暗殺

沢富は、亡霊のような暗い表情でニコッと笑顔を作り、問いかけた。「それじゃ、一緒に死んでくれるんですね。そこまで僕のことを思っていてくださるとは、マジ幸せです。それでは、話します」ナオ子が突然跳びあがった。「死にたくないわよ。サワちゃん、頭がおかしくなったの。気は確か?いやよ、死にたくないわ。もう、こんな話はやめて。サワちゃん、自殺してどうなるというの。あなたも男でしょ。どんなに苦しくても、生きるのよ。とにかく、できる限り、協力するから、死ぬなんて言わないで」

 

血の気の引いた沢富の顔は、ほんの少しゆがんだ。死神に取りつかれたような沢富は、つぶやき始めた。「奥さん、自殺はしません。闘って、死ぬのです。僕は殺される運命にあるのです。もう、この話はよしましょう。ご夫妻とは、関係ない話です。僕は、一人で闘って、黙って殺されます。それでいいのです。変な話をして、申し訳ありませんでした」夫妻の頭は、ますます混乱し始めていた。

 

闘って殺される、と聞いたからには、ますます、相棒としてこのまま沢富を返すわけにはいかなくなった。誰かと決闘でもするのかと思ったが、ちょっとこれはないと思えた。「殺されるって、誰かの恨みでも買ったのか?相手は、ヤクザか?」伊達は、ナオ子に振り向くと首をかしげた。ナオ子も殺されると聞いて、ますます心配になった。沢富が殺されては、夫の出世はなくなると思ったナオ子は、夫とともに殉死する覚悟を決めた。

 

ナオ子は、大きく深呼吸し、沢富の死んだ魚のような眼を見つめて話し始めた。「分かったわ。サワちゃんだけを死なすわけにはいかないわ。死ぬときは、3人一緒よ。ねえ、あなた」伊達は、ナオ子も思い切ったことをいうものだと驚嘆したが、さすが刑事の妻だと誇りに思った。沢富が誰と闘うのか皆目見当がつかなかったが、伊達も沢富とともに闘う決意を固めた。

「よし、俺も、男だ。一緒に闘おうじゃないか。いったい、誰と闘うんだ?」気の毒に思え始めた沢富は、もう一度念を押した。「本当に、一緒に、闘ってくださるのですね。暗殺されるかもしれないんですよ。マジ、ヤバイんですよ。本当に、暗殺されても、いいんですね?冗談じゃないんです」夫妻は、マジな眼差しで話す沢富の強い口調に身を引いた。伊達は、なんとなく心細くなったが、ここまで啖呵(たんか)を切った手前、後には引けなくなった。

 

伊達は、ナオ子に振り向き目をつり上げうなずいた。ナオ子も右手にこぶしを作ってうなずいた。眉間に皺を寄せた沢富に振り向いた伊達は、大きくうなずき返事した。「死ぬときは、一緒だ。サワだけを死なすような薄情ものじゃないさ。見くびっちゃ困る。闘ってやろうじゃないか。ヤクザが怖くて、刑事が務まるか?」夫妻の決意を確認した沢富は、頭を下げて感謝した。そして、死を覚悟してくれた夫妻への恩返しを考えた。

 

「ご夫妻、本当にうれしいです。でも、マジ、ヤバイんです。このことは、決して話すまいと思っていましたが、ご夫妻にだけはお話します。でも、ご夫妻を巻き添えにするわけにはいきません。お話は致しますが、捜査は私一人で行います。万が一、僕の身に何かあったならば、親父に正義を貫くために殉死したと伝えてください。それと、ご夫妻のお気持ちに対するお礼として、必ず、先輩が署長になれるよう図らいます。それでは、話を始めます」

 

伊達は、いったん話を聞いて自分だけが傍観するような卑怯な真似はしたくなかった。死を覚悟したからには、マフィアと闘うことになったとしても、沢富と一緒に闘い抜きたいと思った。「おい、今、一緒に闘うと言ったはずだ。俺たちのことは気にするな。どんな奴らであろうが、闘い抜いてやる。話を聞こうじゃないか」夫妻は、もう一度見つめ合い、大きく頷いた。

沢富は、握り拳を両手に作り話し始めた。「先輩、話というのは、62日のJK転落事故の件です。すでに、この事故は投身自殺として処理されていますが、僕には、どうしても、自殺とは思えないのです。そこで、署長にばれないように密かに聞き込み調査をやろうと思っています。あくまでも、憶測にすぎませんが、彼女は暗殺されたと思っています。先輩には、僕の行動を大目に見ていてほしいのです。お願いします」

 

伊達は、そんな話だったのかと言わんばかりのホッとした表情で答えた。「おい、JK転落事故の件は、これ以上調査しても無駄だ。あれは、間違いなく自殺だ。恨みをかうようなJKじゃなかったし、殺害だったと仮定しても、いったい誰がやったというんだ、財閥のご令嬢を殺害して誰が得をするというんだ?サワ、再調査しても、無駄骨だ。署長も、自殺だと断言したじゃないか。例のタレコミは、よくあるいたずらだ。気にするな」

 

沢富は、伊達を説得するつもりはなかったが、当時の彼女に自殺する要因がないことだけは話しておきたかった。「確かに、彼女は、天真爛漫で聡明なJKで、恨みを買うような少女じゃありませんでした。お母さんの話では、友達関係で悩むようなことはなく、勉強だけでなく、部長として部活でも頑張っていたそうです。それどころか、F大生のメル友ができてからは、一層明るくなったとおっしゃっていました。

 

クラスメイトたちともよく会話していたようで、なにかに悩んで落ち込んでいた様子はまったく見受けられなかったと彼女たちは声を揃えて言っていました。いったい、どこに自殺の要因があるというんでしょうか?校長は、皇室コースの厳しい規則を苦にして自殺したのではないか、とおっしゃってましたが、それは、学校にも管理責任がある事を示したにすぎません。このような、明るくて活発な少女が、ウツ病になるでしょうか?突然、投身自殺をするでしょうか?僕には、どうしても、自殺とは思えないのです」

伊達は、沢富の意見にも一理あると思い、腕組みをして大きくうなずいた。「まあ、サワの言わんとすることはわかる。でもな~、すでに、自殺として処理されたんだ。しかも、署長が断言したわけだし。いまさら、自殺じゃなくて、殺害の可能性がありますなんって、署長に、言えないんじゃないのか。そんなこと言ったら、俺たち、アバシリに飛ばされるんじゃないか?俺は、署長の判断に従うべきだと思うがな」

 

「そうですか、そうですよね。署長が、自殺と判断したわけですから、我々は、従うのが筋ってものです。だから、先輩には、見て見ぬふりをしていてほしいのです。先輩には、決して迷惑をおかけしません。僕を見逃してください。お願いします」沢富は、頭を下げてお願いした。伊達の顔は引きつってしまった。一緒に死ぬとまで言っておきながら、突き放すような言い方をしたことに恥ずかしくなった。

 

「おい、おい、見逃すとか見逃さないとか、そんな他人行儀なことを言うな。俺たちは、一蓮托生(いちれんたくしょう)じゃないか。俺が言いたいことは、たとえ殺害だったとしても、犯人を割り出すための手掛かりがまったくないんじゃないか、ということだ。生徒たちに聞き込みをしたところで、いったいどんなことがわかるというんだ。すでに、クラスメイトたちは、事情聴取されているんだぞ。これ以上、どんなことを聞きだそうというんだ。たとえだな、目撃者がいたとしても、その人物を探し出すのは容易なことではないと思うがな」

 

沢富は、伊達の前向きな意見を聞いて笑顔がこぼれた。目を輝かせた沢富は、自分の考えをもう少し述べることにした。「先輩、まったく、手がかりがないというわけじゃないのです。彼女は、午後6時ごろ5階にある放送室の西側窓から転落しました。もし、彼女が突き落とされたのであれば、その時刻に部外者がいたはずなのです。おそらく、校長の来客がいたはずです。その来客が犯人に違いありません」

サーファーヒカル
作家:春日信彦
暗殺
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