柚子さんの味噌汁

 家に帰ると、リビングには明かりがついていた。姉が眉間に皺よせながら視線を散らした。柚子さんは自室に戻ったのか、もういなかった。

俺は冷蔵庫に、自転車の鍵を引っかけた。コンロには、小さい鍋が一個残っていた。「二日酔い予防には大根みそ汁!」っと柚子さんの字で書いてあった。

 二階の自室に戻ろうとする俺を、姉が「あんたも飲むの」っと言って引きとめた。姉は俺と自分の分のみそ汁をちゃわんによそった。

 仕方ないので、俺も付き合うことにした。姉と一緒に御飯を食べるなんて久しぶりだ。姉はちゃわんを、俺と姉が丁度向き合う形で置き、椅子に座った。

「姉ちゃん、そこ俺の席――」

「何よ、二人しかいないのに肩並べて食べたいの?」

 別にそれ以上文句は出なかったので、俺も椅子に座った。柚子さんが来るまでずっと使っていた椅子だ。かつての自分の場所はなんだか体にしっくりときた。

 俺は真正面に座る姉の顔をじっと観察した。眉間にすごいシワがよっている顔が、みそ汁から俺へと向けられた。

「……何、じろじろ見て」

「いや、なんか姉ちゃんが目の前に座ってるなって」

「嫌味ぃ?」

「事実じゃんか」

俺はみそ汁を飲んだ。

 姉も不満気な顔をしながら、みそ汁を飲んだ。ふぅっと姉が短い息を吐いた。気が抜けて、体の内側からぽろっと出てしまったようなそんな声。俺は姉の顔をこっそりとのぞき見た。その顔はさっきよりもずっと緩んでいた。口ではなんと言ってようと、姉の態度はなんとも素直なのだ。

 俺は視線を姉の隣へと向けた。何時かその場所から柚子さんにもこの顔を見せてあげたいものだ。そしてあの夢の様に、家族四人でこのテーブルを囲みながら、普通の食事をしてみたい。あの景色をちゃんと見てみたい。そしたら多分、今度は違和感ではなく、もっと違う何かを感じられるかもしれない。

 確かに柚子さんのみそ汁は、姉が作る母さんの味とは全然違う。味噌も、具も。だけど、これはこれで、いい。だってこれも、新しい我が家の味なのだから。そう感じた土曜の午前一時だった。

                       

 

          

白田まこ
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