蜻蛉の接吻

 歓楽街に灯りが燈り始める、目的のエデンというピンクサロンの客引きは、見知らぬ奴だった。

美紀をホテルに残し、一人で向かった流星はそいつに写真を見せる。

「なあ、コイツなんだけど、いるかな?」

「ああ、小島・・こいつ店の女誑かしやがって・・昨日ふけやがった」

「そうか・・何て女かな?」

「アンタ誰?」

流星は胸元の彫物をチラッと見せ付ける。

「あっ・・ご苦労様です・・義人会の方ですか?」

「いや・・まあそんなもんだ」

「チョッと待ってて下さい、店長呼んできますから・・」

店からパンチパーマの強面の男が出てきた。

「どうも・・義人会の人ですか?見たこと無いけど・・」

「ああ、コイツおたくに居たんだって?」

「この野郎・・店の女連れて逃げやがった、女にバンスしたばかりで・・50万もって行かれち

まったよ、さっき面倒見てもらってる義人会に探すように頼んだ所で・・」

「そうかい・・その女・・名前は?」

「店ではジュリって・・・本名は確か・・加奈って言ったな・・アンタ何者だい?」

「ああ、ただの金融屋さ」

 

 ホテルの部屋には美紀が待っていた、いないと思っていたがテレビをつまらなそうに眺めてい

る、時折時計を見ながら人待ち顔でベットを叩く。

「何だ、いたのか?帰ったかと思ったよ」

「だって待ってろって言ったでしょ・・ずっと待ってたんだから・・・もう・・」

「わかったよ、ゴメンな、腹減ったろ?何食いたい」

「ステーキ!」

「よし、行こう、でも食ったら俺、東京帰らなきゃ・・仕事があるんだ・・」

「えー・・ワタシも連れてってぇ、ダメ?ねぇ・・」

「・・・・」

 

 常夜灯が連なる関越自動車道を180kmで飛ばし、途中オービスが不気味な光を放つ。

ジャガーの助手席には美紀が座っている、情に負かされ連れて行く羽目になった。

車内から佐藤雄二に電話を入れた。

「兄貴、今そっちに向かってます

「おう、どうだった?」

「逃げられました・・けど・・俺が追ってた奴とね、あの野口加奈が一緒だったらしいんですよ・・」

「なんだって・・世間は狭いな・・

「また時間作って追い込みます」

「おう、分かった」

 

 

 

 

 

 浅草警察署の裏から、事件なのか赤色灯にサイレンを鳴らしたパトカーが、数台連なって出て

、署内も騒がしい、この辺りはかなり物騒な街である、ポン中や素行の悪い路上生活者が多

い。

以前刺青を背負ったポン中(薬物中毒者)が、錯乱状態に陥り上半身裸で片手に刃物を持ちなが

通行人を襲うという事件があった。

方や路上生活者が、付近の住宅の物干し場から布団や衣服を盗むという事は日常茶飯事であ

る。

 流星は自宅に美紀を招きいれた、ガランとした部屋を見て美紀は頷いた。

「ワタシの部屋となんか似てるね」

「そうだな・・何もねえな・・俺は仕事に行かなきゃなんない・・ほら・・ここの鍵・・」

「うん、アリガト・・テレビも無いんだね・・」

「ああ、どっか出かけててもいいぞ・・じゃあな」

「いってらっしゃい・・」

 美紀はマンションの鍵をかけ、夜の浅草の街へ出た、タクシーを拾い雷門前で降りる。

ソープ嬢時代辛い日々を過ごしたこの街は、二年振りである、その時代を思い出し涙が溢れる。

毎日が苦痛の連続で、死ぬことさえ許されなかった。

やっと借財の返済が終わったにも拘らず、生まれ故郷で風俗の仕事をしている、自分は何のた

めに生きているんだろうか、擦れ違う一組のカップルの幸せそうな笑顔が、余計に悲しみを誘っ

た、人生変えることなんて出来ないんだろうか。

 

 上野アメ横裏通り、老舗のパチンコ店がある、流星は数件の利息を回収し終え事務所に向か

った、事務所には雄二の兄貴と若衆3人が麻雀卓を囲んでいる。

「お疲れ様です・・」

「おう、流星、大変だったな・・まあ座れや」

「いやあ、まさか加奈の野郎とツルんでたとは・・参りました」

「そうだなぁ・・・・今度コイツ等使っていいからよ、追い込んじまえ」

「はい・・・」

「どうだ、久し振りに一杯行くか?」

「スイマセン・・ちょっと野暮用が・・・」

「おいおい・・女じゃねえだろうな?」

「いや・・そんなんじゃねえっす・・

 

 

 

 

 

 

 常連のGSでジャガーの洗車と給油を頼み、休憩スペースで煙草を吸っていた。

公道を流れ去る車を眺めながら、昨日の事を思い出す、義人会という組織は、流星の所属する

織と対立関係にある、以前若衆の些細な喧嘩から抗争に発展した経緯がある。

上部団体が広域暴力団で、その末端の枝組織だが、抗争は双方まとめて死者5人を出した。

関東の大組織の会長が仲裁し手打ちとなった。

無論流星が組織に入る以前の問題である、しかし前橋の一件で義人会が流星の足取りを追って

ることは、未だ知る由も無い。

 

 流星は自宅の玄関の鍵を開け、ドアを開けた瞬間何やら普段の雰囲気と違うものを感じた。

部屋のテーブルの上に、土鍋が置かれ卓上コンロで炊かれている、その蒸気で部屋が曇り、窓

ラスも白く濁らせていた、キッチンでは美紀が上機嫌で鼻歌を歌いながら、包丁で葱を刻んで

いる。

「おかえりなさい」

「おいおい、どうしたんだこれ?買ってきたのか・・」

「うん、だって何にも無いんだもん・・一緒に食べよ!」

「いくらだ?払うよ・・」

「いらないよ・・早く座って・・ビールでいい?缶だけど・・」

土鍋の蓋を開けると水炊きがちょうどいい塩梅に出来上がっている、ここ数年こんな物は食って

いない。

「さっ食べよ、そのお皿とって・・入れてあげる・・鶏肉平気?」

「ああ」

女と二人で鍋を突付くなんて、生まれて初めての経験だ、柄ではないが妙にドキドキするのは何

だろうか。

「美紀・・どうするんだ、これから・・もうあっちには帰らないのか?」

「うん・・誰もいないし、友達もいない・・・ねえ流星さん、暫くここに居ちゃだめ?」

「あのさぁ、俺ヤクザだぜ・・怖くないのかよ・・」

「流星さん・・優しいもん・・怖くないし、一緒にいたい・・・」

「・・・・・・」

そこへ流星のケイタイが鳴った。

「兄貴、どうかしました?」

「おう、実はな、俺のツレから連絡があってな、オマエ前橋に行ったろう?」

「はい・・」

「そんとき、義人会と絡んだか?」

「いいえ・・・・けど義人会が守りしてるピンサロで、店長に聞き込んだだけですけど・・」

「ああそれだな・・シマ荒らされたとかいって、オマエを探しているらしい・・いや、まだ身元も何も

分かっちゃいねえが・・・まあ一応耳に入れとこうと思ってさ・・」

「スイマセン、迷惑かけて・・」

「別にオマエ、悪い事してるわけじゃねえからな、まあ気付けろや」

「はい・・」

 

 

 

 狭いベットがギシギシと鳴り、美紀の激しい喘ぎ声が部屋に響き渡る、流星の背中の彫物に美

の爪が食い込み、薄っすらと血が滲む。

美紀は幾度も頂点に達し、最後は白目を剥きながら昇天した、暫く身動きできずに陶酔してい

る。

「あぁスゴイよぉ・・もうダメ・・・流星さん・・彼女いないの?」

「そんなもんいねえ・・」

「ワタシじゃダメかな?フーゾクにいた女じゃイヤ?」

「そんなのは、関係ねえよ・・・」

流星は再び美紀を攻め上げる、美紀の身の上に同情しているのか、愛情を覚えたのか、夢中で

紀を攻め立てた。

 

 磨き上げられた濃紺のジャガーは、昭和通りのコインパーキングに停めた。

近くに一面ガラス張りの近代的なビルが聳え立っている、そこの12階に親分の企業舎弟である

不動産業を営む内村の会社がある。

内村は、流星がこの世界に入った頃から面倒を見てくれる唯一の理解者でもある。

若い頃、シノギの無い流星に小遣いをくれたり、銀座へ飲みに連れて行ってくれた。

童貞だった流星をソープランドで大人にしてくれたのも内村であった。

「失礼します・・社長は?」

受付のOLに尋ねると、親分と別室で麻雀しているらしい。

「失礼します、社長ご無沙汰してます・・組長、お疲れ様です」

「おう、流星じゃねえか!この野郎たまには顔ぐらい見せに来い、元気か?」

「はい・・」

「内村・・コイツは最近、売り出し中だから忙しいんだよ、なあ流星」

「組長、勘弁してください・・」

「ところで、用でもあるんか?」

「はあ・・いや、ご機嫌伺いに

「ふざけんな馬鹿野郎・・調子がいいな、飯でも食いに行くか、親分も一緒に」

「はい!お供します・・」

  昭和通りに面した四川料理の萬陳楼という店は、界隈の評判が高い。

VIPルームと呼ばれる個室に、三人は通された。

社長のオーダーで回転テーブルの上は、豪華な鱶鰭料理や北京ダックなど、到底三人では食べ

られない量が並ぶ、中でも上海蟹の老酒漬けは絶品である。

「おい、流星・・オマエ前橋で何かやらかしたか?」

木村組長は眼光鋭く、凄みのある声で流星に聞いた。

「はあ、俺、何もしてません・・前橋に行ったのは事実ですが・・いや、仕事なんです・・借金踏み倒

して飛びやがった野郎が、前橋にいるって情報掴んで・・」

「おう、分かった・・雄二から話は聞いてるが、義人会が動いてるらしい、気付けろよ」

内村社長も、老酒を一気に飲み干し力強くグラスをテーブルに置いた。

「おい、流星、義人会はしつこいからな、何かあったらすぐ連絡するんだぞ」

「はい・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

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