そしてそういった人物たちは夢野の作品の中にも、ぎっちりとはめ込まれているのだ。古くから伝わる押絵だの、虐殺があった森だのといったおどろおどろしい大道具とともに。
「その時に私は、毛布の上に突っ伏しながら、あなた様と私の運命が、みじめに打ち砕かれてゆく姿をハッキリとまぼろしに見ました。青い青い、広い広い、大空か海かわかりませぬ清らかな、美しいものが、お互いに血をはきながらもシッカリと一ツに抱き合っている、あなた様と私の身体を吸い込もうとして、はるかの向うにピカピカと光りながら待っているのが見えました。そうしてあなた様と私とがズンズンとその方に吸い寄せられて行きますのが、何とも言えませず気持よく思われました。」(「押絵の奇蹟」より)
たじろぐほど絶望的な恋の様相。愛も恋も人を深淵に落とすのだと夢野は感じていたに違いない。ただし、その深淵は、どこか甘美でファナチックな、禁断の淵だったろう。こんな短歌を詠んでいる。
冬されば 貴族の如き恋をして 乞食の如く死なむとぞ思ふ
さて、私が取りあげるのはこの歌をそっくりなぞったかのような「童貞」という作である。めずらしくこれは、三人称で書かれている
冒頭で、男主人公、昂作は肺病に冒された姿で登場する。彼はピアニストだ。「音楽以外の何ものをも知らずに死んでゆきたい」「タッタ一人で大地に帰るべく姿をくらましてしまった」死期の近い青年の姿。
白いワンピースの美しい若い女が現れる。女は彼に、「乳母車をずーっとむこうまで押してくれ」といってお金を握らせて立ち去る。昂作は彼女に見とれてから言うとおりにする。
巡査と刑事に昂作は捕まる。彼らの話から、先ほどの若い女は、横浜で西洋人の夫を殺して高飛びした「ラシャメン瑠璃子」であることがほのめかされる。