか言うてたか。

女2 ええ。おかあさん、いい兆候です、だいぶ打ち解けて話しするようになりましたいうて……。

男3 ……。(二階にちょっと目をやる)

女2 なに……?

男3 いや、なにも変わらんちゃうかな思うて……。

女2 すこしは明るくなったやないの。

男3 ほかになにか言うてん……?

女2 ええ。でも無意識がまだあんまり呼吸してないようにおもいます言うてはった。

男3 なんや、その……、無意識があんまり呼吸してないいうて……?

女2 説明されてもようわからんのやけど……、人間には無意識いうんがあって、ふつうはそこが動いてるらしいんやけど、シンジのはあんまり動いてないいうことらしいねん……。

男3 うん……。

女2 シンジが元気ないように見えたり、いつもジーッとしてるように見えたりするんも、そのせいなんやて。

男3 それ、病気なん……?

女2 なに……?

男3 無意識いうんが動かんのや。

女2 それはもうすこし様子見ないと言うて……。

男3 様子々々いうてもう一ヶ月やないか。

女2 先生に任せるよりしようがないやないの。

男3 そやけど……。

 

     と、お茶を飲む。

 

女2 おとうさん、知ってる?

男3 なんや……?

女2 警察、裏で友中の生徒にひとりひとり聞いて回ってるらしいん……。

男3 ハルさんに聞いたわ、きのう道端で会うて……。

女2 生徒疑ごうてんのやろか……?

男3 情報ないか聞いてまわってるだけやろ。

女2 せやな。はよ捕まえてほしいわ……、

 

     と、お茶を飲む。

     男1が奥の廊下を下手から上手へと横切る。

 

男3 しかし……。

女2 なに……?

男3 あいつ、なんで学校行かんのやろ。

女2 せやな……。

男3 聞いたことないんか。

女2 あんまり刺激しないようにいうて先生に言われてるさかい……。

男3 なにしてたんやろ、ひとりでタンク山で……。

女2 なに、タンク山でいうて……。

男3 タクトくん殴る前から、シンジ、早引きしてタンク山登ってたらしいねん。

女2 誰に聞いたん、そないなこと……。

男3 誰いうて、マツナガ先生やないか、呼ばれて学校行った日……。

女2 なんで教えてくれんの、おとうさん。

男3 言うたやないか、帰ってきて……。

女2 聞いてへんわ。

男3 言うたで……。

女2 言うてへんて。いまはじめて聞いてん。

男3 そうか……。

女2 せやないの。

男3 言うたおもうてた。ごめん。

女2 ええけど……。

 

     男1が奥の廊下を上手から下手へと横切る。

 

男3 家に帰るとバレて怒られる思うたからやろうけど……。

女2 チカちゃん言うてたんやけど……。

男3 なんや?

女2 チカちゃんも中学のとき不登校してたらしいん。

男3 なんで……?

女2 成績悪うて、だんだん先生に相手にされんようになったさかい……、シンジくんもそやないかないうて……。

男3 勉強できん子は相手にされんてどういうことや。

女2 ……。

男3 どういうことやねん……!

女2 おとうさん、いまの学校、あたしらのころと違うねん……。

男3 それじゃ、ほんま学校圧死やで……。

女2 ……?

 

     男1が奥の廊下をまた下手から上手へと横切るのが目に入ったのだ。

     立って奥へ行き、上手に声をかける。

 

女2 お腹すいたん……?

男1 ……。

女2 せやったら、そこの棚の右にあるさかい……。

 

     と言ってテーブルに戻る。

 

男3 あれ、いくつん時やった……。

女2 なに……?

男3 おれがシンジ怒鳴りつけて殴ったときや、あいつがノブオとサトシいじめてたさかい……。

女2 小三のときや思うけど……。

男3 あん時、あいつ、なんやしらん急にガタガタ震えだして……、前の家の炊事場が見える、団地に帰りたい帰りたいいうて、うわごとみたいに言い出したな……。

女2 せやったな……。

男3 なんであないなこと言い出したんやろ……。

女2 まだ慣れんかったからや思うけど、学校に……。前の社宅からここに引っ越してきて二年ちょっとやったし……。

男3 ほんと見えとったんかな。

女2 なにが……?

男3 炊事場や、社宅の……。

女2 まさか……。

 

     と言ってなにか考えている。

 

男3 なんや……。

女2 なんでもあらへん。

男3 なんや……。

女2 ちょっと……。

男3 ちょっとなんや。

女2 この間、あの子がボソ言うてたん思い出して……。

男3 なに……?

女2 炊事してたら、あの子そばに来てな……、おかあさん、ぼく死んだら泣いてくれるかいうて……。

男3 死んだらいうて……。

女2 せやから……、なに言うてんの、あんたが死んだらおかあさん生きてられへんわ言うたんやけど……。

男3 そしたら?

女2 ありがとういうて……。

男3 それで……?

女2 それだけなんやけど、なんであないなこと言うたんやろ思うて……。

男3 寂しかったんやないか……。

女2 せやな。最近、友だちとも遊んでへんみたいやし……。

 

     奥上手から男1が現われ、付近を歩きはじめる。

     まるで夢遊病者のようである。

 

女1 あんた、なにしてん、さっきから……。

男1 ……。

男3 シンジ……?

女1 シンジ……?

 

     男1、無言のままあたりを歩く。

 

男3 シンジ、おとうさんや。わかるか……。

男1 ……。

男3 おい、シンジ……。

男1 おばあちゃん……?

女2 どしたん、あんた……。

男1 ……。

女2 シンジ?

男1 おばあちゃん、どこ……?

女2 おばあちゃん……?

男1 また本読んでくれるいうから持ってきたんやで……。おばあちゃん、どこ……?

女2 おばあちゃん、死んだやないの……。

男1 おばあちゃん……。

男3 おい、シンジ……。

男1 おばあちゃん……。

男3 シンジ……!

 

     と体を掴み、揺する。

     男1、我に帰ったようである。

 

女2 どしたん……?

男1 うん……。夢見てた……。

男3 夢……?

男1 おばあちゃんが呼んでたんや、シンジいうて……。

女2 なに言うてん。あんた、起きてたやないの。目、開けてたやないの。またイタズラしておかあさん脅かそう思うて……。

男1 ほんまや。人間いうんはな、自分では起きてるつもりでも、知らんうちに……、自分でも気がつかんうちに、スッいうて一瞬眠ってて、夢見てたりすることあるんやて……。おばあちゃん言うてた……。

女2 いつ……?

男1 さっきや、夢ん中で……。

女2 そう。ええから座って一緒にお茶でも飲み……。

 

     と奥上手に去る。男1、テーブルに座る。

 

男3 おまえ、学校どないするん……。

男1 ……。

男3 来年、もう卒業なんやで……。

男1 ……。

男3 いまのままじゃ、上の学校無理ちゃうんか……。

男1 ……。

男3 おとうさんも中学しか出てへんけど、高校だけは出といたほうがええ思うけどな。

男1 うん……。

男3 自衛隊入るとか新聞配達やるとか、道はいろいろあるんやろけど……。

男1 うん……。

男3 ま、人間、最後は人間性や……。

 

     といって釣竿を手に奥上手に去る。

     入れ違いに女1が紅茶を手に現われ、男1の前に置く。

 

女2 まだ熱いさかい。

男1 ……。(飲む)

女2 シンジ。

男1 なに……?

女2 なに言うて……、あんた、熱うないん。

男1 熱いて、なに……?

女2 お茶やないの。

男1 わからへん……。

女2 わからへんいうて、なにが……?

男1 なんでもない……。

 

     男3、奥上手から現われ、座る。

 

男3 おまえも墓参り行ったほうがええんちゃうか。

男1 墓参りいうて……。

男3 ジュンくんや。みんな行ってるみたいやで、マスコミも少のうなってきたさかい……。

女2 せやな。おかあさんと一緒に行こか……。

男1 なんでおれが行かなあかんの……。

女2 なに言うてん、あんたの友だちやったやないの。

男1 おれやない、ノブオのや……。

女2 せやけど、あんたも時々一緒に遊んでたやないの、自転車乗ったり、カメ見せたりして……。

男3 おまえ、あの子殴ったこともあったんやし、もう一度ちゃんと謝っとかんとな。

男1 殴ったことあらへん。

女2 殴ったやないの、六年生のとき……。

男1 あれ、遊んでたらあいつがちょっかい出してきたからやねん。せやから仕返ししてやってん……。

男3 おまえ、いつも仕返しや仕返しいうてるけどな、タクトくんかてなにも言うてなかったんやで、悪口……。

男1 言うたいうはずないやないか、言うたやつが。

男3 ……。

女2 あんた、友だち死んで悲しゅうないん。

男1 友だちやない……。

女2 この街の子なんやで、一緒に遊んだこともある……。

男1 ……。

女2 どして……?

男1 ……。

女2 シンジ。

男1 ……。

女2 そう言えば……、ジュンくん殺されて正門の前で見つかったいうニュース、テレビで見ながら、ノブオもサトシも泣いてんのに……、あんた、フーン言うたきり、黙って二階上がってもうたな。どして……?

男1 ……。

男3 おい……。

男1 人間、いずれ死ぬ……。

男3 ……?

女2 なに……?

男1 生き物いうんはみんな、いずれ死ぬねん。

女2 それはそうやけど……。

男1 泣いてかてしょうがない……。

女2 しょうがないいうて、あんた……。

男1 しょうがないねん……。

男3 しかし、おまえ、おばあちゃん死んだとき泣いとったやないか、みんなと一緒に……。

男1 あん時はまだわからんかってん。

女2 なにが……?

男1 ……。

女2 人間、いつか死ぬんやいうことが……?

男1 ……。

男3 五年生やったんやで……?

男1 人間の命なんて蟻やゴキブリと一緒やねん……。

女2 え……?

男1 ……。

男3 なに……?

女2 シンジ、あんた、いまなに言うたん……。

男1 人間の命なんて蟻やゴキブリと一緒や言うたん……。

女2 (ちょっと笑って)なに言うてん。それ言うんやったら、蟻やゴキブリの命かて人間の命と一緒やでしょ……。

男3 おまえ、そんなこと言うてたらひとに笑われるぞ。

男1 笑うやつがバカや。

男3 バカ……?

男1 おれのほうが正しいねん……。

女2 正しいいうて、なにが……。

男1 せやから人間の命なんて……、あいつの命なんて蟻やゴキブリと一緒やいうことや……。

女2 あいついうて、それ、ジュンくんのこと……?

男1 ……。

男3 ジュンくんの命なんて蟻やゴギブリと一緒や、言うんか……。

男1 あいつだけやない。みんなや。人間の命なんてみんな蟻やゴキブリと一緒やねん。墓参りしたかてしょうがないわ……。

男3 シンジ、おまえ……!

女2 (止めて)あんた、ほんまにそう思うとるん……。

男1 ……。

女2 うそや。冗談や。せやな……? だって、あんた、この間、おばあちぉんの墓参り行きたい、数珠がほしい言うとったやないの……。

男1 おばあちゃんは特別や。

男3 特別いうてなに……?

男1 特別やねん……。

男3 じゃ、なんでさっきあないなこと言うたん、え? ハゼ釣り行くかいうたらハゼかわいそうやいうて、なんで言うたん……。

男1 ……。

女2 せや。そう言うてあんた、おかあさんらからこうてん。せやな? だっていつも、おかあさんが台所でゴキブリ殺してると、あんた……、おかあさん、ゴキブリにもひとつの命があるんやでいうて、抗議してくるやないの。おかあさんが……、わかってるけど食べ物にバイ菌ついたら困る、せやからしょうがないがな言うと、あんた……、でもゴキブリにも命あるいうて、おかあさん困らせるやないの……。

男3 ああやってミドリガメかて飼うとるやないか。

男1 ……。

女2 せや。せやから、あんたかて人間の命大事やいうことわかってるねん。せやな……?

男1 ……。

女2 わかってる……。小さいときから、おとうさんおかあさんいつも教えてきたやないの。シンジ、蟻やゴキブリの命かて人間の命と同じなんやでいうて……。イキモノの命は大事に大事にせんと。人間も蟻もゴキブリもみんなイキモノで……、イキモノいうんはな、みんな一生懸命生きてるんやさかい。蟻やゴキブリかておもろがって潰したりしたらあかんでいうて……。

男1 おかあさんの考え方間違ごうとるわ。

女2 なに、間違ごうとるいうて……?

男1 なんど言うても同じや。人間の命なんて蟻やゴキブリと一緒やねん。おれのほうが正しいねん……。

 

     短い間。

 

女2 あんた、先生にもそう言うたん。

男3 なんや、先生にもて……。

女1 タクトくん殴った翌日、先生に相談しに行ったら、先生……、シンジくん、人間の命かて蟻やゴキブリと一緒や言うてましたいうてん。そん時は……、冗談や思います、あの子、時々変な冗談いうさかい……、いうて先生には言うたんやけど……。

男3 おまえ、タクトくん、ゴキブリや思うてん。ゴキブリや思うて殴ってん?

男1 ……。

男3 シンジ。

男1 ……。

男3 おい……!

女2 おとうさん……。(と止める)

男1 どのくらい殴ったら、あいつ壊れるか思うたんや。

男3 壊れる? 壊れるってなんや。

男1 ……。

男3 なんや男……!

男1 おれには人間が野菜に見える……。

男2 野菜……?

男3 ふざけるな……!(殴ろうとする)

女2 やめて、おとうさん……!(止める)

男3 シンジ……!

女2 おとうさん……。

男1 おとうさんかてそう言うてたやないか……。

男3 なんやて? いつ……? 

男1 ……。

男3 おとうさんがいつそんなこと言うた。

男1 震災で神戸壊れたときや……。

男3 ……?

男1 おばさんの家が倒れて一緒に手伝い行ったら、長田町……、道路やお寺の広間に焼けた死体ぎょうさんあって、おとうさん……、これじゃ人間、野菜と同じやないか言うてたやないか……。

男3 アホ! かわいそやったからやないか、死んだひとが。あんまりかわいそうで……、かわいそうやからそう言うたんやないか。

男1 じゃ、なんでムラヤマはあんなことしたん……。

女2 ムラヤマいうて……、ムラヤマ首相のこと、あん時の……?

男1 スイスから救助隊来たのに、あいつ、入れんかったんやないか、神戸に。すぐ入れとけば死なんかてすんだひと、ぎょうさんいたかもしれんのやで……。

男3 おとうさんかて怒ってるわ、あの人には……。

女2 あんた、作文に……、村山さんがお見舞いにきたら、たとえ死刑になるいうことがわかってても、ぼく何したかわからんいうて書いてたな。

男1 ……。

女2 いまでもそう思うとるん?

男1 ……。

女2 ね、思うとるん……?

男1 あんひとらが……、死んだり、家壊れたりした人らがなにしたいうん。なに悪いことしたいうん。なにもしてへんやないか。なにもしてへん……。なのになんで殺されたり、焼け出されたりせなあかんの。なんでや? なんで……?

女2 ……?

男1 ジュンかてせや。あいつがなにした言うん。なにもしてへん。なにもしてへんのになんで殺されなあかんの。なんであないなことされなあかんの……。

女2 せや、あんたの言うとおりや。シンジの言うとおりやねん……。

男1 ……。

女2 おかあさん、それ聞いて安心した。あんた、やっぱりうちの子や。おとうさんとおかあさんの子やわ……。

 

     と、抱きしめようとすると……、

 

男1 答えはひとつや。ひとつやねん……。

女2 答えいうて、なに……?

男1 作りものやからやねん……。

男3 なにが……?

男1 みんなや、みんな……。この世の中のもん、みんな作りものやからやねん。せやから、なにもしてへんでも……、なにも悪いことしてへんでも壊れるんや……。

女2 なに言うてん……?

男1 ……。

女2 シンジ、あんた何言うてん? おかあさん、あんたの言うてることわからへん。なに言うてるかわからへん。シンジ……?

男1 作りものやねん、おかあさん、ぜんぶ……。これも、これも、これも……、(と傍にあるものを指し)、この家も……。せや、作りものや、ぜんぶ……。ぼくやおかあさんの目に見えるもの……、見えてるもの、ぜんぶ作りものやねん。作りものやから、神戸かて壊れてしもうたんやねん……。

女2 ……?

男3 蟻やゴキブリもか。

男1 ……。

男3 蟻やゴキブリも作りもんいうんか。

男1 せや……。

男3 ジュンくんもタクトくんも……。

男1 せや……。

男3 おとうさんやおかあさんも……。

男1 せや……。

男3 おまえも、おまえの命も……。

男1 せや、作りもんや……。

男3 ぜんぶ……、ぜんぶ、ただの作りものやいうんか……!

男1 せや。せやから壊れてしまうねん。壊してもええねん。しかたないねん……。

男3 (頬を張って)どや、壊れたか。おまえ、いまおとうさんに壊されたか……!

男1 ……。(平然としている)

男3 シンジ……!

女2 おとうさん……!(止める)

男1 ウォーン……!

 

     と、突然、狂ったように吼えはじめる。

     男2が客席後方に現われ、呼応するかのように吼える。

 

男2 ウォーン……!

 

     男3と女2は突然の出来事に茫然となる。

 

男1 ウォーン……!

男2 ウォーン……!

男1 ウォーン……!

男2 ウォーン……!

男1 ウォーン……!

男2 ウォーン……!

 

     男2だけではない、あちこちの暗闇から無数の咆哮が聞こえてくる。

     はげしく雷鳴が轟き、雨が降り始める……、間。

     男1、チカラを使い果たしたかのように、膝を落とす。

吐く息が白い。

     女2、男1に近づき、背後から抱きしめようとするができない。

 

女2 だれ……? あんた、だれ……?

男1 おれや……。

女2 うそ……。

男1 シンジやねん……。

女2 うそ……。(震えている)

男1 ……。

 

     男3、怒ったように下手花道から去る。

     奥の廊下に女1が現われ、母と子を見ている。

     男1、立ち上がり、女1のそばを通り、ゆっくりと奥下手に消える。

     女1、女2に近づき、声をかける。

 

女1 あんた、なんで抱いてあげんの……。

女2 ……。

女1 自分の子なんやで……。

女2 ……。

女1 トシコ……。

女2 怖かったん……。

女1 なにが……?

女2 カッターナイフ突き刺さってんの見えてん……、あの子のからだに……、何本も何本も……。

女1 ……。

女2 あれ、あの子やってん……。

女1 あれいうて、なに……。

女2 小六の時、工作の授業で作った作品……、粘土のかたまりにカミソリの刃いくつも刺した……。

女1 せやな……。

女2 なんで……? うち、一生懸命育てたつもりやったのに……。

女1 おかあさんにもわからへん。わかるんはただ……。

女2 ただ、なに……?

女1 あの子がカメになりたがってるいうことだけや……。

女2 カメに……?

女1 あの子、いつやったか、そう言うてた……。

女2 なんで……?(庭の水槽に目をやる)

女1 海の底帰りたいんやないか、はよ……。

女2 ……?

女1 おまえのお腹の中やないの……。

女2 ……。(水槽に近づいて覗く)

 

     女1、すっと消えていく。

 

女1 おかあさん……?

 

     下手花道から黒い男が現われ、家の前に立つ。

 

女1 ……?

 

     奥上手から男3が現われ、黒い男に近づき、なにか話す。

     それから奥の廊下へ行き、下手奥の二階に声をかける。

 

男3 シンジ……。おい、シンジ……。

 

     二階から男1が下りてくる。

 

男3 あのひとがおまえにちょっと聞きたいことあるんやて……。

男1 うん……。

 

     男1、部屋を降りて、男と一緒に上手花道のほうへと歩く。

 

女2 シンジ、あんた、どこ行くん……。

 

     男1、一瞬立ち止まるが、すぐに黒い男と上手花道へと消える。

 

女2 シンジ……?

 

     と、突然、白い手袋をした黒い男たちがダンボールを手に両花道から次々と

     現れ、土足のまま部屋へ上がり、あちこち乱暴に調べはじめる。

 

女2 ……?

 

     中にはカメラを持った男たちもおり、時々フラッシュを焚いてなにか撮影して

     いる。かれらは登場した町内会のひとたちのようにも見える。

     ひとりの黒い男がなにか入った小瓶を探し出し、男3に差し出す。

 

男3 これ、なんです……?

黒い男 ……。

男3 ネコの舌やいうて……。

 

     突然、なにかを思い出したかのように……、

 

女2 行っちゃだめ、シンジ……、シンジ……!

男3 (止めて)トシコ、ガバメントは死んだんやで! 死んだやないか……!

女1 ……?

男3 しっかりせんと……!

 

     すさまじい雷鳴が轟く。

     その雷鳴がゆっくりと遠くの祭囃子の音に変わっていく。

     黒い男たちの姿も忽然と消えている。

     女1、我に帰り、水槽に目を落とす。

     廃屋には静寂が戻り、月の光が差し込んでいる。

     男4が上手花道から現われ、ボソボソ喋りながら舞台を横切っていく。

 

男4 われわれ労働者は戦うぞお、断固戦うぞお、資本家の横暴は許さないぞお……。労働者のみなさん、友が丘地区の労働者のみなさん……、友が丘三丁目の住民、カワタヨシアキくんが、先月三十一日、工場側に不当解雇されました。わたしたちはあす午前十時より、自治会館においてその抗議集会とデモを行いまあす。ばんたんお繰り合わせのうえご参加ください。ばんたんお繰り合わせのうえ……、いうんはなんか変やな。変や、どっかプチブル的やでえ。な、モモコ……。(と考える)

男3 タケゾウさんや……。

女2 まだ元気しとるんやね……。

男3 うん……。

男4 ま、ええか。細かいこと気にしたらキリあらへん。だいたいでええ。ほんま、人間も人生もな、モモコ、だいたいでちょうどええんやで。いや、だいたいがちょうどええんや。じゃ、ちょっと行ってくるわ……。(急に声を出す)われわれ労働者は戦うぞお。断固、戦うぞお。資本家の横暴は許さないぞお……。友が丘地区の労働者のみなさん、友が丘三丁目の住民、カワタヨシアキくんが、先月三十一日……。

 

     と下手花道の闇に消える。

 

男3 絵、ちゃんと持ったか……。

女2 持った……。

男3 行こう。祭りも終わるころや……。

女2 ガバメントの墓、建ててあげんと……。

男3 せやな。忘れとったわ……。

 

     庭に降りると、男3がペンライトでもう一度部屋を照らしだす。

     やがて明かりを消し、二人は下手花道を去っていく。

     空が曇り、小雨が降りはじめる。

     奥上手からぼんやりと男8が現れる。

 

男8 お兄ちゃん、どこ……? お兄ちゃん……、カメ見に行こう……。

 

     奥下手から男2が現れる。

 

男2 ここにはもうおらんで……。

男8 おらんいうて……。

男2 おらんのや。

男8 どこ行ったん……。

男2 知らんわ。

男8 お兄ちゃん……?

男2 (小さく)ウォーン……。

男8 ……。(男2の背中に目をやる)

男2 ウォーン……。

 

遠くで雷鳴が轟き、雨がすこしはげしくなる。

男2と男8は身じろぎもせず、やがて自ら息をとめる。

 

 

 

引用文献  夢十夜・第四話 夏目漱石 (ちくま文庫)

参考文献 「少年A」この子を生んで…… 少年Aの父母 (文春文庫)

 

 

2007・1120  脱稿 

 

 

上演記録( 1 / 1 )

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新転位・2111回公演

 

僕と僕

 

-神戸児童連続殺傷事件-

 

 作演出 山崎哲

 

日本芸術文化振興会
舞台芸術振興事業

 

 

もし生まれ変われるのなら、ぼくはカメになりたい。

そうすれば、ほかの動物に危害を加えられることがあっても、

自分が危害を加えることはできないから。

つらい思いをせずに暮らしていけるから…。

 

 

壊れてしまった私たちの
家族の<現在>を描く新シリーズ

 

2007年11月23日~25日

シアター・イワト

11月28日-12月3日

中野光座

開演

平日19:00

土曜14:00/19:00

日曜14:00/18:00

料金

日時指定/全席自由

前売2800円

高校生2500円

当日3000円

チケット取扱

チケットぴあ

e+(イー・プラス)


キャスト

石川真希

久保井研

ヒザイミズキ

岩川藍

杉祐三

村山好文

おかのみか

伊藤悦子

大畑早苗

神谷由紀子

澤頭直美

小畑明

吉田男爵

日下義浩

永岡沙江

松井亜紗美

田邉理恵

藤原弘司

三浦秀典

神戸誠治

岩崎智紀

辻孝彦

ほか

佐野史郎

 

スタッフ

舞台美術

濃野壮一

光デザイン

海藤春樹

オペレーター

渡邉裕来子

岩崎智紀

音楽

半田充

大畑早苗

衣装

蟹江杏

川上羽衣

宣伝美術

蟹江杏

宣伝デザイン

菅由貴子

印刷

㈱毎日新聞東京センター

舞台監督

村山好文

制作

新転位・21

伊藤悦子

おかのみか

 

協力

唐組

吉本昇

龍前照明

浅山周

中島望美

新転位・21演劇学校6期生

 

 

 

ポスター

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チラシ

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ハガキ

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チケット

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山崎哲
僕と僕-神戸児童連続殺傷事件-
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