暗殺

「まあ、自殺に疑いを持ったのは、主人じゃなくて、サワちゃんなのよ。サワちゃんが、自殺は変っていうものだから、ちょっと気になってね。それで、ひろ子さんの考えを聞いてみたってわけ。来週の水曜日に校長に会うことになってるの。どんな方か一度見たくて。ちょっと出しゃばったことするようだけど、どうしても、校長の顔をこの目で確かめたかったの。その時、亡くなった彼女が、校長が犯人かどうか教えてくれるんじゃないかと思えてね」

 

ひろ子は沢富と聞いて、先ほどのJK自殺事件への興味が再燃してしまった。「へ~~、サワちゃんがね。確かに、誰が考えても、明るくて人気者のJKが自殺するって、変よね。ナオ子さん、校長とお会いになるんですか。私もあってみたいな~。かの有名なバッテン真理教の神父でもある校長ですよね。興味あるワ~~」ナオ子は、ひろ子を広報担当という名目で同行させた方が、インタビューがやりやすいように思えてきた。「ひろ子さん、ご一緒しませんか?二人の目で見た方が、校長の本性が見えてくるような気がするの。どう?」

 

ひろ子は、突然、目を輝かせて、返事した。「え、ご一緒していいんですか。ぜひ、お願いします。何時から面会されますか?」ナオ子も目を輝かせて、返事した。「ひろ子さんが、同行してくれたら、鬼に金棒ね。面会時間は、621日、水曜、午後3時から」ひろ子は、頷き、探偵気分のバロメーターがグングン上り始めた。「分かりました。それじゃ、2時にナオ子さんをお迎えに参ります。何か、ワクワクしてきた」

 

ナオ子は、この面会で、何か手掛かりがつかめそうに思えた。とにかく、校長に面会するだけでも、彼女の冥福になると思えた。たとえ敵は取れなくとも、睨み付けることぐらいはできるような気がした。「美人のひろ子さんが、インタビューしたら、校長はベラベラしゃべるんじゃないかしら。きっと、ボロを出すわ」ひろ子は、校長との面会が決まると、校長のアリバイについて知りたくなった。

「ナオ子さん、例のJKですが、放送室の窓から転落したんですよね。仮に、彼女が転落した時刻に、校長が放送室にいたならば、校長が犯人ってことも考えられます。校長は、その時刻、どこにいたと言っていますか?」ナオ子は、校長に関する詳しい情報を持っていなかった。「校長に関することは、まったく知らないのよ。主人もサワちゃんもこの事件に関しては、単なる自殺事件ということで、何も知らされてないみたい。ニュースでは、彼女が放送部員だったことから、5階にある放送室の西側窓から転落した可能性が高いと言っていたわ。それと、転落現場を目撃した人は、一人もいないと言っていたわね」

 

ひろ子は、左手を頬に当て、首をかしげてじっと考え込んだ。しばらくして、首を持ち上げると話を続けた。「殺害をにおわせる手がかりはまったくないということですよね。警察も、自殺と断定するのは、無理もありません。事件解決の突破口は、校長のアリバイのような気がします。転落事故が起きたと思われる62日午後6時前後に、校長はどこにいたか?きっと、放送室にいたに違いないわ。でも、誰も目撃していないのよね。悔しいわ」

 

ナオ子も校長が臭いと思っていたが、警察は校長を護衛しているようで、自殺の判断は覆りそうにはなかった。「そうね、校長が“私が殺しました”なんて自白するわけないし、きっと、このまま自殺事件で処理されるわね。彼女は、成仏できないわね。とにかく、二人で、やるだけのことはやってみましょうよ。それが、彼女の冥福を祈ることになると思うの」二人は、見つめ合い、頷いた。

 

色仕掛け

 

 621日(水)、午後245分、赤のスイフトスポーツが校門を通過すると来客用のパーキングに停車した。ピンクのスーツを着たひろ子とベージュのスーツを着たナオ子は、ロイヤルホテルのような豪華なロビーの奥にある受付に向かった。校長とのアポを受付嬢に伝えるとロビーでしばらく待機するように指示された。午後255分、30才前後のショートボブの受付嬢は、エレベータで2階の校長室に二人を案内した。

受付嬢が校長室のドアを2回ノックすると部屋の中から中年男性の甘い声の返事が、「ハイ、どうぞ」と返ってきた。二人が中に入り深々とお辞儀をすると50歳前後に見えるイケメンの優しそうな校長が笑顔で軽くお辞儀をした。二人は、威厳のある60歳前後の男性が現れると思っていたため、ちょっと面食らってしまった。実物は、写真よりはるかに若々しく見えた。部屋の中央のブラウンのソファーに案内され、二人が腰かけるとひろ子の正面に腰かけた校長は笑顔で挨拶した。「校長の小松です。ようこそいらっしゃいました。時間は、短いですが、どんなことでもお答えいたします」

 

短い時間を有効に使うために、早速、ナオ子は口火を切った。「早速ですが、校長の女子教育におけるポリシーをお聞かせください」校長は、待ってました、と言わんばかりにドヤ顔で胸を張って話し始めた。

 

「ナカスアカデミーは、バッテン真理教を母体とする歴史ある国際的に有名な名門アカデミースクールです。ナカスアカデミーは、幼稚園から大学院まで、バッテン真理教の教えに従って、世界に誇れる女子教育に取り組んでおります。多くの世界の皇室に気品ある優秀な卒業生を送り続け、いまや、世界の皇室から、絶大なる信頼を勝ち得ております。また、国際的に評価される気品と知性に富んだ女子を育成するために、ナカスアカデミーオリジナルの教育カリキュラムを採用しております。

 

語学科目においては、英語を必須科目とし、フランス語、ドイツ語、スペイン語を選択科目といたしております。

 

理数科目においては、AIを必須科目とし、プログラミング、数学、物理、化学、生物を選択科目としております。

社会科目においては、倫理学を必須科目とし、歴史、地理、文学、法学、経済学を選択科目としております。

 

礼儀作法科目においては、日本文化の象徴と言える茶道を必須科目とし、生花、着付けを選択科目としております。

 

芸能科目においては、日本舞踊を必須科目とし、クラシックバレー、ベリーダンス、フラダンス、新体操を選択科目としております。

 

 音楽科目においては、声楽を必須科目とし、琴、三味線、和太鼓、バイオリン、ピアノを選択科目としております。

 

神学科目においては、バッテン真理教を必須科目とし、仏教、イスラム教、キリスト教を選択科目としております。

 

特に、「皇室コース」と「シスターコース」においては、貞操堅守をモットーとし、処女であることを誇りに思う思想教育を日々行っております。入学時の身体検査においても、処女膜検査を行い、処女であることを合格の条件といたしております。入学後も、毎月処女膜検査を行い、処女であることの誇りを自覚させております。また、卒業証書には、処女証明書を添付しております。

 

ナオ子は録音しながら真剣な眼差しで聞き入っていたが、この調子で校長の独演を聞かされていたならば、転落事故当日のことが聞き出せなくなってしまうのではないかと不安になってきた。風貌は、決して悪人の様相をしてないが、温厚に見える紳士ほど曲者がいると直感していた。転落事故にかかわる質問のきっかけがほしかったが、校長は独演をやめる気配が見られなかった。

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
0
  • 0円
  • ダウンロード

18 / 30

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント