恋愛色

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緑( 1 / 1 )

しばし完熟を待て


 あたしは某大手企業グループ総帥の一人娘。
 パパは心配性だから、あたしの学校の送り迎えにハイヤーを付けている。運転手は3人いて、みんなあたしのお気に入り。それぞれタイプのことなるイケメンなの。
 その中でも特に、あたしがお気に入りなのは、最近入って来た新入りさん。
 他のみんなは、黒髪で髭もきちんと剃っているんだけど、彼だけは違うの。茶髪で口ひげを生やしているの。
 最初はね、パパはそれに怒っていたわ。あたしも髭が生えたおじさんなんて嫌だったんだけど、でもね、でもね。彼は茶髪だけど、短く切っててとっても爽やかだし、口ひげもとってもお洒落なの! 他の人に比べてちゃらい格好だったのに、彼は爽やかでとっても格好よかったの!
 パパは、彼の格好に怒って、彼をクビにしようとしてたの。だからね、あたしはパパに頼んだの。彼をクビになんかしないで! って。パパはあたしに甘いから、すぐに納得してくれたわ。
 そしてね、それを見ていた彼は、なんだか猫みたいににやっと笑って、
「ありがとうございます、お嬢様」
 って言ってくれたの。とってもいい声で。
 あの最初の日以来、あたしは彼に夢中なの。

 彼は主に、学校への送り迎えを担当してくれているの。だからあたし、最近、月曜日が楽しみ。毎日学校でもいいのになー。
 それから、彼はいっつも煙草を吸う。パパは煙草が嫌いだから、あたしの送り迎えの時にこっそりと。
 それを見るのが好き。あたしだけの秘密っていう感じがして。
 そして、彼の他にそんな人いないの。他の運転手達は、おしゃべりはしてくれるけれども、まっすぐ家に送ってくれるだけ。つまらないわ。
 オンナってちょっと不良ぐらいの子が好きなのよねー。

 今日も外で煙草を吸う彼を、車の中から見つめる。コンビニの前、喫煙所で。
 ああ、男の人が煙草を吸う姿って、どうしてこんなに魅力的なのかしら!
「ねえ、好きなんだけど」
 耐えられなくて、少しだけ窓をあけると、そう告げた。
 彼は一瞬だけびっくりしたような顔をしたけど、またすぐに猫みたいに笑った。その笑い方が、とってもキュートで、ホント大好き!
「ありがとうございます、お嬢様」
「……それだけ?」
 あたしが子供だからって馬鹿にしてるんじゃないの?
 そう思って睨みつけたら
「でも、私はいま仕事中ですので。勤務中は職務に専念する義務があるんです」
 そうして、煙草を捨てると、車に近づく。
 あたしに窓をもう少し開けるように告げる。素直にしたがった。
「だから、お嬢様のことを、そういう目でみたら、職務に専念できなくなってしまうので。そうすると、債務の本旨に従った履行がないってことで、給料もらえない恐れがあるので、申し訳ありません。もしも私がクビになって、気がかわらなかったらその時はお願いします」
 よくわからないけど、そういっていつもより優しく微笑むと、窓越しにあたしの頭を撫でた。
 いつもの白い手袋を付けていない、大きくてあたたかい手が直接あたしの頭を撫でた。
 子供扱いされている気がしたけど、子供だからってふるんじゃなくて、何言ってるかよくわからなかったけどちゃんと理由を言ってくれた。本当、言ってる意味全然わからなかったけど。
 そういうところ、好き。子ども扱いしても、決して子どもを理由にしないところ。
「……まあ、今日のところはこんなもんでいいわ! でも」
 本当はもっと頭を撫でていて欲しかったけど、その手を払いのけ、
「あと数年もしたら、あなた、後悔するわよ! とびっきりのいい女になっているんだから、あたし。ああ、あの時につばつけとばよかったなぁなんて、後悔したって遅いんだからねっ!」
 あたしがいうと、彼はちょっと驚いたような顔をしたあと、また猫みたいに笑う。
「楽しみにしています」
 そういってもう一度あたしの頭を撫でる。パパのとは違う、少し骨っぽい手。煙草の匂い。
 その手はそのまま下におり、一瞬あたしの頬に触れた。と、思ったら視界に影が落ち、彼がかがむ。
 一瞬、額に唇が触れた、ような気がした。
 思わず、ドアから離れる。
 何いまの、何いまの!
 彼はやっぱり猫みたいに一度笑う。
 それから、
「さて、帰りましょう、お嬢様。今日はヴァイオリンのお稽古の日でしたっけ」
 飄々と言い、運転席へと戻る。白い手袋を付けるとハンドルを握る。

 彼がなんでもないように振る舞うから、なんだかとっても恥ずかしくて、悔しくて、本当はなんだか泣きそうだったのに、なんでもないようなフリをした。ランドセルを横に置き、つんっと澄まして窓の外を見ていたわ。
 あたしがこんなにドキドキしているのに、普通に運転しているなんてとってもむかつく。
 ああもう、本当に、絶対、後悔させてやるんだから。
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