大きな水槽で小さな熱帯魚がゆらゆらと泳いでいる。
高層階の大きな窓がある一室で、リクライニングチェアに男が横たわっている。
男の頭には黒いヘッドセットと、腕にいくつかの電極が装着されている。
ヘッドセットの下の眉間には皺がより、汗がにじんでいる。
傍らに白衣を着た女性が二人立っていて、男を見ながら話している。
「先生、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫よ。」
「やはり早かったのでは・・・」
「そんなことはないわ。それに本人も企業サイドも望んだことよ。」
労働者保護の法改正により、メンタルヘルス関連での退職者を出した企業には
多大な罰金が科せられるようになった。
企業は、世論によるバッシングも含めてそれらの回避策を講じることが迫られた。
その最終手段として、メンタルリカバリーと呼ばれる療法が臨床段階に入っていた。
精神科の従来の療法に加え、脳の記憶領域に直接アプローチし、
対象者の楽しかった記憶や成功体験を追体験させたうえで、有用感や自信を
取り戻させるのだ。だが、無意識下で記憶操作する点や、廃人になる危険性もあり、
倫理的な観点で認可はまだ下りていなかった。
「何をどうイメージするかは本人次第だわ。
私たちはそれにスパイスを振りかけ、定着させるだけよ。」
「それって虚構にはならないのでしょうか?」
「では、あなたの記憶が全て歪曲や消去されずに残っていると言い切れる?」
「・・・・・」
「人は自分自身で都合良く記憶を定着させているものよ。
私たちはクライアントのニーズに応えるだけでいいの。」
「企業やこの人が失いたくないものって何なんでしょうね。」
その時、男の指先がわずかに動き、つないでいた機器からあのメロディが流れてきた。