蜻蛉の接吻

 関越自動車道は比較的スムーズに流れている、流星は愛車のジャガーXJを前橋に向けて走ら

ていた、二日程仕事の手が空くので例の小島に追い込みをかけるつもりである。

SAで停車し、雄二に電話をかけた。

「兄貴、お疲れ様です、今群馬の前橋に向かってるんですが、二日位シマ空けますんで、お願し

ます」

「おう、どうした?」

「実は、吉原のポン引き野郎が飛びまして、身体が空くんで追い込みかけようって思いまして・・」

「いくらだ?」

「たった10万なんですが・・なんだかムカついて・・」

「おう、分かった、あそこは確か、ウチと反目の組織があるから、気付けや」

「はい、分かりました」

流星は、煙草に火を点け、大きく吸い込みゆっくりと吐き出した。

 高崎インターを降り、県道を使い前橋に向かった。

流星は、予め予約していたホテルの駐車場にジャガーを停めチェックインを済ませた。

ツインルームの一室で、ポン引きの写真を店の履歴書から拝借したものを確認した。

履歴書によると、この前橋のピンサロで働いていたらしいが、実際の所は分からない。 

まずは片っ端から風俗関係を探るしか手は無い、身支度を整え夜の街へ出かけた。

 見知らぬ街は勝手が分からない、取り合えず目に入った風俗店のポン引きに声を掛ける。

「悪いんだけどさ、コイツ見たこと無いかな?」

「いや、見たこと無いな・・警察の旦那かい?」

「警察に見えるか?・・この辺りはこういう店は何件位あるんだい?」

「そうだねぇ・・30件・・位かなぁ・・」

「・・・・」

「それより、社長・・遊んでいってよ、90分6000円、イイ娘いるよ」

「ああ、じゃあチョッと呑んでくかな、若い娘付けてよ」

「有難うございます・・さっどうぞ・・一名さんご案内!」

 場末のピンクサロンで、店内は真っ暗に近い、ボックス席が数列あり店内のBGMが大音量で

流れている、口開けだろうか客の気配が無い。

隅のボックスに通され、暫くすると一人の香水臭い女が現れた。

「いらっしゃいませぇ、ミカでぇす、ヨロシクね」

「おう、ミカちゃんか、いくつ?」

「23・・お客さんは?」

「25・・・」

「なんか落ち着いて見えるね・・」

そう言いながら身体を密着してくる、露出の多いミニのワンピースを着ている。

流星の股間に手が伸びてチャックをこじ開けた、いつの間にか女は乳房を露にしている。

「おい、いいんだ、俺は酒を呑めればいい、酒を注いでくれよ」

「えっ、ここピンサロだよ・・いいの?」

「ああ、ところでミカちゃんだっけ?こいつ見たこと無いかな?」

「暗くてよく見えない」

「そうか・・店早引きでいないか?よかったら飯奢るよ、酒でもいいし」

「ううん・・・・お客さんカッコいいから行っちゃおうかな・・店長に聞いてみるね!」

 

 街路樹にはイルミネーションが施され、ブルーの淡い色彩が夜の街に映える。

店の裏口で煙草を吸っていると、店内の時と打って変わりラフなデニムとTシャツのミカが出てき

た。

「お待たせぇ」

よく見るとあどけなさが残る、可愛い感じの娘である、何故ピンサロで働いているのか不思議なく

い器量がいい。

「おう、どうしたい、飯か?酒か?」

「うんとね、おなか空いたしぃ、お酒も呑みたい!」

「じゃあ寿司屋でも行こうか?いいとこあるかな?」

「あっ、ちょっと高いらしいけどいい?お客さんが前言ってたんだぁ」

 枯れ木の看板に奴寿司とある、扉を開き暖簾を潜ると、数人のサラリーマンがテーブル席で飲

でいる、大将らしき男が元気のいい挨拶をすると、奥から女将らしき小粋な着物姿の女が挨拶

をしてきた。

カウンターに座り、ビールを注文した。

「何でも好きなものを頼んでいいよ」

「やったあ!えっと大トロと・・ウニと・・イクラと・・・取り合えずそれで・・」

「へい」

「ミカちゃんだっけ?ビールでいいかな?」

「うん!本名は美紀っていうの・・かんぱーぃ」

 酔っ払った美紀を、ホテルの部屋に連れて行った、ビールをコップ2杯飲んだだけで真っ赤にな

り、呂律が回らなくなった美紀が何となく可愛らしく思えた。

キャッキャと笑いの止まらぬ美紀をベットに寝かせ、流星はシャワールームに入った。

シャワーを浴びているとドアが開き、裸身の美紀が入ってきた。

「一緒に入ろ!・・・・・・・えっ・・アナタは・・・ヤクザの人?」

流星の身体一面の彫物を見て美紀は驚愕し、ブルブル震えている。

シャワーを出したまま裸の美紀を抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。

「ああ・・・そうだが・・怖いか?」

「・・・ううん・・大丈夫・・あっ・・あん・・イヤ・・」

二人はびしょびしょのままベットへ移り、激しく何度も抱き合った。

 快楽で陶酔しきった美紀は、火照った身体を流星に預けていた。

「こんなスゴイの初めて・・ああ・・名前・・聞いていい?」

「流星・・・なあ美紀・・手伝って欲しい事があるんだ・・」

 

 

 

 眩しい朝の光が美紀の裸身を照らす、情事の後の疲労感が心地よい、美紀の背中から乳房

指を這わすと、敏感に反応した美紀が目を覚ました。

「ああん・・」

「ロビーで珈琲でも飲もうか?」

「うん・・」

気だるい表情で、足元がふらつきながら美紀はシャワールームに消えた。

 

駐車場に停めてあるジャガーのダッシュボードから封筒を取り出すと、そこから美紀に10万を渡

した。

「これ、バイト代・・」

「こんなにくれるの・・何すればいいの?」

「コイツなんだけど・・行方を捜してるんだ・・昨日見せようと思ったけど、美紀が裸になるから・・」

「エッチィ・・だってさぁ・・流星さん、カッコいいんだもん・・チョッと待って・・この人見たことあるよ・・

エデンっていう店・・客引きやってる人だよ・・」

「・・・・・」

 

初夏の日差しが肌を焼くほど強い、汗ばんだ美紀の屈託のない笑顔が日頃の憂さを晴らしてく

れる、饒舌な美紀のお喋りは途切れを知らない。

「こんなに暑いのに、黒い長袖着てるなんて、おかしいと思ったんだぁ」

「・・・・」

「ねぇ、この小島ってひと、何したの?」

「ああ、金借りたままトンズラしやがって・・」

「ふうん」

「それより美紀は帰らなくていいのか、仕事は?」

「うん、いいの、一人暮らしだし・・仕事だって・・親の借金があったから・・でも、もう借金返したん

だぁ・・大変だったけど・・・・」

 高橋美紀は、高校2年の頃父親が経営していた鉄工所が倒産の憂き目に遭った。

運転資金不足から銀行の融資を申し込むも、貸し渋りに遭い高利貸しに手を付けた。

借財は500万を超え、利息は膨れ上がる一方だった、そんな折父親はとある河の欄干から身を

投げ、自殺を図った、そして母親も美紀を残し行方を眩ました。

残った美紀は、債務を被る義務は無いのfだが、高利貸しは美紀を風俗に売り渡したのだ。

純潔だった美紀は、ソープランドに売られ、5年間を犠牲にした。

 身の上を聞いた流星は、困惑した。

「金融屋を憎んでるだろ?」

「うんん・・気にしてないよ・・ワタシ・・バカだから・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓楽街に灯りが燈り始める、目的のエデンというピンクサロンの客引きは、見知らぬ奴だった。

美紀をホテルに残し、一人で向かった流星はそいつに写真を見せる。

「なあ、コイツなんだけど、いるかな?」

「ああ、小島・・こいつ店の女誑かしやがって・・昨日ふけやがった」

「そうか・・何て女かな?」

「アンタ誰?」

流星は胸元の彫物をチラッと見せ付ける。

「あっ・・ご苦労様です・・義人会の方ですか?」

「いや・・まあそんなもんだ」

「チョッと待ってて下さい、店長呼んできますから・・」

店からパンチパーマの強面の男が出てきた。

「どうも・・義人会の人ですか?見たこと無いけど・・」

「ああ、コイツおたくに居たんだって?」

「この野郎・・店の女連れて逃げやがった、女にバンスしたばかりで・・50万もって行かれち

まったよ、さっき面倒見てもらってる義人会に探すように頼んだ所で・・」

「そうかい・・その女・・名前は?」

「店ではジュリって・・・本名は確か・・加奈って言ったな・・アンタ何者だい?」

「ああ、ただの金融屋さ」

 

 ホテルの部屋には美紀が待っていた、いないと思っていたがテレビをつまらなそうに眺めてい

る、時折時計を見ながら人待ち顔でベットを叩く。

「何だ、いたのか?帰ったかと思ったよ」

「だって待ってろって言ったでしょ・・ずっと待ってたんだから・・・もう・・」

「わかったよ、ゴメンな、腹減ったろ?何食いたい」

「ステーキ!」

「よし、行こう、でも食ったら俺、東京帰らなきゃ・・仕事があるんだ・・」

「えー・・ワタシも連れてってぇ、ダメ?ねぇ・・」

「・・・・」

 

 常夜灯が連なる関越自動車道を180kmで飛ばし、途中オービスが不気味な光を放つ。

ジャガーの助手席には美紀が座っている、情に負かされ連れて行く羽目になった。

車内から佐藤雄二に電話を入れた。

「兄貴、今そっちに向かってます

「おう、どうだった?」

「逃げられました・・けど・・俺が追ってた奴とね、あの野口加奈が一緒だったらしいんですよ・・」

「なんだって・・世間は狭いな・・

「また時間作って追い込みます」

「おう、分かった」

 

 

 

 

 

エンジェル
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