宇治の橋姫

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【衛門の督、姫君の乳母と談判する事】

野分は二日続いた。衛門の督はすぐにでも宇治に駆けつけたかったのであるが、彼の任務は宮城の門を警備する衛門府の長であり、暴風雨で壊れてしまった箇所の復旧と整備に忙殺され、結局、霧姫の逝去から七日後にようやく宇治を訪れることができた。

予想はしていたが、庭の遣り水が泥でせき止められており、衛門の督が着いたときは泥をかき出す作業の最中であった。その種の作業をする男性がここの邸にいたのか、と衛門の督は安堵すると同時に、若干の不思議さも感じた。そのような雇い人を抱える力が霧姫にあったのかと。

 

彼は乳母と文を往復させていたので、すでに霧姫が荼毘に付されたことも承知していた。冷涼の頃とはいえ、遺体を長く放置できないのは至極当然で、野分のために足止めされたことが悔やまれる。そんな彼を、喪服を召した霧姫の乳母の少納言が迎えた。

 

少納言は、乳母とはいっても、まだ四十初めくらいで、年相応に白髪はあるが、声も動作も張りがあってきびきびとしていた。しかしこの日は、主の死と言う大事で疲労していたのであろう、目の下におびただしい隈ができていて、それを化粧で隠す知恵も出てこなかったところが、悲哀を増していた。衛門の督が弔問が遅れたことを詫びてひれ伏すと、少納言は、弱々しい声で答えた。

「衛門の督様、お待ち申し上げておりました。遠いところをまことに恐縮でござります。ようお越しくださいました。このような悲しいことになろうとは、この老女も姫様のお後を追いたいほどでございます」

 

「あなたが空しくなってしまっては、姫の後世を弔う者がいなくなりますぞ。そのことを何とぞお忘れなきよう……ところで、私は一つ、非常に心残りなことがございます。前から気になっていたことでございました」衛門の督は、ここで心持ち間を置き、少納言をひたと見た。

「私と姫君とは、この夏の賀茂の祭りにて近づきになったのですが、それ以来、霧姫との間柄は、まさに玄宗皇帝と楊貴妃とのなからいの如くで、愛する女性と過ごす安らぎを妻と持てなかった私は、これほどの幸せが又とあろうか、な
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深良マユミ
作家:深良マユミ
宇治の橋姫
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