宇治の橋姫

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った。関白は、上の姫君を入内させるものと思っていたゆえな。年上の后など珍しいものではない……しかし、これは、そなたの将来にとっては良いことかもしれぬ。関白の婿殿になるわけであるから。何分にも私は老い先短い。政を司るには、本当は荷が重いのだ。そなたが一人前になるまではお勤めしなくては、と思っているが」

衛門の督より十六歳離れた兄は、皮肉っぽい口調で言った。「関白はそなたを、婿として飾り立てるであろうが、昇進はさせまいよ。体の良い人質じゃな。世の中、思うようには行かぬものよ。それにしてもそなたは、つまらない女性を妻にはできないと申して、強情にも独り身を長く保っていたのであったが、それが思わぬ形で成就したものだ」衛門の督は、自分は強情なのではなく、よく知らない女性と家庭を持つのが不安を覚える性質なのだ、と一応は反駁したが、二人の耳には届いたかどうか。

 

かくして始まった、関白の姫君との結婚生活であったが、やはりというべきか、打ち解けた間柄とはなり得ないものであった。蓉姫は美しかったし、上品で穏やかで賢かったが、その一見完璧な物腰に、何か冷たいものがほの見えて、衛門の督の頬をこわばらせた。最初は、それが蓉姫の性格によるものか、自分に落ち度があるのかと、衛門の督はかなり悩んだが、結婚して一年後にやっと理解した。

 

蓉姫は、自分は宮中で帝の后となり、周囲にあがめられていたはずなのに、それが「衛門の督」風情の夫人になったことを、いたく腹立たしく思っていたのだった。衛門の督からすれば逆恨みもいいところであった。決めたのは、蓉姫の父関白なのだから。

かくして、「名門同士が結びついて結構なご縁だ」と宮中の人が皆話題にした婚儀は、その成立から間違っていたことが、当人同士にだけは分かっていたのであった。

【衛門の督、姫君の乳母と談判する事】

野分は二日続いた。衛門の督はすぐにでも宇治に駆けつけたかったのであるが、彼の任務は宮城の門を警備する衛門府の長であり、暴風雨で壊れてしまった箇所の復旧と整備に忙殺され、結局、霧姫の逝去から七日後にようやく宇治を訪れることができた。

予想はしていたが、庭の遣り水が泥でせき止められており、衛門の督が着いたときは泥をかき出す作業の最中であった。その種の作業をする男性がここの邸にいたのか、と衛門の督は安堵すると同時に、若干の不思議さも感じた。そのような雇い人を抱える力が霧姫にあったのかと。

 

彼は乳母と文を往復させていたので、すでに霧姫が荼毘に付されたことも承知していた。冷涼の頃とはいえ、遺体を長く放置できないのは至極当然で、野分のために足止めされたことが悔やまれる。そんな彼を、喪服を召した霧姫の乳母の少納言が迎えた。

 

少納言は、乳母とはいっても、まだ四十初めくらいで、年相応に白髪はあるが、声も動作も張りがあってきびきびとしていた。しかしこの日は、主の死と言う大事で疲労していたのであろう、目の下におびただしい隈ができていて、それを化粧で隠す知恵も出てこなかったところが、悲哀を増していた。衛門の督が弔問が遅れたことを詫びてひれ伏すと、少納言は、弱々しい声で答えた。

「衛門の督様、お待ち申し上げておりました。遠いところをまことに恐縮でござります。ようお越しくださいました。このような悲しいことになろうとは、この老女も姫様のお後を追いたいほどでございます」

 

「あなたが空しくなってしまっては、姫の後世を弔う者がいなくなりますぞ。そのことを何とぞお忘れなきよう……ところで、私は一つ、非常に心残りなことがございます。前から気になっていたことでございました」衛門の督は、ここで心持ち間を置き、少納言をひたと見た。

「私と姫君とは、この夏の賀茂の祭りにて近づきになったのですが、それ以来、霧姫との間柄は、まさに玄宗皇帝と楊貴妃とのなからいの如くで、愛する女性と過ごす安らぎを妻と持てなかった私は、これほどの幸せが又とあろうか、な
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深良マユミ
作家:深良マユミ
宇治の橋姫
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