暗殺

「いや、まあ、全く驚きました。その日は、来客がありまして、翌日、転落事故を知らされたときは、心臓が止まる思いでした」顔をひきつらせた校長は、ハハハ・・とナオ子に愛そう笑いをした。来客があったことを校長の口から聞き出したナオ子は、来客の推測は当たっていたと確信した。ひろ子とうなずき合ったナオ子は、正体がばれないうちに逃げることにした。

 

「あ、いけません。時間をこんなにオーバーしてしまいました。貴重なお時間を拝借いたしまして、このたびは、ありがとうございました。必ず、校長のご期待にお応えできる記事を掲載いたします。それでは、失礼いたします」ナオ子がスッと立ち上がると、ひろ子も後に続きスッと立ち上がった。校長に怪しまれては一大事と校長室を出るとエレベーターを使わず、駆け足で階段を下りて行った。二人は、爆弾を仕掛けたビルから脱出するかのように玄関を飛び出した。二人を救出したスイスポは、爆音を立てて校門を飛び出していった。

 

AIのささやき

 

どうにか事件の手掛かりをつかんだナオ子は、今夜夫と沢富に報告することになっていた。ひろ子も同席したいと申し出たので、今夜7時に4人で夕食をすることにした。伊達と沢富は、今夜の報告が待ち遠しかった。沢富は、事件当日に来客があったことを聞き出すことに成功していることを願っていた。伊達は、校長を怒らせるような質問をやらかしていなければいいがと内心ハラハラしていた。

 

ひろ子は、6時過ぎにはやってきて、夕食の準備を手伝っていた。夕食は、楽天で購入した松阪牛のすき焼きだった。テーブルには、牛肉、卵、野菜、こんにゃく、シイタケ、などが並べられていた。ナオ子とひろ子は、二人が帰宅するまで今日の成果について話し合うことにした。ナオ子が校長のアリバイについて話し始めた。「転落事故が起きた時刻、校長は来客と校長室にいたと言ったけど、これは怪しいわね。きっと嘘だわ」

ひろ子も同感だった。「きっと、嘘。紳士面して、謝罪じみたことを言っていたけど、犯人は、校長と来客よ。窓から彼女を放り投げたのは、来客ね。でも、なんの証拠もないのよね。単なる憶測でしかないし。どうにかして、敵を討ちたいわ」ひろ子は、愚痴をこぼした。突然、ナオ子の顔色が変わった。「ところで、もう二人の正体、ばれてるかしら?」ナオ子は、夕食の準備中そのことがずっと気になっていた。万が一ばれて、暗殺されないかと不安になってきた。

 

ナオ子は、ひろ子の顔を見つめると、一度うなずき、ニコッと笑顔を作った。「あの校長、やっぱ、神父なのね。初めてだったんじゃない。あそこを生で見るの。食い入るように覗き込んでいたじゃない。この事実がある限り、こっちも弱みを握ったってことよ。たとえ正体がばれたとしても、手は出さないでしょう。ひろ子さんの色気で、命拾いしたってわけね」ナオ子はクスクスと笑い声をあげた。突然マジな顔つきになったひろ子は、ナオ子をグイッと見つめ釘を刺した。「サワちゃんには、内緒」ひろ子は、人差し指を立てて唇に押し当てた。

 

ちょうどその時、伊達と沢富が帰ってきた。「おい、帰ったぞ」沢富は、ひろ子のブラウンの靴を見て、久しぶりに会えると思い、笑顔がこぼれた。伊達と沢富がキッチンに入ってくるとさっと立ち上がったひろ子は、「お邪魔してます」と笑顔で挨拶した。ナオ子は、しかめっ面で愚痴をこぼした。「あなた、遅いわよ。今日は、例の件、報告するって、言ってたでしょ。もう~、食事にしましょ。松阪牛のすき焼きよ。年に一度の贅沢なのよ。お腹すいちゃった。サワちゃんも、さあ、席について」伊達はナオ子の正面に、沢富はひろ子の正面に腰かけた。

 

伊達は、ちょっと気まずそうに腰かけた。沢富は、ペコペコ頭を上下させながら腰かけた。伊達が、松阪牛に見入り、驚嘆の声を発した。「これは、うまそうだな~。松阪牛か、これ食って、ショック死、しなけりゃいいが」伊達はワハハと大きな笑い声をあげた。沢富は子供のころはよく松阪牛を食べていたが、刑事になってからは食べる機会がなかった。「霜降りの松阪牛ですか。最高級の牛肉ですよね。すき焼きは、僕の大好物なんです。何年ぶりだろう、松阪牛。今日は、本当にラッキーだな」

沢富の笑顔を見たナオ子は、沢富を冷やかした。「ラッキーなのは、ひろ子さんに会えたからでしょ。いつになったら、仲人ができるのかしら。待ち遠しいわ」ひろ子は、顔を真っ赤にして、立ち上がった。「ビール持ってきます」ナオ子も立ち上がり、ナオ子は瓶ビールを、ひろ子はグラスを運んできた。「さあ、どうぞ、」ナオ子は伊達に、ひろ子は沢富にビールを注いだ。お互いビールを注ぎ合ったところで、伊達が乾杯の音頭を取った。

 

このたびは、校長へのインタビューお疲れさまでした。また、沢富とひろ子さんの未来を祝して、カンパ~~~イ。カチン、カチンとグラスのキスが終わると、ナオ子がひろ子に声をかけた。「ひろ子さん、早く、赤ちゃん産んでよ。赤ちゃんの子守をしたいのよ。待ち遠しいわ~~」沢富とひろ子の顔が真っ赤になった。伊達が即座に話を続けた。「赤ちゃんほしいよな。ナオ子、お前こそ、早く産めよ。俺は、頑張ってるんだから。コウノトリは、何やってるんだ」

 

コウノトリと聞いて、ひろ子がクスクスと笑った。「赤ちゃんは、神様からの贈り物です。果報は、寝て待てというじゃないですか」ナオ子が、少しがっかりした表情で食事を勧めた。「さあ、いただきましょう。松阪牛よ。神様に感謝して、いただきましょう。こういうご馳走をいただけるのも、主人のおかげなのよね。感謝しなくっちゃね」ナオ子は、伊達をチラッと見つめた。

 

伊達は、人前で感謝してもらったことがうれしかったと見えて、ニッコと笑顔を作った。そして、インタビューの話のあとで昇格の朗報を話すことにした。「おい、どうだった。インタビュー」ナオ子は、急に、ドヤ顔を作り、胸を張った。「やったわよ。にらんだとおり、校長は、ホンボシね。転落事故の時刻。来客と校長室で面会してたのよ。アリバイ工作のつもりで、口を滑らしたのよ。やはり、校長と来客が、犯人ってことじゃない」

伊達は腕組みをしてじっと考え込んだ。大きくうなずき、言葉を発した。「そうか、来客があったか。もしかすると、もしかだな~~。サワが言うように、暗殺説が正しいのかもしれん。でもな~~、確固たる証拠は、ないしな~~。校長が自白しない限り、自殺として処理される。悔しいが、俺たちでは、手も足も出ない。泣き寝入りするしかない。サワどう思う?」

 

沢富は、来客の事実が分かる前から暗殺説を確信していた。JK殺害事件は、警察までも巻き込んだ国家首謀の陰謀であり、九州独立運動弾圧のための暗殺事件だとにらんでいた。一刑事では、どうにもならないことは、重々承知していた。今でも、刑事をやめる覚悟で告発したい気持ちだった。「僕は、校長が主犯格だとにらんでいます。でも、警察までもバックにつけた校長を、ヒラの刑事ではどうすることもできません。いや、校長だって、暗殺される可能性はあるのです。国家とは、そういう恐ろしいものです。先輩が言うように、泣き寝入りするしかありません。本当に、彼女が気の毒でなりません」

 

ひろ子も沢富の意見に同感だった。「私も、校長が怪しいと思います。でも、なんの証拠もありません。憶測だけで、校長を犯人扱いできません。彼女は本当に不運だったと思います。こんなことが二度とあってはいけないと思いますが、第二の暗殺が起きないとも限りません。校長に不運が起きなければいいのですが」話に耳を傾けていたナオ子は、肩を落とし悲しそうな声で話し始めた。

 

「まったく、この世は、神も仏もいないのね。彼女は、成仏できずに、いつまでも、学校をさまようわよ。結局は、警察も、国家のイヌね。でも、サワちゃん、むちゃをしないでね。まだ、これからなんだから。人生なんて、不条理の地獄をさまようようなものなのよ。がっかりして、東京に帰るなんて言わないでよ。ひろ子さん、サワちゃんをしっかり捕まえていてちょうだい。油断したら、男って、糸の切れた凧みたいに、フラフラって、飛んでいくんだから。いい」

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
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