蜻蛉の接吻

 眩しい朝の光が美紀の裸身を照らす、情事の後の疲労感が心地よい、美紀の背中から乳房

指を這わすと、敏感に反応した美紀が目を覚ました。

「ああん・・」

「ロビーで珈琲でも飲もうか?」

「うん・・」

気だるい表情で、足元がふらつきながら美紀はシャワールームに消えた。

 

駐車場に停めてあるジャガーのダッシュボードから封筒を取り出すと、そこから美紀に10万を渡

した。

「これ、バイト代・・」

「こんなにくれるの・・何すればいいの?」

「コイツなんだけど・・行方を捜してるんだ・・昨日見せようと思ったけど、美紀が裸になるから・・」

「エッチィ・・だってさぁ・・流星さん、カッコいいんだもん・・チョッと待って・・この人見たことあるよ・・

エデンっていう店・・客引きやってる人だよ・・」

「・・・・・」

 

初夏の日差しが肌を焼くほど強い、汗ばんだ美紀の屈託のない笑顔が日頃の憂さを晴らしてく

れる、饒舌な美紀のお喋りは途切れを知らない。

「こんなに暑いのに、黒い長袖着てるなんて、おかしいと思ったんだぁ」

「・・・・」

「ねぇ、この小島ってひと、何したの?」

「ああ、金借りたままトンズラしやがって・・」

「ふうん」

「それより美紀は帰らなくていいのか、仕事は?」

「うん、いいの、一人暮らしだし・・仕事だって・・親の借金があったから・・でも、もう借金返したん

だぁ・・大変だったけど・・・・」

 高橋美紀は、高校2年の頃父親が経営していた鉄工所が倒産の憂き目に遭った。

運転資金不足から銀行の融資を申し込むも、貸し渋りに遭い高利貸しに手を付けた。

借財は500万を超え、利息は膨れ上がる一方だった、そんな折父親はとある河の欄干から身を

投げ、自殺を図った、そして母親も美紀を残し行方を眩ました。

残った美紀は、債務を被る義務は無いのfだが、高利貸しは美紀を風俗に売り渡したのだ。

純潔だった美紀は、ソープランドに売られ、5年間を犠牲にした。

 身の上を聞いた流星は、困惑した。

「金融屋を憎んでるだろ?」

「うんん・・気にしてないよ・・ワタシ・・バカだから・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓楽街に灯りが燈り始める、目的のエデンというピンクサロンの客引きは、見知らぬ奴だった。

美紀をホテルに残し、一人で向かった流星はそいつに写真を見せる。

「なあ、コイツなんだけど、いるかな?」

「ああ、小島・・こいつ店の女誑かしやがって・・昨日ふけやがった」

「そうか・・何て女かな?」

「アンタ誰?」

流星は胸元の彫物をチラッと見せ付ける。

「あっ・・ご苦労様です・・義人会の方ですか?」

「いや・・まあそんなもんだ」

「チョッと待ってて下さい、店長呼んできますから・・」

店からパンチパーマの強面の男が出てきた。

「どうも・・義人会の人ですか?見たこと無いけど・・」

「ああ、コイツおたくに居たんだって?」

「この野郎・・店の女連れて逃げやがった、女にバンスしたばかりで・・50万もって行かれち

まったよ、さっき面倒見てもらってる義人会に探すように頼んだ所で・・」

「そうかい・・その女・・名前は?」

「店ではジュリって・・・本名は確か・・加奈って言ったな・・アンタ何者だい?」

「ああ、ただの金融屋さ」

 

 ホテルの部屋には美紀が待っていた、いないと思っていたがテレビをつまらなそうに眺めてい

る、時折時計を見ながら人待ち顔でベットを叩く。

「何だ、いたのか?帰ったかと思ったよ」

「だって待ってろって言ったでしょ・・ずっと待ってたんだから・・・もう・・」

「わかったよ、ゴメンな、腹減ったろ?何食いたい」

「ステーキ!」

「よし、行こう、でも食ったら俺、東京帰らなきゃ・・仕事があるんだ・・」

「えー・・ワタシも連れてってぇ、ダメ?ねぇ・・」

「・・・・」

 

 常夜灯が連なる関越自動車道を180kmで飛ばし、途中オービスが不気味な光を放つ。

ジャガーの助手席には美紀が座っている、情に負かされ連れて行く羽目になった。

車内から佐藤雄二に電話を入れた。

「兄貴、今そっちに向かってます

「おう、どうだった?」

「逃げられました・・けど・・俺が追ってた奴とね、あの野口加奈が一緒だったらしいんですよ・・」

「なんだって・・世間は狭いな・・

「また時間作って追い込みます」

「おう、分かった」

 

 

 

 

 

 浅草警察署の裏から、事件なのか赤色灯にサイレンを鳴らしたパトカーが、数台連なって出て

、署内も騒がしい、この辺りはかなり物騒な街である、ポン中や素行の悪い路上生活者が多

い。

以前刺青を背負ったポン中(薬物中毒者)が、錯乱状態に陥り上半身裸で片手に刃物を持ちなが

通行人を襲うという事件があった。

方や路上生活者が、付近の住宅の物干し場から布団や衣服を盗むという事は日常茶飯事であ

る。

 流星は自宅に美紀を招きいれた、ガランとした部屋を見て美紀は頷いた。

「ワタシの部屋となんか似てるね」

「そうだな・・何もねえな・・俺は仕事に行かなきゃなんない・・ほら・・ここの鍵・・」

「うん、アリガト・・テレビも無いんだね・・」

「ああ、どっか出かけててもいいぞ・・じゃあな」

「いってらっしゃい・・」

 美紀はマンションの鍵をかけ、夜の浅草の街へ出た、タクシーを拾い雷門前で降りる。

ソープ嬢時代辛い日々を過ごしたこの街は、二年振りである、その時代を思い出し涙が溢れる。

毎日が苦痛の連続で、死ぬことさえ許されなかった。

やっと借財の返済が終わったにも拘らず、生まれ故郷で風俗の仕事をしている、自分は何のた

めに生きているんだろうか、擦れ違う一組のカップルの幸せそうな笑顔が、余計に悲しみを誘っ

た、人生変えることなんて出来ないんだろうか。

 

 上野アメ横裏通り、老舗のパチンコ店がある、流星は数件の利息を回収し終え事務所に向か

った、事務所には雄二の兄貴と若衆3人が麻雀卓を囲んでいる。

「お疲れ様です・・」

「おう、流星、大変だったな・・まあ座れや」

「いやあ、まさか加奈の野郎とツルんでたとは・・参りました」

「そうだなぁ・・・・今度コイツ等使っていいからよ、追い込んじまえ」

「はい・・・」

「どうだ、久し振りに一杯行くか?」

「スイマセン・・ちょっと野暮用が・・・」

「おいおい・・女じゃねえだろうな?」

「いや・・そんなんじゃねえっす・・

 

 

 

 

 

 

 常連のGSでジャガーの洗車と給油を頼み、休憩スペースで煙草を吸っていた。

公道を流れ去る車を眺めながら、昨日の事を思い出す、義人会という組織は、流星の所属する

織と対立関係にある、以前若衆の些細な喧嘩から抗争に発展した経緯がある。

上部団体が広域暴力団で、その末端の枝組織だが、抗争は双方まとめて死者5人を出した。

関東の大組織の会長が仲裁し手打ちとなった。

無論流星が組織に入る以前の問題である、しかし前橋の一件で義人会が流星の足取りを追って

ることは、未だ知る由も無い。

 

 流星は自宅の玄関の鍵を開け、ドアを開けた瞬間何やら普段の雰囲気と違うものを感じた。

部屋のテーブルの上に、土鍋が置かれ卓上コンロで炊かれている、その蒸気で部屋が曇り、窓

ラスも白く濁らせていた、キッチンでは美紀が上機嫌で鼻歌を歌いながら、包丁で葱を刻んで

いる。

「おかえりなさい」

「おいおい、どうしたんだこれ?買ってきたのか・・」

「うん、だって何にも無いんだもん・・一緒に食べよ!」

「いくらだ?払うよ・・」

「いらないよ・・早く座って・・ビールでいい?缶だけど・・」

土鍋の蓋を開けると水炊きがちょうどいい塩梅に出来上がっている、ここ数年こんな物は食って

いない。

「さっ食べよ、そのお皿とって・・入れてあげる・・鶏肉平気?」

「ああ」

女と二人で鍋を突付くなんて、生まれて初めての経験だ、柄ではないが妙にドキドキするのは何

だろうか。

「美紀・・どうするんだ、これから・・もうあっちには帰らないのか?」

「うん・・誰もいないし、友達もいない・・・ねえ流星さん、暫くここに居ちゃだめ?」

「あのさぁ、俺ヤクザだぜ・・怖くないのかよ・・」

「流星さん・・優しいもん・・怖くないし、一緒にいたい・・・」

「・・・・・・」

そこへ流星のケイタイが鳴った。

「兄貴、どうかしました?」

「おう、実はな、俺のツレから連絡があってな、オマエ前橋に行ったろう?」

「はい・・」

「そんとき、義人会と絡んだか?」

「いいえ・・・・けど義人会が守りしてるピンサロで、店長に聞き込んだだけですけど・・」

「ああそれだな・・シマ荒らされたとかいって、オマエを探しているらしい・・いや、まだ身元も何も

分かっちゃいねえが・・・まあ一応耳に入れとこうと思ってさ・・」

「スイマセン、迷惑かけて・・」

「別にオマエ、悪い事してるわけじゃねえからな、まあ気付けろや」

「はい・・」

 

 

 

エンジェル
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