親子丼

「における。」での電子書籍作成の試験運用として、以前作成した三題噺を公開します。
内容は面白くないかもしれませんが、このような形で電子書籍化できるということが伝われば幸いです。
「あっ……」
 から揚げにマヨネーズがかけられている。
 目の前に座っている彼は、マヨネーズの容器を絞っている。マヨネーズがから揚げたちの上を行ったり来たりする。から揚げが少しずつマヨネーズの餌食になっていく。これは許されない行為だ。
 百歩譲ってレモンは許そう。レモンの酸味と果物らしい香りが加わったところで、から揚げの本質は揺るがない。しかし、マヨネーズは違う。から揚げにマヨネーズをかけてしまうとそれはもうから揚げではない。マヨネーズ味の何かだ。僕はから揚げが食べたかったのに、なぜマヨネーズを食べなければならないんだ。
 だが、いまならまだ間に合う。まだ被害は少ない。いま声を荒げれば少なくとも半分のから揚げはマヨネーズの影響を受けない。
 僕はその不満を彼にぶつけようとしたが、ふと考える。今はダメだ。
マヨネーズはもうかかってしまっている。今さら言ってもどうすることもできない。もしここで僕が彼の行いを非難すると、場の雰囲気が悪くなってしまうことは確実だ。彼と二人きりならまだいいかもしれないが、生憎と今日は飲み会だ。ほどほどに盛り上がってきたころなので、雰囲気が悪くなることは避けたい。
だが、僕はから揚げが食べたいのだ。後からマヨネーズを取り除くか? いや、そうしたところでやはりから揚げはマヨネーズによって変容してしまっている。それに何より、対面に座っている彼はきっと僕の行いに気づくだろう。そうなっては意味が無い。彼がマヨネーズの入った容器を手にした時点で手遅れだったのだ。
「どうしたんだ?」
 僕があれこれと考えていると、彼の方から声をかけてきた。
「さっきから、何も食べてないじゃないか」
 気がつくと、彼はマヨネーズをかけ終えていた。
 どうやら、僕はから揚げのことで頭がいっぱいになっていたようだ。から揚げ以外にも料理はあるのに、僕はそのどれにも手をつけずにいた。彼は、そんな僕を気遣ってくれたのだ。意外なことに、彼は意外と気の利く人物だったようだ。
だが、少しでも気が利く人間なら、なぜあのような行いをしたのだろうか。僕はそのことが気になった。
から揚げのことはもういい。そんなことで機嫌を損ねたりはしない。手遅れだと悟った時点で、から揚げを食べることは諦めていた。から揚げはいつでも食べれる。
「なぁ、お前ってマヨネーズ好きなのか?」
 僕は純粋な興味から、彼にきいてみることにした。
「マヨネーズ? いや、別に普通だけど……それがどうかした?」
 返ってきた答えは意外だった。マヨネーズが大好きで、なんにでもかけて食べるんだ、というような答えを予想していただけに、より疑念は深まる。では、なぜから揚げに? 特に好きでもないものをなぜかけようとする。そんなのはマヨネーズ好きに任せておけばいいだろうに。マヨネーズのかかってしまったから揚げを見つめても答えは得られなかった。
ふと彼の方を見ると、彼はなぜそんな質問をされたのか分からない、という風だった。
しまった!
僕は重大なミスをしたことに気づいた。同時に、これは僕にとって最悪の事態だ。
彼はきっと、なぜマヨネーズの話題になったのか考えるだろう。その答えはすぐにでる。目の前にあるからだ。そして、僕の質問の意味に気づく。そして、きっと僕がマヨネーズをかけられたのを不快に思っていると推測する。いや、実際そうなのだが。
つまり、このままでは僕は彼に自分の不快感を伝えるために意地悪な質問をしたのだと思われてしまう。そんな気はこれっぽっちも無かったのに。そして場の空気が悪くなる。最悪の事態だ。それを回避するためにマヨネーズがから揚げの上を蹂躙していく様を見届けることしかしなかったのに。
食べるしかない。彼が僕の質問の意図を勘違いするよりも前に。
僕は今まで使っていなかった箸を手に取った。急いで割る。変な割れ方をしたが気にしている場合ではない。
そして、から揚げを掴んで口の中に放り込んだ。あまりにも慌てていたため、マヨネーズが足元に落ちてしまった。しかし、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
 あぁ、なんということだろう。やはりこれはマヨネーズだ。僕はもうこれらをから揚げと呼ぶことはやめにする。これは紛うことなきマヨネーズなのだ。
 しかし、これで事態が好転したはずだ。もう誰も僕の事をマヨネーズ否定派の人間だと思ったりはしないだろう。僕はから揚げにマヨネーズをかけるのが嫌いだが、それはまずいからではない。単にマヨネーズの味しかしなくなるから嫌いなのだ。だからマヨネーズを食べることには躊躇いがない。
「じゃあ、なんでマヨネーズをかけるんだい?」
 口に残るマヨネーズの味。今日は食べたくなかったのに。
 もう引くことはできない。彼がなぜマヨネーズをかけたのか、それが分からないと僕がマヨネーズを食べたことが無駄になってしまう。
 彼はいったいどのような答えを返すのだろうか。
「だって、面白いじゃないですか」
「面白い?」
 返ってきた答えはよく分からないものだった。
 何が面白いのだろうか? ひょっとして、オムライスやケーキの上にソースで絵を描いたりするあれだろうか。何もから揚げでしなくてもいいじゃないか。
「ほら、マヨネーズの原料って卵じゃないですか」
 またよく分からないことを言う。確かに、マヨネーズには卵が使われている。けれど、それとから揚げの関係がわからない。
「原料が卵だからから揚げにかけたのかい? でもどうして」
「だって、親子丼みたいでしょう?」
あぁ、なるほど。
 つまり、彼なりの面白さがそこにはあったわけだ。
 だけど、それならなおさら確認して欲しかった。
「僕のは他人丼だけどね」
そんな理由だったら途中で止めてもよかったのかな。
そう思いながら、僕は自分の靴に視線を移した。

における。
作家:ikuta
親子丼
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