対馬の闇Ⅳ

              現金輸送

 

 108日(火)午後850分、カツラ、眼鏡、ひげで変装した岸は、梅屋ホテル近くのマンションを出た。パンのポエム近くの道路沿いに立っていると約束の9時ちょうどにスモークがかかった黒いロールスロイスが目の前に泊まった。彼が後部座席に乗り込むと国道382を北上し、県道182に入ると鰐浦方面に走り続けた。港沿いを北上した車は、洋風の館の大きな門が開くと中へと進んだ。そして、車はビーナスを中心としたロータリを時計回りに旋回し、正面玄関で止まった。車が停まると執事が素早くドアを開け挨拶した。「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました」彼は、20畳ほどあるリビングに案内されるとしばらく待たされた。ドアが開くとシュー社長の姿が現れた。シュー社長が丸テーブルの正面に腰掛けるとニコッと笑顔を作りあいさつした。「お元気そうで、何よりです。心配事でもおありですか?顔が固まっておられますよ」

 

 岸は、奇数月に一回、この館にやってきていた。だが、今日は突然の呼び出しだった。何か、自分に落ち度があったのではないかと内心ビクビクしていた。万が一、落ち度がったら、出口と同じ運命。あごを震わせしどろもどろで返事した。「いや。突然のお呼び出しだったもので。失礼いたしました」シュー社長は、しばらく黙っていた。静かにドアを開けた執事がコーヒーを運んできた。香ばしい香りのブルマンをテーブルにそっと置いた。「いい香りじゃないか。最高級のブルマンだぞ。11万だ。日本で飲めるようなコーヒーじゃない。さあ」岸は、震える手でコーヒーカップをつかんだ。ガタガタと音を立ててしまった。ア、と声を出してしまったが、とにかく一口すすった。ほんの少し、気持ちが落ち着いた。固まった顔に笑顔を作り返事した。「最上級の香りと味です。今日は、特別に、お招きいただき、光栄に思っております」

 

 どうにか言葉を発したが、どんなことを言われるのだろうかと思うと震えが止まらなかった。しばらく俯いているとシュー社長が、静かに話し始めた。「今日お呼び出ししたのは、ちょっとお願いがありましてな」岸は、お願いと聞いて顔が真っ青になった。当然、お願いは、無理難題に決まっているからだ。岸は、恐る恐るそのお願いとやらを聞いた。「どのような?」シュー社長は、ブルマンの香りを嗅ぐとやさしそうな表情を作った。コーヒーカップを置くと話し始めた。「そう、大したことではない。現金を運んでもらいたい。ちょっと、庭を買いたくなってな。まあ、5億ほど、神戸まで、運んでほしい。クロネコヤマトじゃ、不安だし、お宅に、お願いするのが、もっとも、安全ですからな。お願いしてもよろしいかな」

 

 

 5億となれば、スーツケース5個。誰に運ばせればいいか?万が一、事故って警察に調べられたりしたら、一巻の終わりだ。だからといって、断るわけにはいかない。麻薬の次は、現金。いったい、俺たちを何だと思ってるんだ、と心で叫んだが、すでに多額の報酬を受け取った手前、笑顔で承諾する以外なかった。「はい。快くお受けいたします。ご準備いただければ、いつでも、お運びいたします」ニコッと笑顔を作ったシュー社長は、軽やかな声で返事した。「そうか。それは助かる。手違いということは、許されんぞ。まあ、わかってると思うが。まあ、君たちの仕事に落ち度は一度もない。ああ~、まあ、こちらに、ちょっとした落ち度はあったがな。でも、キリストのご加護に救われた」ワハハ~~とシュー社長は、笑い声をあげた。岸は、ちょっとした落ち度とは、出口巡査長のことだ、と直感できた。おそらく、彼の死は、奴らの仕業とにらんでいたが、キリストのご加護、とはどういう意味だろうとちょっと気になった。

 

 シュー社長は、話を付け加えた。「現金と車の手配は、こちらでやる。ご希望の車があれば、言ってくれ。どんな車でも用意する。日程が決まり次第、追って連絡するが、来月運んでほしい。無事に届けてくれることを願う。よろしいか」真剣なまなざしになった岸は、うなずき返事した。「かしこまりました。こちらも、早速、打ち合わせを行い、待機いたします。お任せください」シュー社長は、大きくうなずき執事を呼んだ。用件を聞いた執事は、部屋を出ていった。マジな顔つきのシュー社長は、岸に話しかけた。「今、ハン会長がお見えになる。岸さんにお会いしたいそうだ」中国マフィアの大親分の名を聞いて、少し緊張したが、かねがね、一度会ってみたいと思っていた。残虐極まりない北京大学卒の秀才という噂だった。岸は、しばらく待たされた。静かにドアが開くと背の高い、面長で白髪の老人が入ってきた。年齢は、70歳前後に見えたが、もっと年をいっているようにも思えた。

 

 丸テーブルの東側に腰掛けたハン会長は、けだるそうな表情で話し始めた。「ちょっと、対馬によってみた。シューが別荘を建てたというもんだから。まずまずだな。ここは、目立たなくてよい。今後、役に立つ。君が、岸か?」岸は、即座に立ち上がり、あいさつした。「はい、対馬北警察署署長の岸と申します。今後とも、よろしくお願いいたします」岸は、深々と頭を下げて、静かに腰を下ろした。「日本の警察は、アホばかりと思っていたが、君のような、賢いのもいるとは、頼もしい。今後も、使わせてもらうぞ。ちょっと、小耳にはさんだんだが、最近、マトリがうろついているらしい。まあ、それは、そよ風みたいなものだ。こんな色気のないところじゃ、気が休まらんじゃろ。バーでゆっくりするがいい。シュー行こうか」シューは、即座に、執事を呼んだ。ハン会長は、執事のお供で部屋を出ていった。

 

 シュー社長は、岸に声をかけた。「それでは、我々もまいりますか」岸たちも執事に案内されて3階に上がった。この館は、3階建てだが、エレベーターがついている。ハン会長のためのものだった。ハン会長は、一足先にエレベーターでバーに向かっていた。この館は、思ったより部屋数が多いことを知った。シュー社長が言うには、一階は会議室、リビング、事務室、控室、など。二階は会長のためのVIPルーム、来客のための宿泊室。3階は遊技場となっていて、バー、ビリヤードルーム、コンパニオン控室、サウナ、などの部屋があるという。もっと、いろんな部屋があるようだが、気味が悪い館であることは間違いない。バーの入り口には、チャイナ服のコンパニオンが二人立っていた。バーの前の踊り場は、広々としていて高級クラブのフロアといったところ。シュー社長と岸が踊り場に現れると素早くコンパニオンは駆け寄り手を取って入口まで案内した。

 

 バーの室内は、薄暗く、楕円形のソファーにハン会長を挟んでピンクのシルクドレスをまとったコンパニオンが10人ほど腰掛けていた。二人が、反対側のソファーにつくと新たにコンパニオンが現れ、それぞれにコンパニオンがついた。彼女たちは、中国語でハン会長に話しかけていたが、岸には、”ヨウコソ”と片言の日本語で語りかけてきた。この場では、ハン会長は、岸には何も話しかけてこなかったが、シュー社長が話を始めた。「すでに、ホテル、別荘、病院、食品加工工場、などのための土地買収をやっている。さらに、ゴルフ場建設のための土地買収を計画している。いずれは、対馬の港周辺のほとんどを買収するつもりだ。そうすれば、治外法権同然となる。君たちも安心して仕事ができというものだ。もう少しの辛抱だ。頑張ってくれたまえ」中国マフィアの買収はうわさには聞いていたが、このままいけば、日本全土が中国マフィアに買収されてしまうように思えた。

 

 当然、マフィアといえば、麻薬売買とカジノが主な収入源だが、日本にカジノができれば、大手を振ってマフィアが乗り込んでくることになる。そうなれば、警察も完全に買収されて、無法地帯となる。すでに、国会議員は、マフィアに買収され、彼らの指示で動いている。日本のヤクザは、おそらく、マフィアの傘下に入ることになるだろう。国土と国会議員がマフィアに買収されてしまえば、もはや、日本ではなくなってしまう。いったい、日本はどうなってしまうのか?これからの日本を考えると背筋が凍り付いてしまった。岸の心にも罪悪感はあったが、もはや、彼らにあらがうことはできなかった。おそらく、神戸に運ぶ5億円も土地買収の資金に違いない。シュー社長の買収話からすると今後も、度々、現金輸送を任されることが予測できた。いずれカジノができれば、警察は、マネーロンダリングのための現金運び屋にされてしまう。

 

 

 ハン会長のハーレムを目の当たりにして、世界はマフィアに牛耳られてしまったと実感した。かつては、CIAがマフィアを利用して暴利をむさぼっていたが、今では逆に、マフィアがCIAを利用して暴利をむさぼっている。もはや、米国はマフィアのドル箱となり、ロシア政府も中国政府もマフィアの子分になってしまった。このままでは、羊のような国民は、マフィアに食い物にされ、殺人娯楽の餌食になってしまう。現に、原発の甘い味を覚えたマフィアは、日本を原発国家にして、世界の核廃棄物処理場にしている。内部被曝で苦しみ、犬死していく日本人を見て笑っているに違いない。これが日本の運命だと割り切ってみたが、心の底から、さみしさがあふれ出た。眠たそうな表情でハン会長は、意味不明の中国語でコンパニオンと会話していたが、しばらくするとコンパニオンに介助されるようにして部屋を出ていった。

 

 その姿を見たシュー社長が、素早く立ち上がるとハン会長のもとに駆け寄っていった。何やら中国語で挨拶するとハン会長に深々と頭を下げてホッとした表情で戻ってきた。「岸君、汗を流すとするか。酔ってはないと思うが、気分は大丈夫か?」岸は、ハン会長のハーレムに圧倒されてアルコールが喉を通らなかった。笑顔で軽やかな声で返事した。「はい。盛大な歓迎に、感謝申し上げています」シュー社長は、コンパニオンに声をかけた。笑顔でうなずいた2人のコンパニオンは岸の手を取ってバーの東側にある別室に案内した。別室に案内されると即座に脱衣室に案内され、服を脱がされた。広々とした浴室には、大きな湯舟とその横には6畳ほどもあるマットが敷かれてあった。仰向けに寝かされた岸は、ぼんやりと天井を見つめていた。二人のコンパニオンは、岸の体にシャボンを丁寧に塗り込み、やさしく洗うようにマッサージし始めた。

 

 明日は、勤務であるため帰宅する予定だったが、朝早くに送り届けるといわれ、宿泊の歓迎を受けることになった。案内された2階の部屋は、1100万もするような豪華なスイートルームで、二人のコンパニオン付きのベッドであった。早朝、5時にロールスロイスで送り届けられた岸は、キッチンでコーヒーを飲みながら、現金輸送の運転手を誰にすべきかを思案し始めた。一人は、警部補の安倍、もう一人はだれにするか?須賀巡査長か?大野巡査か?須賀巡査長には、重要な任務がある。となれば、やはり、使いやすい大野巡査が適任か?安倍警部補と打ち合わせをやって、彼の意見を聞いてみるか。5億円ともなれば、5個のスーツケースの運搬になる。万が一、検問にあっても、車内を調べられないような車となれば・・。そんな車はあるか?肉運搬の冷凍車はどうか?スーツケースを覆い隠すように肉を詰め込めば、怪しまれない。これは名案か。

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅳ
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