暗殺

沢富は、握り拳を両手に作り話し始めた。「先輩、話というのは、62日のJK転落事故の件です。すでに、この事故は投身自殺として処理されていますが、僕には、どうしても、自殺とは思えないのです。そこで、署長にばれないように密かに聞き込み調査をやろうと思っています。あくまでも、憶測にすぎませんが、彼女は暗殺されたと思っています。先輩には、僕の行動を大目に見ていてほしいのです。お願いします」

 

伊達は、そんな話だったのかと言わんばかりのホッとした表情で答えた。「おい、JK転落事故の件は、これ以上調査しても無駄だ。あれは、間違いなく自殺だ。恨みをかうようなJKじゃなかったし、殺害だったと仮定しても、いったい誰がやったというんだ、財閥のご令嬢を殺害して誰が得をするというんだ?サワ、再調査しても、無駄骨だ。署長も、自殺だと断言したじゃないか。例のタレコミは、よくあるいたずらだ。気にするな」

 

沢富は、伊達を説得するつもりはなかったが、当時の彼女に自殺する要因がないことだけは話しておきたかった。「確かに、彼女は、天真爛漫で聡明なJKで、恨みを買うような少女じゃありませんでした。お母さんの話では、友達関係で悩むようなことはなく、勉強だけでなく、部長として部活でも頑張っていたそうです。それどころか、F大生のメル友ができてからは、一層明るくなったとおっしゃっていました。

 

クラスメイトたちともよく会話していたようで、なにかに悩んで落ち込んでいた様子はまったく見受けられなかったと彼女たちは声を揃えて言っていました。いったい、どこに自殺の要因があるというんでしょうか?校長は、皇室コースの厳しい規則を苦にして自殺したのではないか、とおっしゃってましたが、それは、学校にも管理責任がある事を示したにすぎません。このような、明るくて活発な少女が、ウツ病になるでしょうか?突然、投身自殺をするでしょうか?僕には、どうしても、自殺とは思えないのです」

伊達は、沢富の意見にも一理あると思い、腕組みをして大きくうなずいた。「まあ、サワの言わんとすることはわかる。でもな~、すでに、自殺として処理されたんだ。しかも、署長が断言したわけだし。いまさら、自殺じゃなくて、殺害の可能性がありますなんって、署長に、言えないんじゃないのか。そんなこと言ったら、俺たち、アバシリに飛ばされるんじゃないか?俺は、署長の判断に従うべきだと思うがな」

 

「そうですか、そうですよね。署長が、自殺と判断したわけですから、我々は、従うのが筋ってものです。だから、先輩には、見て見ぬふりをしていてほしいのです。先輩には、決して迷惑をおかけしません。僕を見逃してください。お願いします」沢富は、頭を下げてお願いした。伊達の顔は引きつってしまった。一緒に死ぬとまで言っておきながら、突き放すような言い方をしたことに恥ずかしくなった。

 

「おい、おい、見逃すとか見逃さないとか、そんな他人行儀なことを言うな。俺たちは、一蓮托生(いちれんたくしょう)じゃないか。俺が言いたいことは、たとえ殺害だったとしても、犯人を割り出すための手掛かりがまったくないんじゃないか、ということだ。生徒たちに聞き込みをしたところで、いったいどんなことがわかるというんだ。すでに、クラスメイトたちは、事情聴取されているんだぞ。これ以上、どんなことを聞きだそうというんだ。たとえだな、目撃者がいたとしても、その人物を探し出すのは容易なことではないと思うがな」

 

沢富は、伊達の前向きな意見を聞いて笑顔がこぼれた。目を輝かせた沢富は、自分の考えをもう少し述べることにした。「先輩、まったく、手がかりがないというわけじゃないのです。彼女は、午後6時ごろ5階にある放送室の西側窓から転落しました。もし、彼女が突き落とされたのであれば、その時刻に部外者がいたはずなのです。おそらく、校長の来客がいたはずです。その来客が犯人に違いありません」

腕組みをした伊達は、何度もうなずいていた。だが、その仮説には、具体的証拠となる事実は何一つなかった。単なる憶測では、校長を追い詰めることはできないと思えた。もし仮に、その時刻に校長の来客の事実が判明したとしても、その来客が犯人と特定するに値する証拠を発見することは不可能に近いと思えた。というのは、おそらく、共犯者である校長は、来客のアリバイ工作も準備していたと考えられたからだ。つまり、校長と殺し屋の二人が共謀して彼女を殺害したのならば、完全犯罪が成立するように思えた。

 

天井を見上げた伊達は、大きなため息をついて答えた。「まあ、サワの言ってることが事実だったとしても、そのことを立証することは不可能じゃないか。なんせ、校長が主犯格ということだからな。殺し屋が彼女を突き落としているところを目撃した生徒がいたならば、多少は、校長を追い詰めることができないこともないが、おそらく、目撃者はいないだろう。まあ、たとえいたとしても、自分の身の危険を考えれば、目撃証言はできないということだ。

 

本当に、校長が主犯格だったならば、マジ、ヤバイぞ。サワ、もう、これ以上事件に首を突っ込まない方が賢明だ。下手をすると、サワも、暗殺されかねないぞ。サワの正義感は、よ~~く、分かる。でもな、時には、目をつぶらなきゃいかんときがある。それが、大人というものだ。彼女のことを思えば、無念だが、ここはグッと気持ちを抑えて、署長の指示に従ったらどうだ。俺は、それが賢明だと思うがな。ナオ子は、どう思う?」

 

ナオ子も同感であったが、沢富の性格からして、暗殺を恐れて、いったん決意した気持ちを変えるとは思えなかった。沢富の気持ちに反対しても、おそらく、単独で、事件解決に乗り出すと思えた。「でも、あなた、サワちゃんが言うように、神父でもあり教育者でもある校長が主犯格だったら、神様だって、仏様だって、私だって、許さないわよ。彼女は、絶対、成仏できないわ。誰かが敵(かたき)を討ってあげないと、かわいそうじゃない。ここは、一度、校長に探りを入れるべきじゃない。何かボロを出すような気がするんだけど」

意外な返事をしたナオ子に伊達は、目を丸くした。ナオ子はことの恐ろしさがよく分かっていないと思った。伊達は、二人を説得することにした。「おい、お前までも、サワの暗殺説に同調するのか?だからだな~~、仮にだ、よ~~~く聞け、校長が主犯格であったという事実をつかんだとしても、俺たちには、どうすることもできない、と言ってるんだ。マジ、ヘタをすると、俺たちまでも、暗殺されかねないんだぞ。少女を暗殺するぐらいだ。国家を甘く見てたら、一瞬にして、闇に葬られてしまう」

 

沢富は、ケネディー大統領暗殺事件のことを思い出していた。事件にかかわった多くの人たちが、不審な死を遂げていた。それは、おそらく、国家犯罪を隠ぺいするためのCIAの仕業だと思えた。そのことを考えれば、国家犯罪にかかわる事件に首を突っ込めば、十中八九、暗殺されることは間違いないと思えた。このままだと、夫妻までも暗殺されかねない。これだけは避けなければならないと思った。

 

大きくうなずいた沢富は、伊達に賛同する意見を述べることにした。「先輩の言われる通りです。僕たちには、真実を把握できたとしても、どうすることもできません。仮に、校長が主犯格だと訴えたならば、きっと、僕は暗殺されるでしょう。僕は、やはりバカでした。もうこれ以上、この事件に首を突っ込むのはやめます。ご夫妻には、ご迷惑をおかけいたしました」

 

伊達は、沢富がようやくわかってくれたと思い、ホッとしたのか笑顔でナオ子にふり見た。だが、眉間に皺を寄せたナオ子は、沢富の本心を見抜いていた。きっと、単独行動に出る。そして、いずれそのことが国家に知れ、暗殺されると思った。ナオ子は、何らかの方法で彼女の無念を晴らしてあげたかった。また、沢富が暗殺されたなら、夫が署長になる夢は泡となって消え去ると思えた。

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
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