背中あわせ

「で、それどうするの?」
明の部屋で、携帯を指差し明は尋ねた。今日はあれからばたばたしてゆっくり一緒にいる時間が持てず、結局百合が明の家に来るまで今後のことを話せずにいたのだ。
少し恐々と聞いた明に百合はさっぱりと言った。
「どうもしないわよ?」
「そうなの?」
「今日ので気は晴れたし、晴海の株を落としても面白くも何ともないし。憧れてきゃあきゃあ言ってる子達の憧れをわざわざ壊すこともないでしょ」
「そっか」
もめ事を避けたい明としては大賛成だ。
「それにしても、してやりがいのない相手だったね」
百合が肩を落とす。「え?」と聞き返す明に百合は言い放った。
「あそこで携帯取り上げて真っ二つに割るくらいの根性があれば、遠慮なく盛大に意地悪できたのに」
女の子って怖い……。それとも怖いのは百合だからか?と内心びくつきながら明は疑問点を上げる。
「でもあの場で携帯壊されてたら録音したのも消えちゃわない?」
「大丈夫、想定内。SDカードにデータ移してから晴海に聞かせたから」
ますます怖い。
百合には逆らわないようにしよう……と明が密かに決めた横で、百合が座り直した。放り出していた足を正座にして、膝に両手をついて明の方を見ている。
「どうしたの?」
首を傾げる明に、真っ赤な顔で百合が言った。
「全然関係ない話なんだけど」
「うん」
「晴海のことで喧嘩、したじゃない?その時にばれたかもしれないんだけど……
「うん」
百合はいつから晴海と呼び捨てにするようになったのだろう、などと余計なことを考えていた明に、衝撃の一言。
「好き」
「へ?」
間抜けな返事アゲイン。
「私、明のこと、好きなの。気づいてた?」
……へ?え、あ、あの……
「できれば付き合いたいなぁとか思っているのですがどうでしょう」
気持ちを打ち明けてさっぱりしてしまったのか、落ち着いた口調で尋ねてくる。一方明と言えば脳内はパニック、顔は真っ赤、手は無意味にうろうろする。さっき百合には逆らわないと決めたばかりだし……などとズレたことまで考え始める始末。
その反応を見て百合はダメ押しのように視線で明の目をとらえた。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃ、ない……
しどろもどろに答えた明に、百合はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
それを見て、明はやっと腑に落ちた。なんだ、俺、百合が好きだったのか。だから晴海の話題に不愉快になったりしていたんだな。
照れ臭く、でも嬉しく思っていた明に百合は言った。
「じゃ、そういうことで。さ、勉強始めよ」
「え!?今から?」
切り替えが早すぎる。
「だってその為にここまで来てるのよ。さ、早くプリント出して」
「ハイ……
結局逆らえずプリントを用意しながら明は思った。
今まで、お互いが見えていなかったのかもしれない。俺は自分の気持ちに気づかなかったし、百合も気持ちを隠していた。側にいたのに、背中あわせになっていたんだ、きっと。でもこれからは向かい合わせで、一緒にいよう。
やっと正負の掛け算まで到達したプリントを広げながら、明は緩みそうになる口元を引き締めた。

高谷実里
作家:高谷実里
背中あわせ
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