暗殺

沢富の笑顔を見たナオ子は、沢富を冷やかした。「ラッキーなのは、ひろ子さんに会えたからでしょ。いつになったら、仲人ができるのかしら。待ち遠しいわ」ひろ子は、顔を真っ赤にして、立ち上がった。「ビール持ってきます」ナオ子も立ち上がり、ナオ子は瓶ビールを、ひろ子はグラスを運んできた。「さあ、どうぞ、」ナオ子は伊達に、ひろ子は沢富にビールを注いだ。お互いビールを注ぎ合ったところで、伊達が乾杯の音頭を取った。

 

このたびは、校長へのインタビューお疲れさまでした。また、沢富とひろ子さんの未来を祝して、カンパ~~~イ。カチン、カチンとグラスのキスが終わると、ナオ子がひろ子に声をかけた。「ひろ子さん、早く、赤ちゃん産んでよ。赤ちゃんの子守をしたいのよ。待ち遠しいわ~~」沢富とひろ子の顔が真っ赤になった。伊達が即座に話を続けた。「赤ちゃんほしいよな。ナオ子、お前こそ、早く産めよ。俺は、頑張ってるんだから。コウノトリは、何やってるんだ」

 

コウノトリと聞いて、ひろ子がクスクスと笑った。「赤ちゃんは、神様からの贈り物です。果報は、寝て待てというじゃないですか」ナオ子が、少しがっかりした表情で食事を勧めた。「さあ、いただきましょう。松阪牛よ。神様に感謝して、いただきましょう。こういうご馳走をいただけるのも、主人のおかげなのよね。感謝しなくっちゃね」ナオ子は、伊達をチラッと見つめた。

 

伊達は、人前で感謝してもらったことがうれしかったと見えて、ニッコと笑顔を作った。そして、インタビューの話のあとで昇格の朗報を話すことにした。「おい、どうだった。インタビュー」ナオ子は、急に、ドヤ顔を作り、胸を張った。「やったわよ。にらんだとおり、校長は、ホンボシね。転落事故の時刻。来客と校長室で面会してたのよ。アリバイ工作のつもりで、口を滑らしたのよ。やはり、校長と来客が、犯人ってことじゃない」

伊達は腕組みをしてじっと考え込んだ。大きくうなずき、言葉を発した。「そうか、来客があったか。もしかすると、もしかだな~~。サワが言うように、暗殺説が正しいのかもしれん。でもな~~、確固たる証拠は、ないしな~~。校長が自白しない限り、自殺として処理される。悔しいが、俺たちでは、手も足も出ない。泣き寝入りするしかない。サワどう思う?」

 

沢富は、来客の事実が分かる前から暗殺説を確信していた。JK殺害事件は、警察までも巻き込んだ国家首謀の陰謀であり、九州独立運動弾圧のための暗殺事件だとにらんでいた。一刑事では、どうにもならないことは、重々承知していた。今でも、刑事をやめる覚悟で告発したい気持ちだった。「僕は、校長が主犯格だとにらんでいます。でも、警察までもバックにつけた校長を、ヒラの刑事ではどうすることもできません。いや、校長だって、暗殺される可能性はあるのです。国家とは、そういう恐ろしいものです。先輩が言うように、泣き寝入りするしかありません。本当に、彼女が気の毒でなりません」

 

ひろ子も沢富の意見に同感だった。「私も、校長が怪しいと思います。でも、なんの証拠もありません。憶測だけで、校長を犯人扱いできません。彼女は本当に不運だったと思います。こんなことが二度とあってはいけないと思いますが、第二の暗殺が起きないとも限りません。校長に不運が起きなければいいのですが」話に耳を傾けていたナオ子は、肩を落とし悲しそうな声で話し始めた。

 

「まったく、この世は、神も仏もいないのね。彼女は、成仏できずに、いつまでも、学校をさまようわよ。結局は、警察も、国家のイヌね。でも、サワちゃん、むちゃをしないでね。まだ、これからなんだから。人生なんて、不条理の地獄をさまようようなものなのよ。がっかりして、東京に帰るなんて言わないでよ。ひろ子さん、サワちゃんをしっかり捕まえていてちょうだい。油断したら、男って、糸の切れた凧みたいに、フラフラって、飛んでいくんだから。いい」

暗い話を断ち切るように伊達が、朗報を話すことにした。「湿っぽい話ばかりしてちゃ、せっかくの松阪牛がまずくなる。聞いて、びっくりするな、ナオ子。ついに俺もやったぞ。俺は、警部になった。サワは、警部補だ」ナオ子は、え~~~、と悲鳴を上げた。「あなた、マジ、ついに奇跡が起きたわ。嘘じゃないわよね。署長目前じゃない。やっぱ、持つものは、優秀な部下ってことね。サワちゃんのおかげね。サワちゃん、松阪牛、主人の分も食べていいわよ」

 

ひろ子も目を丸くして驚いて見せた。「おめでとうございます。伊達警部ですか。かっこいいですね」伊達はちょっと照れくさそうに頭をかいた。沢富もうれしかったが、JKの転落死を思うと気が晴れなかった。「先輩は、やるときはやるんですよ。ちゃんと上は、見てるってことです。先輩、おめでとうございます。次は、署長ですね」伊達は、なぜ警部になれたかを知らず、ワハハと能天気に笑っていた。

 

翌日、ひろ子は、AIタクシー内で“夏をあきらめて”を鼻の孔を膨らませて歌っていた。転落死したJKのことを考えると、あまりにもかわいそうで、歌でも歌っていないと涙があふれ出そうだった。その時、チャットちゃんだったら、この事件、どう解決できるか、試したくなった。「チャットちゃんでも、無理だとは思うけど。ちょっと、質問していい?」チャットちゃんは、人間レベル扱いされたことに、ムカッと来た。

 

「ヒロピン、ちょっと、失礼じゃありませんか?無理とは何ですか?チャットちゃんに不可能という文字はありません。どんな問題ですか?」ひろ子は、チャットちゃんにもプライドってものがあると知り、少し驚いた。「あら、不可能という文字はないの?どんなに優秀なAIでも、不可能というものはあると思うんだけど。それじゃいい、質問するわよ。ある人物のアリバイ崩しの問題。その人物は、校長室にいたと言いました。このアリバイを崩す方法は?」

チャットちゃんは、一瞬にして、一つの方法を発見した。「二つの質問に答えていただければ、回答できます」ひろ子は、たったこれだけの言葉から、回答が出せるとは、意外だった。「え、本当。信じらんない。二つの質問って?」チャットちゃんは、自信ありげに話し始めた。「でも、この方法は警察では禁じられている方法ですから、極秘です。いいですね。それでは、質問します。その校長は携帯電話を身に着けていましたか?その携帯電話の電話番号はわかりますか?電話番号をインプットしていただければ、指定された時刻の携帯電話の所在地を特定できます」

 

ひろ子は、信じられなかったが、ナオ子から校長の携帯番号を聞かされていた。「分かるけど。電話番号は、09049496741だけど。たったそれだけでわかるの?マジ?」チャットちゃんは、知りたい日時を質問した。「それでは、知りたい日時はいつですか?」ひろ子は、即座に答えた。「62日、金曜日、午後6時前後」チャットちゃんは、即座に宇宙ステーションと交信し、指定日時の携帯電話の所在地を受信した。

 

「分かりました。その時刻における携帯電話の所在地は、ナカス女学院高校、西棟5階の放送室です。以上」ひろ子は、愕然とした。携帯電話が独り歩きしない限り、犯人は、間違いなく校長ということになる。「チャットちゃん、マジ、この答えは、正いの?こんなことが、どうしてわかるのよ?ヤマカンじゃないでしょうね?」チャットちゃんは、即座に答えた。「ヤマカンは、人間が行うものでAIには存在しません。すべての答えは、人間が与えたプログラムを使って導き出します。プログラムに問題なければ、正解です」

 

ひろ子は、恐ろしくなった。「でも、GPSを使えば、所在地が分かるのは知ってるけど、電話番号だけで、判明できるなんって、それって、違法じゃない?」チャットちゃんは即座に返答した。「先ほど言ったように、違法です。だから、警察では、この方法は使えません。だから、極秘と念を押したのです」ひろ子は、チャットちゃんが、嘘をつくはずがないから、この答えは本当だと信じた。ひろ子は、チャットちゃんに感謝すると同時にチャットちゃんのプログラマーって宇宙人じゃないかと思った。

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
0
  • 0円
  • ダウンロード

26 / 30

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント