今度、きものを着よう その1

【はじめに】

【はじめに】

 

いつかはきものについてのエッセイ、またはきものを着るにあたっての便利な解説本を書こうと思っておりました。わたくしは、きものを自分で着るようになってから4年になりますが、着付けの技術はあまり進歩がなく(要するに下手)、いまだに試行錯誤しております。

しかし、にもかかわらず、いいえ、だからこそきものという衣裳に対して限りない愛着を持っています。世界の民族衣裳のなかで、きものは、際立って特殊な独自性を持っております。

どう特殊かと言うと、きものは「歩く絵画」であり「歩く文学作品」なのです。江戸時代に上流の武家の奥方があつらえた小袖には、「源氏物語」の巻をデザイン化した文様が描かれているのです。例えば「夕顔」の巻だったら、扇に載せた夕顔の花の絵、「若紫」だったら、籠から逃げてゆく雀の絵と言った具合にです。

わたくし達の祖先は、このように、文学作品にちなんだ絵柄の衣裳を特別注文し、それを身にまとうことに幸せを感じていたのです。なんたる風雅。


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さて、こういう祖先を持つわたくし達の今の生活は、どうでしょうか。一部の、特殊な職業の方をのぞいては、ほとんど洋服で過ごしているのが実情です。かくいうわたくしもですが。

洋服の利便性はもちろん多いに幸とするべきでしょうが、きものの魅惑と美は、実に奥深く、そして芳醇なものがあります。

きものの醸し出す美と高尚さは、絹という織物の特性に多くを負っているのですが、その絹の反物、ひと言で言えば「日本の絹織物」が、わたくしには、くめども尽きぬ美の源泉のように思えます。

 

幾多の蚕が自分の命と引き換えに紡いだ、生々しい光を放つ絹の美しさは、観る者を虜にします。妙な話ですが、わたくしは絹の織物を観るたびに、多くの蚕が殺戮されればされるほど、絹と言うのは美しくなるのかなあ、なんともすごい話だなあ、などと密かに舌を巻くのです。

まあそのようなことを考える変態はわたくしくらいでしょうが。


ともあれ、絹のあの魔力、なめらかに皮膚を滑る官能的な快楽を体感するには、出来合いのきものでは、ちょっと力がたりません。そうではなく、反物をちゃんときものに仕立てて(つまりあつらえて)それをお召しになったほうが良いです。

昨今は、ネットでもきものを買うことができるのですが、わたくしはそれもおすすめしません。なぜなら、「日本の絹」の麗しさは、パソコン画面では決して再現出来ないからです。絹の美しさを分からずして買ったきものが、その人を真に美しく見せるかどうかは、わたくしには疑問です。まあ、お時間がないかたは、あいた時間にネットで選ぶ、というのも便利ではありましょうが、そういうお買い物では、本当に満足するきものにたどり着くまでには、遠回りのような気がするのです。

 

もちろん、きものをあつらえることは、そうお安い値段ではありませんが、真に素晴らしい何かを求めるには、じっくりと時間をかけ、自らの心に問いかけ、これは、と思ったものには一定の対価を払うのが当然のことです……しかし、どうやらわたくしは先走ったようです。まずは、この本の目的と、使い方をご説明したいと存じます。

 

この本は「いつかはきものを着たいと思っている全ての方」にとってのガイド本でございます。また、「きものを着るようになり、分からないこと、困っていることが幾つかある」方向きの知識も盛り込みました。

着付けの本ではありません。着付けの手順を文章で書いても無駄だからです。着付けを覚えたい方は、お教室に行かれるか、市販の着付け本をお買いになるかをおすすめします。

この本の画期的なところは、《女性編》と《男性編》の両方を作ったところではないかと自負しています。

なぜかと言いますと、きもののガイド本は、版元が女性向けの雑誌を主力にしているものですと、100%女性の読者に向けて書かれております。総花的にきものについて語った本ですと、男性向けに着付けその他を解説しているものもありますが、ページ数はかなり少ないです。そして、男性読者向けのきものの本は、世の中に数えるくらいしかありません。

なので、わたくしはあえて、女性のきもののことと、男性のきもののこと、両

【その1:きものを買う前に、足袋と草履を揃えましょう】

方についての知識を書くことを目指したのです。

「いつかはきものを着たいと思っている方」というのは、男女問わず、なのです。

この本をお読みになってくださる皆様が、少しでもきものについての理解を深め、実際にきものをお召しになった時に、「これは読んで良かったわ、便利だわ」と思って頂ければ幸いです。

 

《女性編》

 

その1:きものを買う前に、足袋と草履を揃えましょう

 

いきなり、意表をついたことを書いているわたくしです。(笑)しかし、足元は重要なのです。どれほど優美なきものをお召しになっていても、足袋が汚れていたり、草履の鼻緒が擦れていては台無しになりますので。

足袋は、高いものを買う必要はありません。「福助」のストレッチ入りのもので充分です。大切なことは、「靴のサイズより小さめを選ぶ」ことです。靴のサイズと同サイズですと、どこかしらが余って美しくありません。

小ハゼは、4枚コハゼと5枚コハゼがありますが、どちらを選ぶかはお好みで。わたくしは、能をやっているので、肌を少しでも隠せる5枚コハゼをもっぱら身に付けます。

 

足袋は、シワがないのが美しいとよく言われていますが、そうするには、履き方が大事です。

 

   足袋の履き口をあらかじめ折り返しておく ②かかとを床につけて、両手で足袋を持って足を入れる ③かかとまで全て入ったら、折り返した部分を直す④コハゼをかける前に、足袋の履き口を両手で持って、親指側に軽く引っ張る。⑤同様に、小指側にも引っ張る。足袋が自分の足にフィットし、一体化しているのを確かめるような気持ちで行なう ⑥この「引っぱり作業」を数回行うことで、足袋と足との間の「隙間」がなくなり、結果的にシワがなくなる ⑦手で足袋のシワをもう一度伸ばすようにしてから、コハゼをかける

あと、当然のことですが、足の指の爪は短く切っておきましょう。草履を履くと、爪を保護するのは足袋の布地のみ。そう思うと結構怖いです。

 

さて、草履ですが、不思議に思われた方も多いかもしれませんね。「きものを買って、それに合う草履を買うのが筋ではないの? 」と。


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おっしゃる通りなのですが、「私の選んだ、私に完璧に似合うきものに完璧に合う草履」を求めるには、まずは「きものを着てお店に」行かなくてはなりませんので、そのお出かけのための「最初の草履」をまずは持っておく必要があるのです。要するに「間に合わせ草履」ですけどね。

 

あなたの意中のきものが、染のきもの、たとえば美麗な訪問着や、楚々とした付け下げでしたら、台が淡いピンクや、クリーム色や、淡いグレーのエナメル製で、かかとが少し高いタイプをお選びになれば、安心です。そういった「王道のおとなしい草履」はこれから汎用的に使えます。

 

逆に、あなたの意中のきものが、織りのきもの、紬や御召(おめし)でしたら、台はベージュ色か、薄い緑色で、少しかかとが低く、鼻緒は紺色とか、黒を選ぶと、粋で洒落た感じになりますでしょう。

まあ、お店のほうで「訪問着用の草履はこちら、付け下げ用はこちら。紬用はこちら」と案内してくれるのでしょうから、心配はご無用です。

 

また、草履を履いたあとは、軽く濡らした布で全体を拭き、さらに乾いた布で拭いてから、ハコにしまうのをお勧めします。湿気が禁物だからです。拭いておくと、台の横部分についた汚れもほとんどは落ちます。

 

きもの姿の美しさは、「襟」、「足元」、「袖口」で決まります。これは事実です。

 

その2:帯も帯締めも一緒に買いましょう

 

帯までは難しい!とおっしゃる方も多いと思いますが、きものを生かすも殺す


深良マユミ
作家:深良マユミ
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