暗殺

ひろ子も徐々に校長の話を聞いているといらだってきた。処女という言葉を聞くたびに、非処女をバカにしているように思えてならなかった。突然、ひろ子が質問の声を発した。「校長、ちょっと質問、よろしいですか?」話を中断された校長は、突然の質問に不愉快な表情を見せた。ひろ子を睨み付けた校長は返事した。「なんでしょうか?」ひろ子は即座に質問した。「処女を失った生徒には、なにか処罰でもあるのですか?」

 

校長は、さらに不愉快な表情を作って答えた。「規則には、処罰というものはございません。ただ、処女膜を失っても、懺悔(ざんげ)が神に認められればいいのです。本人の反省次第では、処女膜再生手術を認めております」間髪入れずに、質問を続けた。「万が一、反省の色が見られない場合はどうなるんですか?」校長は、まったく、意味のない質問をするレポーターと言わんばかりに、唇をひん曲げて返事した。「反省の色が見られない場合は、退学ということになりますが、ご心配なく、創立以来、規則に違反した生徒は一人も出ておりません」校長は、ゴホンと咳払いをした。

 

ひろ子は、よくもこんな非人道的な学校に生徒が集まるものだと不思議でならなかった。時間は、あっという間に過ぎ去り、インタビューの残り時間は1分を切っていた。このままでは、転落事故の解明につながる質問ができずに帰らなければならなくなっていた。二人は、焦っていた。壁時計の針が10分を指したのを見た瞬間、ひろ子は絶体絶命と思い、とっさに左膝を大きく持ち上げ、脚を組んだ。その時、股間の奥でピカッと輝く赤のショーツが校長の目に飛び込んだ。

 

突然、校長はニッコと笑顔を作った。インタビューは10分間の約束だったが、水晶がちりばめられた赤のショーツが気にいったのか、話が途切れるどころかますます自慢話のような独演を続けた。ナオ子とひろ子は、お互い見つめ合って、笑顔でうなずき合った。ナオ子は真剣に聞き入っているふりをしながら転落事故に関する質問を切り出すタイミングを狙っていた。こうなったら野となれ山となれ、と開き直った。

「校長、ナカスアカデミーの素晴らしさは、十分聞かせていただきました。校長のお話は録音しておりますので、次回の青少年育成白書に超名門高等学校紹介のコラムを設けて、校長のお話を掲載させていただきます」ナオ子は、まったくのでたらめをマジな顔つきで言ってのけた。そして、即座に、事件に関する質問をした。「ところで校長、自殺事件のことは、お気の毒でした。ナカス女学院の汚点となってしまい、残念に思われていらっしゃることでしょうね?」

 

校長は、自殺事件に関するインタビューはすべて断っていたが、ピカッと輝く赤のショーツの効き目があったのか、校長は自殺事件について話し始めた。「まことに遺憾です。このような不祥事は、二度とあってはいけません。でも、彼女にも大きな悩みがあり、思い余って、自殺に及んだことでしょう。心からご冥福をお祈ります。ご父母には、なんといってお詫び申し上げてよいか言葉がありません。当校にも責任はるわけで、今後このような悲しい事件が起きないよう、生徒たちの気持ちを大切に、教職員一同、教育改善に努めてまいりたい所存です」

 

話が掲載されると聞いて、あらん限りの弁解をグダグダと校長は述べた。ナオ子は、転落事故が起きた時刻に校長はどこにいたかカマをかけて確認することにした。「ところで、転落事故のあった日は、来客の方と校長室でお会いになっていらしたそうですが、訃報を聞かれて、驚かれたでしょう」一瞬、校長の顔色が変わった。校長は、貝のように口を閉ざし、鋭いナイフのような眼差しでナオ子を睨み付けた。来客のことを知っていたことに、警戒心が起きた様子であった。

 

ナオ子は、一瞬、しまったと思った。いまだ公開していない来客の話をしたことに校長は怒りを覚えたようだった。このままだと校長を取り逃がしてしまうと焦った。その時、ひろ子が、股間の奥がしっかり見えるように股を開きながら右ひざをゆっくり大きく回しながら足を組み替えた。校長は、我を忘れて、身を乗り出して、股間を覗き込んでしまった。ナオ子の視線を感じた校長は、我に返り、気まずそうに頭をかきながらアリバイを話し始めた。

「いや、まあ、全く驚きました。その日は、来客がありまして、翌日、転落事故を知らされたときは、心臓が止まる思いでした」顔をひきつらせた校長は、ハハハ・・とナオ子に愛そう笑いをした。来客があったことを校長の口から聞き出したナオ子は、来客の推測は当たっていたと確信した。ひろ子とうなずき合ったナオ子は、正体がばれないうちに逃げることにした。

 

「あ、いけません。時間をこんなにオーバーしてしまいました。貴重なお時間を拝借いたしまして、このたびは、ありがとうございました。必ず、校長のご期待にお応えできる記事を掲載いたします。それでは、失礼いたします」ナオ子がスッと立ち上がると、ひろ子も後に続きスッと立ち上がった。校長に怪しまれては一大事と校長室を出るとエレベーターを使わず、駆け足で階段を下りて行った。二人は、爆弾を仕掛けたビルから脱出するかのように玄関を飛び出した。二人を救出したスイスポは、爆音を立てて校門を飛び出していった。

 

AIのささやき

 

どうにか事件の手掛かりをつかんだナオ子は、今夜夫と沢富に報告することになっていた。ひろ子も同席したいと申し出たので、今夜7時に4人で夕食をすることにした。伊達と沢富は、今夜の報告が待ち遠しかった。沢富は、事件当日に来客があったことを聞き出すことに成功していることを願っていた。伊達は、校長を怒らせるような質問をやらかしていなければいいがと内心ハラハラしていた。

 

ひろ子は、6時過ぎにはやってきて、夕食の準備を手伝っていた。夕食は、楽天で購入した松阪牛のすき焼きだった。テーブルには、牛肉、卵、野菜、こんにゃく、シイタケ、などが並べられていた。ナオ子とひろ子は、二人が帰宅するまで今日の成果について話し合うことにした。ナオ子が校長のアリバイについて話し始めた。「転落事故が起きた時刻、校長は来客と校長室にいたと言ったけど、これは怪しいわね。きっと嘘だわ」

ひろ子も同感だった。「きっと、嘘。紳士面して、謝罪じみたことを言っていたけど、犯人は、校長と来客よ。窓から彼女を放り投げたのは、来客ね。でも、なんの証拠もないのよね。単なる憶測でしかないし。どうにかして、敵を討ちたいわ」ひろ子は、愚痴をこぼした。突然、ナオ子の顔色が変わった。「ところで、もう二人の正体、ばれてるかしら?」ナオ子は、夕食の準備中そのことがずっと気になっていた。万が一ばれて、暗殺されないかと不安になってきた。

 

ナオ子は、ひろ子の顔を見つめると、一度うなずき、ニコッと笑顔を作った。「あの校長、やっぱ、神父なのね。初めてだったんじゃない。あそこを生で見るの。食い入るように覗き込んでいたじゃない。この事実がある限り、こっちも弱みを握ったってことよ。たとえ正体がばれたとしても、手は出さないでしょう。ひろ子さんの色気で、命拾いしたってわけね」ナオ子はクスクスと笑い声をあげた。突然マジな顔つきになったひろ子は、ナオ子をグイッと見つめ釘を刺した。「サワちゃんには、内緒」ひろ子は、人差し指を立てて唇に押し当てた。

 

ちょうどその時、伊達と沢富が帰ってきた。「おい、帰ったぞ」沢富は、ひろ子のブラウンの靴を見て、久しぶりに会えると思い、笑顔がこぼれた。伊達と沢富がキッチンに入ってくるとさっと立ち上がったひろ子は、「お邪魔してます」と笑顔で挨拶した。ナオ子は、しかめっ面で愚痴をこぼした。「あなた、遅いわよ。今日は、例の件、報告するって、言ってたでしょ。もう~、食事にしましょ。松阪牛のすき焼きよ。年に一度の贅沢なのよ。お腹すいちゃった。サワちゃんも、さあ、席について」伊達はナオ子の正面に、沢富はひろ子の正面に腰かけた。

 

伊達は、ちょっと気まずそうに腰かけた。沢富は、ペコペコ頭を上下させながら腰かけた。伊達が、松阪牛に見入り、驚嘆の声を発した。「これは、うまそうだな~。松阪牛か、これ食って、ショック死、しなけりゃいいが」伊達はワハハと大きな笑い声をあげた。沢富は子供のころはよく松阪牛を食べていたが、刑事になってからは食べる機会がなかった。「霜降りの松阪牛ですか。最高級の牛肉ですよね。すき焼きは、僕の大好物なんです。何年ぶりだろう、松阪牛。今日は、本当にラッキーだな」

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
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