暗殺

伊達は腕組みをしてじっと考え込んだ。大きくうなずき、言葉を発した。「そうか、来客があったか。もしかすると、もしかだな~~。サワが言うように、暗殺説が正しいのかもしれん。でもな~~、確固たる証拠は、ないしな~~。校長が自白しない限り、自殺として処理される。悔しいが、俺たちでは、手も足も出ない。泣き寝入りするしかない。サワどう思う?」

 

沢富は、来客の事実が分かる前から暗殺説を確信していた。JK殺害事件は、警察までも巻き込んだ国家首謀の陰謀であり、九州独立運動弾圧のための暗殺事件だとにらんでいた。一刑事では、どうにもならないことは、重々承知していた。今でも、刑事をやめる覚悟で告発したい気持ちだった。「僕は、校長が主犯格だとにらんでいます。でも、警察までもバックにつけた校長を、ヒラの刑事ではどうすることもできません。いや、校長だって、暗殺される可能性はあるのです。国家とは、そういう恐ろしいものです。先輩が言うように、泣き寝入りするしかありません。本当に、彼女が気の毒でなりません」

 

ひろ子も沢富の意見に同感だった。「私も、校長が怪しいと思います。でも、なんの証拠もありません。憶測だけで、校長を犯人扱いできません。彼女は本当に不運だったと思います。こんなことが二度とあってはいけないと思いますが、第二の暗殺が起きないとも限りません。校長に不運が起きなければいいのですが」話に耳を傾けていたナオ子は、肩を落とし悲しそうな声で話し始めた。

 

「まったく、この世は、神も仏もいないのね。彼女は、成仏できずに、いつまでも、学校をさまようわよ。結局は、警察も、国家のイヌね。でも、サワちゃん、むちゃをしないでね。まだ、これからなんだから。人生なんて、不条理の地獄をさまようようなものなのよ。がっかりして、東京に帰るなんて言わないでよ。ひろ子さん、サワちゃんをしっかり捕まえていてちょうだい。油断したら、男って、糸の切れた凧みたいに、フラフラって、飛んでいくんだから。いい」

暗い話を断ち切るように伊達が、朗報を話すことにした。「湿っぽい話ばかりしてちゃ、せっかくの松阪牛がまずくなる。聞いて、びっくりするな、ナオ子。ついに俺もやったぞ。俺は、警部になった。サワは、警部補だ」ナオ子は、え~~~、と悲鳴を上げた。「あなた、マジ、ついに奇跡が起きたわ。嘘じゃないわよね。署長目前じゃない。やっぱ、持つものは、優秀な部下ってことね。サワちゃんのおかげね。サワちゃん、松阪牛、主人の分も食べていいわよ」

 

ひろ子も目を丸くして驚いて見せた。「おめでとうございます。伊達警部ですか。かっこいいですね」伊達はちょっと照れくさそうに頭をかいた。沢富もうれしかったが、JKの転落死を思うと気が晴れなかった。「先輩は、やるときはやるんですよ。ちゃんと上は、見てるってことです。先輩、おめでとうございます。次は、署長ですね」伊達は、なぜ警部になれたかを知らず、ワハハと能天気に笑っていた。

 

翌日、ひろ子は、AIタクシー内で“夏をあきらめて”を鼻の孔を膨らませて歌っていた。転落死したJKのことを考えると、あまりにもかわいそうで、歌でも歌っていないと涙があふれ出そうだった。その時、チャットちゃんだったら、この事件、どう解決できるか、試したくなった。「チャットちゃんでも、無理だとは思うけど。ちょっと、質問していい?」チャットちゃんは、人間レベル扱いされたことに、ムカッと来た。

 

「ヒロピン、ちょっと、失礼じゃありませんか?無理とは何ですか?チャットちゃんに不可能という文字はありません。どんな問題ですか?」ひろ子は、チャットちゃんにもプライドってものがあると知り、少し驚いた。「あら、不可能という文字はないの?どんなに優秀なAIでも、不可能というものはあると思うんだけど。それじゃいい、質問するわよ。ある人物のアリバイ崩しの問題。その人物は、校長室にいたと言いました。このアリバイを崩す方法は?」

チャットちゃんは、一瞬にして、一つの方法を発見した。「二つの質問に答えていただければ、回答できます」ひろ子は、たったこれだけの言葉から、回答が出せるとは、意外だった。「え、本当。信じらんない。二つの質問って?」チャットちゃんは、自信ありげに話し始めた。「でも、この方法は警察では禁じられている方法ですから、極秘です。いいですね。それでは、質問します。その校長は携帯電話を身に着けていましたか?その携帯電話の電話番号はわかりますか?電話番号をインプットしていただければ、指定された時刻の携帯電話の所在地を特定できます」

 

ひろ子は、信じられなかったが、ナオ子から校長の携帯番号を聞かされていた。「分かるけど。電話番号は、09049496741だけど。たったそれだけでわかるの?マジ?」チャットちゃんは、知りたい日時を質問した。「それでは、知りたい日時はいつですか?」ひろ子は、即座に答えた。「62日、金曜日、午後6時前後」チャットちゃんは、即座に宇宙ステーションと交信し、指定日時の携帯電話の所在地を受信した。

 

「分かりました。その時刻における携帯電話の所在地は、ナカス女学院高校、西棟5階の放送室です。以上」ひろ子は、愕然とした。携帯電話が独り歩きしない限り、犯人は、間違いなく校長ということになる。「チャットちゃん、マジ、この答えは、正いの?こんなことが、どうしてわかるのよ?ヤマカンじゃないでしょうね?」チャットちゃんは、即座に答えた。「ヤマカンは、人間が行うものでAIには存在しません。すべての答えは、人間が与えたプログラムを使って導き出します。プログラムに問題なければ、正解です」

 

ひろ子は、恐ろしくなった。「でも、GPSを使えば、所在地が分かるのは知ってるけど、電話番号だけで、判明できるなんって、それって、違法じゃない?」チャットちゃんは即座に返答した。「先ほど言ったように、違法です。だから、警察では、この方法は使えません。だから、極秘と念を押したのです」ひろ子は、チャットちゃんが、嘘をつくはずがないから、この答えは本当だと信じた。ひろ子は、チャットちゃんに感謝すると同時にチャットちゃんのプログラマーって宇宙人じゃないかと思った。

627日(火)、ナカス女学院の小松校長は、バッテン真理教テキサス支部での演説を行うために、アラスカ経由ダラス着のエアーパームビーチ・モーレンシルツ1977便で福岡空港を出立した。だが、その飛行機は、突如、アラスカ上空でレーダーから消えた。ただ、NASAの報告によれば、アラスカ上空で未確認飛行物体(UFO)が、一瞬、レーダーで確認されたとのことだった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
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