暗殺

いまさら暗いとか言われても、聞かないとは言えない状況を作られては、頷く以外なかった。「私でよかったら、どうぞ」ナオ子は、即座に暗殺説を話すのも楽しい食事が台無しになるようで、まずは、62日に起きた事件の話から始めることにした。「ほら、月初めに、ナカス女学院のJKが自殺したってニュース知ってる?」ひろ子は、ワインを口に含んだままうなずいた。そして、グイット流し込むと返事した。「あの事件ね。超名門女子高のJKがウツで投身自殺したって事件でしょ。育ちがいい財閥のお嬢さんは、田舎育ちの貧乏女子とは、違うんでしょう。かわいそうな気もするけど」

 

ナオ子は、しばらく時間をおいて、話を続けた。「思うんだけど、財閥のJKって、ウツになって自殺するのかしら。ほら、お母さんが言ってたじゃない。とっても明るくて、活発な子でした。自殺するなんて、考えられないって。どうも、その言葉が気になってね」ひろ子は、目を見開きワイングラスを置くとナオ子を見つめた。「え、ナオ子さん、あれは、自殺じゃないって、いいたいんですか?」

 

ナオ子もワイングラスを置くとひろ子を見つめ、真剣な眼差しで答えた。「そう、きっと、自殺じゃないと思う」その言葉が耳に飛び込むと、即座に詮索好きのよからぬ虫が、ひろ子の心の底から這いあがってきた。「まさか、それじゃ、他殺ってこと。いったい誰が?なんのために?」ひろ子は、遠くを見つめるような眼差しで、つぶやいた。ナオ子は、ひろ子が食いついてくれたことに内心ホッとした。さらに、ナオ子は、他殺をにおわせる発言をした。「明るくて活発な女子が、自殺、ってのは、ちょっと変じゃない。女の直感なんだけど」

 

ひろ子は、グイグイ、JK自殺事件の謎に引き込まれていった。「でも、警察は、自殺って、公表してたでしょ。万が一、殺害だったら、大変なことになるんじゃない。でも、マジ殺害だったら、生徒が犯人ということ?まさか。それはないな~、人気者でみんなに好かれていたようだし。それじゃ、いったい誰?センコウ?」ナオ子は、暗殺説を話してもいい頃合いじゃないかと思った。

「ひろ子さん、仮に殺害だったとしたら、犯人は、誰だと思う。私も、生徒じゃないような気がするの。犯人の可能性があるのは、誰かしら?」ナオ子は、ひろ子の好奇心をあおるような質問をした。ひろ子の頭の中は、事件のことでいっぱいになった。まだ、松阪牛は、半分も残っていたが、完全に食欲は消え去っていた。しばらく考えていたひろ子だったが、ふと我に返り、松阪牛に目をやった。

 

「やっぱ、殺害ってことはないでしょ。警察も自殺って公表してるし。私たちが、勘ぐっても、しょうがないわけだし」ひろ子は、おなかがすいているのを思い出したように、お肉を食べ始めた。ひろ子は、どんな質問も聞き入れないというように、一心不乱に口を動かしていた。「そうよね、食事がまずくなっちゃったわね。ごめんなさい。マンゴーゼリーのデザートもあるのよ」

 

食事を終えるとナオ子は、デザートのマンゴーゼリーを小皿に載せて運んできた。「これも楽天で買ったの。大半は、楽天で賄うの。とにかく、ポイントがガバガバ付くから、かなりお得。ひろ子さんも、楽天に加入するといいわよ。びっくりするぐらいポイントがたまるから。ポイントは、ネットショッピングに使えるだけでなく、Eddyにもチャージできて、とにかくお得よ。そう、時々、ポイントを使って、“くら寿司”に主人と食べに行くのよ。もう一つカードを作るなら、楽天にしなさいよ。チョ~~おすすめ」

 

ひろ子もそこまでお得と言われると早速楽天カードを作りたくなってきた。「そんなにお得ですか。セゾンとYJ2枚持っているんだけど、楽天も早速作ります。ところで、JK自殺事件の話なんですが、その事件にご主人がかかわっていらっしゃるんですか?何か、新事実でも出てきたとか?」この事件に関しては、警察とは無関係に個人的な興味から調査しようと思っていたため、沢富の名前を出すまいと思っていたが、暗殺説の出どころは沢富だったため、暗殺説の出どころぐらいは話しても差し支えないような気がした。

「まあ、自殺に疑いを持ったのは、主人じゃなくて、サワちゃんなのよ。サワちゃんが、自殺は変っていうものだから、ちょっと気になってね。それで、ひろ子さんの考えを聞いてみたってわけ。来週の水曜日に校長に会うことになってるの。どんな方か一度見たくて。ちょっと出しゃばったことするようだけど、どうしても、校長の顔をこの目で確かめたかったの。その時、亡くなった彼女が、校長が犯人かどうか教えてくれるんじゃないかと思えてね」

 

ひろ子は沢富と聞いて、先ほどのJK自殺事件への興味が再燃してしまった。「へ~~、サワちゃんがね。確かに、誰が考えても、明るくて人気者のJKが自殺するって、変よね。ナオ子さん、校長とお会いになるんですか。私もあってみたいな~。かの有名なバッテン真理教の神父でもある校長ですよね。興味あるワ~~」ナオ子は、ひろ子を広報担当という名目で同行させた方が、インタビューがやりやすいように思えてきた。「ひろ子さん、ご一緒しませんか?二人の目で見た方が、校長の本性が見えてくるような気がするの。どう?」

 

ひろ子は、突然、目を輝かせて、返事した。「え、ご一緒していいんですか。ぜひ、お願いします。何時から面会されますか?」ナオ子も目を輝かせて、返事した。「ひろ子さんが、同行してくれたら、鬼に金棒ね。面会時間は、621日、水曜、午後3時から」ひろ子は、頷き、探偵気分のバロメーターがグングン上り始めた。「分かりました。それじゃ、2時にナオ子さんをお迎えに参ります。何か、ワクワクしてきた」

 

ナオ子は、この面会で、何か手掛かりがつかめそうに思えた。とにかく、校長に面会するだけでも、彼女の冥福になると思えた。たとえ敵は取れなくとも、睨み付けることぐらいはできるような気がした。「美人のひろ子さんが、インタビューしたら、校長はベラベラしゃべるんじゃないかしら。きっと、ボロを出すわ」ひろ子は、校長との面会が決まると、校長のアリバイについて知りたくなった。

「ナオ子さん、例のJKですが、放送室の窓から転落したんですよね。仮に、彼女が転落した時刻に、校長が放送室にいたならば、校長が犯人ってことも考えられます。校長は、その時刻、どこにいたと言っていますか?」ナオ子は、校長に関する詳しい情報を持っていなかった。「校長に関することは、まったく知らないのよ。主人もサワちゃんもこの事件に関しては、単なる自殺事件ということで、何も知らされてないみたい。ニュースでは、彼女が放送部員だったことから、5階にある放送室の西側窓から転落した可能性が高いと言っていたわ。それと、転落現場を目撃した人は、一人もいないと言っていたわね」

 

ひろ子は、左手を頬に当て、首をかしげてじっと考え込んだ。しばらくして、首を持ち上げると話を続けた。「殺害をにおわせる手がかりはまったくないということですよね。警察も、自殺と断定するのは、無理もありません。事件解決の突破口は、校長のアリバイのような気がします。転落事故が起きたと思われる62日午後6時前後に、校長はどこにいたか?きっと、放送室にいたに違いないわ。でも、誰も目撃していないのよね。悔しいわ」

 

ナオ子も校長が臭いと思っていたが、警察は校長を護衛しているようで、自殺の判断は覆りそうにはなかった。「そうね、校長が“私が殺しました”なんて自白するわけないし、きっと、このまま自殺事件で処理されるわね。彼女は、成仏できないわね。とにかく、二人で、やるだけのことはやってみましょうよ。それが、彼女の冥福を祈ることになると思うの」二人は、見つめ合い、頷いた。

 

色仕掛け

 

 621日(水)、午後245分、赤のスイフトスポーツが校門を通過すると来客用のパーキングに停車した。ピンクのスーツを着たひろ子とベージュのスーツを着たナオ子は、ロイヤルホテルのような豪華なロビーの奥にある受付に向かった。校長とのアポを受付嬢に伝えるとロビーでしばらく待機するように指示された。午後255分、30才前後のショートボブの受付嬢は、エレベータで2階の校長室に二人を案内した。

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
0
  • 0円
  • ダウンロード

16 / 30

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント