比丘尼少女と悪夢と電妄

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プロローグ( 1 / 3 )

比丘尼少女と悪夢と電妄






 悪夢を見る少女



 悲痛な叫び声。うねりを上げる無数の重機。

 揺れ続ける地面。空を黒く覆うつちぼこり

 甲高い叫び声は時折、地面の下から響く、低いうめき声に変わる。

 遠くから、カラスの鳴きわす声。

「いっしょに」

 不気味な音の渦に、少女の優しい声が混じった。

 目の前に、たくさんの赤い何かが、横に斜めに飛び散る。

 真っ赤な水のスプリンクラー。暗闇の中で、赤い水が光る。

 赤い池の中から、男が現れた。

 あばら骨が浮き上がった細く白い体。頭の真ん中は禿げ上がり、左右に耳を隠す長い白髪。

 男は赤い池の中で溺れているのか。 

 よく見ると、肌が灰色の二人の男が、左右の腕をそれぞれ一本ずつ持って、引っ張り回していた。腕がちぎれかかって、血が噴き出していた。両足は無かった。

 赤い池は、真ん中に居る男の体から吹き出た血で出来ていた。

 あたりに真っ黒い煙が沸き出した。煙は三人を取り囲み、辺りは強いおうの匂いに覆われた。

 大きな木が倒れるような音。

 青色の皮膚の、でっぷりと肥えた巨体が、三人に近づいた。木の倒れる音は、巨体が地面を踏みしめる音だった。巨体は、血の滴る斧を細身の男に振り下ろした。

 怖くなり、思わず目をそらした。

 と、すぐ横に、苦い息を吐く赤色の顔があった。幼い子供の笑顔に、二十頭身の体。細長いまぐろ包丁の先を、木製の机にのせた白い何かに向けた。

 白い何か。若い女の顔だった。その目が、私の方を見た。

「一緒に探して」


 あおよりは目を覚ました。

 嫌な夢を見たのは、これでもう四日目。ゴールデンウィーク中、毎晩見ていたことになる。今日からまた学校が始まるというのに。

 ちゃんと眠れた気がしなかった。けだるさを無理やり追い払うために、うーんと言いながら、腕を上げて伸びをした。

 勘弁してよ。

 二日連続で悪夢を見た時、自分はもう普通に寝ることができないんじゃないか、と心配した。悪夢を見ないよう、怖い動画を見るのをやめた。友達とのメールのやりとりでも、不吉な言葉を避けた。

 夜が来て、寝る時間になると、昨晩の悪夢のことをなるべく考えないようにした。明るいファンタジー映画を見たり、小さい頃からなじんでいた小説を読んだりした。すると、いつの間にか気がゆるんで、眠ってしまった。

 眠ると、さっき見たような悪夢を見た。それが、四日連続。

「心にやましいことがあると、怖い夢を見るんだよ」

 じいちゃんの言葉を思い出した。やましいこと……心当たりがあった。

 あの事件は、私がちゃんとしていなかったから起きた。

 なかじょうさんは、今日は学校に来るだろうか。


 今日は、ようちゃんと放課後に「かつまわり」をする日だ。陽子ちゃんとのヘンなおしゃべりを楽しみながら、一年生のふりをして、色々な部活動の様子を見て回る日。

 でも、中城さんがもし登校拒否を起こしてしまっていたら、のんきに「部活回り」なんて出来るかどうか。学級委員として、何かをしなくちゃいけないだろう。

 中城さんの家に行ってほしい、なんてあの新米先生に頼まれたら……。

 立場上断わりづらい。ああ、めんどくさい。



 屋上の少女



 きょうのぶは、つんのめりながら階段を駆け上った。

 息が弾み、耳の中で血管が強く脈打った。象牙色のまっさらな階段が、目の前にかすんで見えた。スカートのせいで、膝がうまく上がらないのがもどかしい。あと一階分のぼりきれば、屋上に続く扉が見えるのに。


 その時、教室内はざわついていた。一人の生徒が教室を飛び出していった。

 呆然とする桔梗信子の耳には、壁掛け時計の長針が進む音が聞こえていた。

 ざわつきは大きくなるばかりだった。

 どうしよう。教室内をなだめるより先に、飛び出したあの子を呼び止めなければ。ようやく決心がついて、校庭に向かったものの、中城の姿はなかった。

 校門をもう出てしまった?

 いや、早すぎる。

 ……まさか……。

 嫌な予感に胸を締めつけられた。

 あわてて屋上に向かった。階段を駆け上がろうとして、足がもつれて派手に転んだ。頭が手すりに思いきりぶつかった。痛みに気を割いている場合じゃないと、夢中で駆け上がり続け、ようやく四階の踊り場を通り過ぎ、銀色の扉に飛びついた。

 ぎいいいい。きしんだ音を立てて、扉が開いた。

 空には、灰色の雲が重く垂れ込めていた。視界の左端、緑色のフェンスのすぐ近くに、紺色のブレザーが見えた。両腕を上に伸ばし、フェンスに手をかけたまま、じっと動かない少女。

なかじょうさん」

 桔梗が叫んでも、少女は反応しなかった。足下には、上履きがきちんと置かれていた。

 昔の友達の姿が頭をよぎった。肺が重くなった。

 落ち着かなければ。こういう時こそ。桔梗は息を整えて、静かに少女に近づいた。

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作家:道 生之 著/オレンジ君 画
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